Log-125【振り返らぬ茨道】
眼前に閃く雷霆、その直後、
「今よ!!」
状況を瞬時に判断して、大狼の下へと突撃するウルリカ。儀仗剣からの噴流に加えて、両手からも噴流を放ち、彼女が出せる最高速度で飛行する。彼女にしがみつくアクセルは、最早眼を開けるだけでやっとだった。
天を仰いだ姿勢のまま硬直する
「イングリッド! ティホンに伝えてあげて! ご苦労様って!」
それだけを伝えて、イングリッドへの一方的な
「いい? アンタはとにかく念じ続けてなさい。信じ続けて、祈り続ければいいの。あとはあたしが仕掛けるわ」
「了解した! 頼むウルリカ!」
アクセルが柄を握る漆黒の手に、ウルリカが儀仗剣を添える。鞘尻に接がれた純白の魔石が、光を放つと、頑丈以外に何の変哲もなかった彼の直剣が、彼の手と同じように漆黒へと染まっていった。それは柄から始まり、次第に刀身へと移っていく。そして、大狼の体内へと侵入していった。
「パーシー! 聞こえる!? こいつが内包する飽和魔石の場所を測位なさい!!」
魔術を行使しながら、片手で無線機を持ってパーシーに繋げる。
「ウルリカ! だ、大丈夫なのかい!? 今何して――」
「あたしの事は後でいいの! 今は
「わ、分かった! すぐデータを送るよ!」
パーシーが答えた、その直後。ウルリカによる内部侵食を察知したか、
「……嘘でしょ。あいつも大概怪物ね……」
ウルリカの角度からは彼女の戦う様を望むことは出来なかったが、それでも誰がどうやって戦っているのかはおよそ把握できる。それほどまでに、アレクシアという女傑はあまりにも際立っていた。
「ウルリカ! 場所を特定したよ! イヌ科の部位にして膵臓部分に際だった反応がある!」
「おおよその場所は把握したわ! で、それだけ精確な測距が可能なら、魔力を急速に失ってる一筋の線も観測できるわよね!? そいつはアクセルの異能よ! 位置関係割り出し頼むわ!」
「えぇ!? どういうこと!? わ、分かった! 観測と同時に計算してみるよ!」
無茶に無茶を重ねるウルリカ。彼女も彼女だが、それに応えようとするパーシー含む周囲の人々も大概の一角と言えようか。
「あ~、確かに!
パーシーが覗き見る望遠鏡には、彼が発展を促した、浸透を司る光属性の魔術を原理とした錬金術の装置が備わっていた。浸透魔術によって計測した魔力情報を画像化し、生体内部を透視する技術。医療分野での利用が主となるが、
「あ~、今丁度肺の真ん中辺りにいるね。そこから大体四〇メートルほど尾っぽ側に向かって、三メートルほど背中側に昇ると接触できるかもね〜」
大狼の体内を針糸が這うかのように、アクセルの異能は大狼の魔力を侵食しながら突き進んでいく。侵食部位はまるで枝分かれする血管のように、枝幹の様相を形成する。彼一人の力で、それは叶わない。ウルリカの光の魔術と複合することで可能となる所業。
「……って、そりゃ魔物なんだから動くよね! ああもう、アレクシアの奮闘で映像が乱れるなぁ!」
「……いいえ、助かったわパーシー。データは十分よ、あとは任せて頂戴」
「そうかい? なら良かった。ボクは眺めることしかできないから、役に立てたのなら嬉しいよ……任せっきりで悪いけど、頼んだよウルリカ」
そう言って、無線通信を切断した。ウルリカのそれは、強がりだ。パーシーもそれは承知の上だったのだろう。彼女はこれまでの激戦からくる神経の酷使で、魔力の僅かな機微を察知する繊細な感覚など、疾うに麻痺していた。
だが、これでは埒が明かない。このままでは、
「……保険もないし、滅茶苦茶危険だけど、潜るしかないわね」
「う、ウルリカ……何を、する気だ?」
「アンタは気にしなくていいの。力に集中なさい」
気に掛けてくるアクセルを窘めると、彼女は即座に魔術の行使へと移る。潜るとはつまり、
「『世界を象り、理を縁取る。実像は層理を描き、虚像は幻想を織り成す。創発、数理、
現実と仮想を同期させる、ウルリカはアクセルの異能を導く先導者として、魔層内部へと潜っていく――だがそこは、想定していた世界とは全く異なるもの。かつて経験してきた世界とは似て非なるもの。辺り一面を染める血潮のような真紅、狂気や激情を
怖気が走る、
アクセルが暴走した際に潜った結界魔術の魔層とは異なり、幾何学的な構造物は存在しない。それが意味するものとは、この魔層が論理的なものではなく、感情的なものだということ。従って、代わりに存在するのは、侵入者を圧殺するほどの狂気と情念だけ。目に見える障害はないものの、世界そのものがウルリカという存在を決して許さない、究極の孤独を堪えなければならなかった。
そして何よりもその世界の圧力は、歩を進める度に増していく。なぜならこの魔層は、大狼を怪物たらしめている咒術の仮想空間であると同時に、大狼の肉体を仮想した世界でもあるから――そう、つまり、咒術の核となっている飽和魔石に近づけば近づくほど、免疫反応は活発になる、ウルリカを呪う怨嗟は激しさを増していく。しかし、彼女にとっての、人類にとっての終点はそこにあるのだ。
まるで、砂塵舞う灼熱の砂漠を、ボロ布一枚と裸足で進んでいくようだ。炎天を遮るものも無く、果たして辿り着けるのかも分からぬまま。仮想にも関わらず、喉は渇き、皮膚は潤いを失い、脳は思考を拒む。ただただ、精神と体力ばかりが削られていく、死と隣り合わせの極限環境。
それでも、ウルリカは黙々と前に向かっていく。その小さく幼さ残る背中で、人類の未来を背負っているから。その毅然とした瞳には、未来を指し示す道程が見えているから。誰かに言われたからではなく、自分で決めた――茨の――道だから。だから彼女は、突き進む。これまでもそう、そしてこれからも、同じように。
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