Log-045【進む足並みの中に在りて】

 アレクシアは相変わらず性急なウルリカの言動に、やれやれ、と溜息を吐いて、


「簡単に言ってくれるぜウルリカ。正直、咒術の件はよく分からんが、魔物をぶちのめすってんなら俺の役回りだ。だからまず、俺から支援してやろうじゃねーか。見て驚くなよ?」


 そう言うと、腰のポーチから、折り畳まれた一枚の紙を取り出す。そこには、項目ごとに細かく罫線が引かれた表。それは、アウラ国防軍の部隊編成表だった。


「部隊は計二百十一人。俺が統率する第三大隊を編成する第一から第九中隊のうち、主力の第一中隊を丸々借り受けることができた。兵站は中継のグラティアでの調達を見積もって、約十日分。四人乗りの移動用と輜重しちょう用とを含め、馬車が六十六騎だ」


 一行は目を見張った。勇者に貸与するものとしては、前例を見ない規模だったからだ。


「では、私からはこちらを」


 次にイングリッドが懐から一枚の紙を取り出した。そこに書かれていたのは同様に表だったが、各項目には細かく数字が羅列されていた。指で差し示しながら説明していく。


「本作戦の国防部隊に掛かる兵站、給与も含めた費用。そして、中継地点であるグラティアからの軍事支援に応じた対価報酬金。セプテム革命軍の後援に要する拠出金。革命達成後、政府立て直し幇助ほうじょのための義捐金。そして、勇者一行の功業に対する支援金。その他諸々、しめて一グラム金貨、二四万七千枚分が本作戦に捻出される軍資金となります」


 一行の度肝を抜く莫大な資金。一グラム金貨一枚の相場は、一般市民のおよそ一週間分の生活費に相当する。つまり、約四七〇〇人分の一般市民が一年間に掛かる生活費とほぼ同額。


 また、アレクシアやイングリッドのような王立大学の学徒が官公庁に入庁した初年度の平均年収は、およそ一グラム金貨三六〇枚。つまり、約六八〇人分の新米国家公務員の年収とほぼ同額なのだから、一行の驚きも無理はなかった。


 ハプスブルク卿から直々に本作戦の着任を言い渡された、アレクシアすらも驚愕していた。


「嘘だろ……いや、妥当な額か。ハプスブルクは、ただの革命達成が目的じゃねえんだからな。その証左が、諸問題の後を見据えた復興義捐金っつう項目だ。周到なこった」


「アナンデール卿の仰った北上する魔物の群勢。それをハプスブルク卿が把握していると仮定すれば、この資金表からセプテムを既に戦地と見做していることが読み取れますわ」


「野郎のやることは、今以って気に入らん……気に入らんが、後ろ盾として構える分には堅牢だ。体よく利用させてもらうとしよう」


「まったく、卦体けったいな持て成しね。あいつもこっちをうまく利用しようって腹積もりじゃない。で、結局いつ出発するのかしら。並一通り揃えるだけでも大分時間掛かりそうよ?」


「そこは心配いらねえよ、今ハプスブルクが急ピッチで手続きを踏んでいる。五日後にゃ整うようだぜ」


「驚いたわ。この国の上層部は変人ばっかりだとは思ってたけど、そこまで変人だったなんてね」


 ウルリカは批判も称賛も含めた冗句を飛ばした。そして、ウルリカは勇者一行の代表として、本作戦の段取りを取り纏め始める。


「じゃあ、この五日間の日程を列挙するわ。まず、ヴァイロン王との謁見。本作戦の名目である勇者の功業の一環って義を果たす。それでゴドフリー、あんたはセプテムに前乗りするんでしょう? ならアクセル用の義手を手配しといて頂戴。現地で受け取らせてもらうわ」


「そいつはグラティアのマースからも聞いている。だが、なんだ……クックック、そこの小僧の腕前がどれほどかは知る由もないが、貴様にしては随分と厚遇だな。まあ、任せておけ」


「はっ、親父。こいつぁ某の患いってやつだ。追求すんのは野暮だぜ」


 不敵に笑うゴドフリーとサルバトーレ。つられて周囲もまたニヤニヤと含み笑いをし始める。


 当のアクセルは状況を理解できず、ウルリカに至ってはあからさまな殺意を滲ませた。


「チッ……続けるわよ。それでアクセル、あんたは王との謁見が終わり次第、アウラ第二国境駐屯地に向かって頂戴」


「えっ? それは、どういう?」


「ジェラルド団長を引き込むの。連中は魔物と戦い慣れてる部隊。下手な奴らより、よほど使い物になるはずよ。それに、魔物の大群が北方へ移動してるってことは、アウラからは離れ始めてるってこと。恐らく大規模な侵攻はないと思って問題ないわ」


「おいおいウルリカ、勝手にされちゃ困るぜ。手薄になった駐屯地はどうするんだ? そら大量にゃ攻めて来ねえだろうが、一匹たりとも攻めてこねえ、っつう話でもねえんだぞ?」


