Log-146【神に仇なす魔王-弐】
巨神の胴体が無尽の極光を放つ。それは、奴が地上に降臨した際に放った輝きと同じ光。単に
「この期に及んで……まだ何かあるというの……!?」
不気味な雰囲気を感じ取ったイングリッドの背筋に冷たいものが走る。よもや神魔の戦いなど、すでに決着を見たと思い込んでいた。だが、その判断は早計だったようだ。
「――総員集合! 再度厳戒態勢用意! 巨神残骸から高光度反応、不測の事態が予想されますわ! 守備固めに注力してくださる!?」
イングリッドは踵を返し、全速力で連盟部隊の下へと向かう。何かが来る、その予感がする。巨神の放つ極光はすでに光波のみならず、肌感覚にひしひしと訴えかけてくる圧力を伴って放出されていた。それはつまり、魔力を筆頭とした何らかのエネルギーの
だが、連戦に次ぐ連戦、全力に次ぐ全力によって、連盟部隊の余力はもはや残されてはいなかった。足腰を立たせるだけでもやっと、といったところ。重い体を引きずるようにイングリッドの下へと集まるが、その顔色は揃いも揃って血の気がない。
(もう、限界が来ているようね……とはいえ、何もせず立ち尽くしているだけでは、相応の末路しか見えないわ。どうにか身を守る術を考えないと――)
自らの身を守る方法さえ見つからず、行き詰まりかけたイングリッドの脳裏に、再び響き渡る翁の声。
「魔王が、
「……魔王が、
いつ何時も飄々としたその態度に苛立ちを覚えるも、翁の言葉は言葉として認め、努めて冷静を払うイングリッドは確信する。魔王が孵ったという言葉が内包する意味、それは疑いようもなく、アクセルこそが魔王であるという証左だった。
「さて……ローエングリンの者らよ。もしお主らにとって、今や魔王となり果てたかつての人間を、まこと同胞と信ずるならば――
魔王を、信じる……かつてアクセルだった魔の王を、跡形もなくなった彼を。
「信じる……? 一体、何を仰っているのか。あそこに見えるは、紛れもない魔王なのですよ? 私達には果たせなかった神の打倒を成し遂げたとて、次の矛先は私達に向くはず。なにせ、勇者が旅路の終わりにて屠るべき相手なのですよ?」
そう、魔王なる存在は、古来より聖典においても、おとぎ話においても、人間に害をなす存在として描かれてきた。あらゆる悪魔の頂点に立ち、際限なく悪意を撒き散らす災厄として。その存在自体は空想であっても、人々の胸には悪の化身として刻まれている。
「では聞こう。なぜ奴は飽くこともなく、あのように勇者を抱きかかえ続けておるのかと」
「…………」
だが、こうして現実に現れた魔王は、人々の中で培われてきた固定観念とは異なる様子を見せる。戦場の最前線に躍り出て、巨神をたやすく薙ぎ払い、人類の盾となるかのように背を向ける。嗚呼、これではまるで、人々に――ウルリカに――味方しているようだ。
「奴は、魔王という悪の化身である以前に、アクセルという名の、一人の人間なのじゃよ。分厚い闇によって秘匿された内側にはのう、未だ其奴の精神が息づいておるのじゃ」
「……魔王ではなくアクセルを信じろ、という意味であったのは理解いたしましたわ。では、これから何が起きると? 神は最期に
「無論、滅ぼすつもりじゃよ――この世界の全てをのう」
「世界を、滅ぼす……!? ば、馬鹿な……何を根拠に……いや、何を目的として……!?」
神とは一体、何なんだ。自らの手で創世を行いながら、自らの手で滅ぼすだと?
「儂ら人類に、裁定が下されたのじゃよ。奴らが理想とする人類には値せぬ、とのう。つまりじゃ、儂らは神様のお眼鏡にかなわなかったということじゃ」
そういうことか。神の手による創世の狙いは、人類の誕生にあったという。それは知っていた。だが、奴らには狙いがあったのだ。理想とする人類像があったのだ。そして、現在の人類では、描いた理想に届かぬと断じたのだ。
「……それだけのことで、私達は滅びると? 人類全てが? この世界ごと?」
「うむ、
「種の選別……根源からやり直す、ということ……」
世界を滅ぼし、再生する。人類はその度に
「それを止められるのは、人類の希望を一身に集めた勇者……ではなく、その概念に対をなす存在である魔王しかおらんのじゃ。手段や目標はどうあれ、神とはヒトの傍に立つ存在、つまり人類側の味方じゃ。そして魔王とは、人類を絶望の淵に落とす概念。では、人類側に
それは、聖なるを
「……神聖は、邪悪によって
「そうじゃ。それこそが――咒術じゃ。魔法の禁忌とされる
「咒術……概念を事象化する魔法……」
「神は人類を
嗚呼、愛か。人の幸福の為ではない、理想の押しつけの為の愛だが、人を想うがゆえの試行実験だ。では、その理想とは何だ? 理想の人類とはどのようなものなのだ? 神に従順な存在ということか? 神が目指すものとは?
「翁よ、ならば理想の人類とは、一体どのような――」
核心を問おうとした、その時だった――大地を穿つ閃光が、彼方に
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