Log-154【海の只中に至るまで-肆】
御者の表情はフードに隠れて読み取れない。しかし不思議とその無骨な声色に似合わず、豊かな情緒を感じ取れる。苦しく険しい戦いの最中に垣間見えたささやかな憩いに、エレインは一頻り破顔する。彼女は純白の魔石を握る手を振って、曰く付きの御者と別れた。
暗夜に降りしきる白雪を照らす、
荷台には椅子がなく床座式となっており、中心に据えられた炉で暖を取るエレイン。一息吐いて、ふと思い出したように手の中に握られていた純白の魔石を眺めると、横たわるアクセルが着る
「ちゃんと持っててね、アクセル君。匿名希望の翁さんからだよ、何かの役に立つらしいんだー。んーまあ、良く分かんないけど」
エレインはそう独り言を呟いて、二人隣り合って眠った向かい側に両膝を抱え込んで座る。突然の暇が生まれて手持ち無沙汰となった彼女は、正面の二人を観察することにした。
医療班の下した二人の重い容体、それは実に対照的なものだった。ウルリカの場合は外傷が激しく痛々しい見目を湛えているものの、飽くまでも負ったのは外傷のみ。医療班の治癒魔術に加えて、持ち前の膨大な魔力によって自然治癒力が高められており、一両日中には目を覚ますだろう診断が下されている。
むしろ重傷なのはアクセルの方だった。現在では生死の峠を越えたものの、救助した間もなくの時点では、もはや肉体が自壊を起こすほどまでに魔力が欠乏していたのだ。仮にそのまま放置していたとしたら、腐敗の過程を経ずに肉体が消滅していたほどだった。医療班が念入りに治療を施していたのは、ひとえにアクセルに対してだったのだ。
「……でも二人とも、本当に凄いよ。何だか、自分の無力さが嫌になっちゃうくらいだ」
二人のこれまでの活躍と、今の有様を見て、エレインは自嘲する。メルランから真実を託された身でありながら、託された真実そのものである二人こそが最も勇敢に命を賭して戦っていたから。
「悔しいなぁ……後ろ向きに考えちゃう自分がもどかしいくらいには、悔しいよ」
エレインは眉間に皺を寄せた顔を両膝の間に埋めて、虚脱したように
弱冠二十一歳の若さで人魔大戦という未曾有の戦いにおいて一部隊を見事率いてみせた、という事実だけでも極めて高い評価に値する功績。しかし、エレイン自身は昔から自らの力量を過小評価してしまうきらいがあった。それを自覚してもいるのだが、勇者というかつての大願を目の前にして、未だその悪癖を克服できずにいた。
「愚痴っても、仕方ないんだけどさぁ……せめてここでだけでも、愚痴らせてよ」
気丈に振る舞うエレインの、少しばかりの弱音だった。生家にて決意した覚悟に見合わぬ成果しか上げられていないのではないか、もっと自分に力があれば犠牲を抑えられたのではないか、という後悔だった。だが、そんな彼女の言葉は、
「――ホント……馬鹿ね……」
ウルリカの喉から絞り出したかのような、か細い声によって打ち消された。
「え? ウルリカ!? もう大丈夫なの!?」
驚愕するエレインに対して、ウルリカは起き上がることもせず甚だ
「……なわけ……ないでしょ……」
命辛々といった沈痛さを湛える声で返答する。その言葉を裏付けるように、ウルリカは目覚めたその直後、気絶するように寝入ってしまった。まるで、エレインの弱音に対してほんの一喝をするためだけに覚醒したかのように。
「寝ちゃった……」
もしやただの寝言だったのでは? と疑ってしまう出来事。だがエレインは、ウルリカのその一言で、何か後ろ盾を得たかのような感触を抱くことができた。とても簡素で、ぶっきらぼうで、突き放すようなそのたった一言が、今は心に染み渡っていくように暖かい。
「……凄いなぁ、ウルリカは」
同時に、彼女は紛れもなく勇者なのだと痛感させられもした。どこまでも勇敢で、義に厚く、成すべきを成し続ける女傑なのだと。それがどのような形であれ、彼女なりのやり方で、彼女なりに先導し続ける巨星なのだと。
「……僕も、しっかりしなくちゃね」
エレインの心を支配していた迷いが吹っ切れた気がした。戦場での自分はあれで良かったのだろうか、セプテムの人々を残して旅立ってしまって良かったのだろうか、そもそも自分はこの旅路に同行しても良い人間だったのだろうか。そんな
「下手の考え休むに似たり、なーんて言うしね。せっかく休むなら、よっぽど寝て休んだ方がいいや。じゃあ二人とも、お休みなさい」
そう言ってエレインは倒れるように
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