「そこはアレクシアの口添えで国防軍を配備して貰って頂戴。言っとくけど、この作戦が崩れたらセプテムはお終いよ? 大陸の半分が魔物の手に落ちることになる。軍規なんかに縛られてる余裕はないの。アクセル、連中の説得が出来たら直接グラティアに向かって頂戴。そこで落ち合いましょ」


「わ、わかった。ちゃんと説得してくるよ」


「お前マジで言ってんのかよ……今ですらやっとなのに、憲兵組織が黙っちゃいねえぞ……」


 アレクシアは頭を掻いて、更に面倒な仕事が増えたと、煩慮と困惑の色を見せる。そんなことなどどこ吹く風、ウルリカは話を続けた。


「そしてエレイン、貴女は先にグラティアへ向かって頂戴。勇者一行の参列を許されたとはいえ士官の任を解かれたわけじゃないわ。話通すんだったら当然部外者のあたしたちより御誂おあつらえ向きよ。だから先んじて貴女には女王マースに協力を仰いでもらいたいの。本部隊の入国時に話が決着してれば行軍に余裕が生まれるわ」


「え、あ、うん。わかった、やってみるよ」


 ウルリカに任務を命じられたエレインは、心なしか上の空、といった表情だった。ウルリカはそれに気付いており、その原因にも心当たりがあった。だが、そのことに言及するのは酷だと感じ、この場では業務的な声掛けに留めた。


 しかし、イングリッドはエレインのその態度に対して、追求した。


「エレイン、貴女どうしたのかしら。心ここにあらず、という顔をしているわ。問題は山積しているにも関わらず。貴女、勇者一行の自覚はあるのかしら?」


「え……あ……ごめん、なさい」


 エレインはイングリッドの目を見ることもできず、俯いて謝罪を呟く。ウルリカは額に手を置いて目をつぶり、溜息を吐く。


「イングリッド、関係ない話は後にして頂戴」


「あら、失礼したわ」


 ウルリカの隣に座るアレクシアが「あの二人って仲悪いのかよ、初耳だぜ」と耳元で囁くと、「あとで話すわ」と囁き返した。コホン、と敢えて咳払いをして、ウルリカは続ける。


「アレクシアとイングリッドは残務処理があるとして……そうね、父上。悪いんだけど、父上にも動いてもらえるかしら」


「もちろんだとも、ウルリカ。私も最初からそのつもりだ。どんなことであれ、手を貸そう」


 レンブラントは微笑みながら、ウルリカの申し出を快諾する。


「助かるわ。一つだけお願いしたい事があるの。父上の人脈から、協力してくれそうな貴族はいないかしら。金銭でも人材でも、どちらでも構わないわ」


「うーむ、厳しい相談ではあるが……わかった、できるだけ当たってみよう」


「ありがとう。あたしも、古い友人や大学の恩師なんかを手当たり次第当たってみるわ。とりあえずアウラでの残り五日間はこんな感じね」


 ウルリカは一息ついて、モニカの淹れた、冷めきった紅茶を勢い良く飲み干す。ルイーサに行儀の悪さを指摘されて、ハッと気付いて謝罪した。


「はっはっはっ! そこは変わらねえんだなあ、ウルリカ。思春期っ頃から真っ当な世界に身を置いちゃいなかったお前だ、仕方ねえっちゃ仕方ねえな」


「大きなお世話よ。たかだか作法ぐらい修正できるし、最悪犬にでも食わせるわ。それよりゴドフリー、革命軍の準備はいつ頃完了する算段かしら」


「貴様たちがこちらに到着する頃には終わらせておこう。無論、話も通しておく。迅速に作戦へと移行できることを約束しよう」


「心強いわね。で、五日後には出発するわけだけど、だいたい一週間でグラティアの中央都市に到着するわ。エレインの女王陛下に対する折衝の完了を前提として、到着から三日間で支援の受領を終わらせる。その間にアクセル一行と合流してグラティアを出発、一同セプテムに向かうわ。普段なら五日もあれば到着するんだけど、セプテム一帯はいま寒期に入ってるから、行軍の鈍化を踏まえてこっちも一週間ほど見積もっておくわ」


「今日から数えて、約二十日か」


「問題なさそうじゃねえか? あとで資料化しとくぜ、イングリッドが」


「姉様、威勢が良いのは自分が請け負う時だけにしてくださる?」


「では、私から王に書状を出しておこう。今日中に出せば、明日の謁見が可能なはずだ」


「僕は明日すぐに出発が可能できるよう、馬車を手配してきます」


 各人が各々の役割を再確認し、明日からの行動を段取る。そんな中、


「……」


「……エレイン様の分も手配しておきましょうか」


「え……あ、うん。お願いできる、かな?」


「ええ、承知致しました」


 力の無い返事。エレインのそんな様子を、イングリッドは冷たい視線で見つめる。


「あー、はいはい。じゃあ今日のところは解散。明日はお昼前には街に向かうから、寝坊しないように」


 ウルリカは空気を察してか、その場を一先ず切り上げる。


一人、また一人と部屋を出て行く中、エレインはその場で座ってたたずんでいた。

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