Log-116【巻き上がれ、械竜】
地表を
「嗚呼ァ……ウルリカ、ウルリカ……嗚呼、嗚呼、嗚呼……」
「いつまでも五月蝿いな……前代未聞の敵を迎え撃つんだ、前を見ろ」
猛疾走する
「あんなに遠くに居たはずなのに、もうここまで……」
大狼の速度は尋常ではない。連盟部隊との距離およそ八〇〇〇メートルを、僅か一分ほどで走破せんとしていた。その光景に、戦場に立つ者は皆、是非も無く奮い立たねば、腹の底から湧き出る
それは、感情の起伏が小さいはずのエフとて同じこと。
彼の鼓膜を
こと
恐々として、
特鋭隊は無駄口のない一団ゆえ、周囲の仲間が何を思うのかは推し量る他ない。皆一様に表情のない眼で大狼を睨めつけてはいるが、きっと心境は同じなのだろうとエフは察する。
そんな中にあって、ティホンは相変わらずだ。
「ウルリカ……我が聖女……嗚呼、ウルリカ……我が
「……こっちの気も知らず、アンタの頭はアイツの事ばかりだな。今だけは羨ましいよ、その度胸」
エフの皮肉も、現在の進退窮まる状況も、ティホンの
「嗚呼、ウルリカ……我が熾天よ……貴女様に、全てを捧げよう」
ティホンの呟きが――典礼の祈りが――終止した。同時に、肌を突き刺すような魔力が、彼から
突如、ティホンが跪く。地面に両手を着けて、呪文を唱え始めた。
「『
その時、一斉に膝を折った。まるで大地に吸い寄せられるかのように、力が抜け、姿勢を保てず、全身に鉛がのし掛かる。すると、最前線に立っていた連盟部隊の総司令官アレクシアが号令を放った。
「各位ッ! 伏せろッ!」
その喚声に応じて、全部隊が腹這いになる。身体を蝕む、抗い難い荷重に身を委ねて。
尚も詠唱を続けるティホン。一節一節を唱える度、身体にのし掛かる荷重は増していく。
「『眠れる獅子の、尾を束ね、我が手に鋼の、波濤あれ』」
遂には、身体が地面にへばりついて動けなくなるほどの荷重がのし掛かる。魔力を込めなければ、呼吸さえも危ういほどに。そして――
「『
詠唱が、完了する。魔術の行使が、履行された。
沈み込むような、鈍い音が鳴り響く。低く、低く、地の深きに落ちていく
「ッ……! 耳鳴りが、止まない……アンタ、一体何をしているんだ……!?」
百聞は一見に如かず。その問いに、言葉で応えるまでもなく。遠く彼方にて、ソレは広がっていた。大地が泡立つような砂の震える音、肌に溶ける泡雪混じりの颶風に乗って、鼻を突く鉄の臭いが漂う。視覚を除く感覚全てで捉えるエフが、ソレを言い表すならば、地から出で、天へと昇る、鉄の
「さあ、我が聖女よ、ご覧あれ……砂上の械竜をお見せしよう」
ティホンは勢い良く立ち上がり、両手を天に掲げた。同時に、それはまるで間欠泉の如く、大地から漆黒の瀑布が膨大なまでに吹き出る。その噴流は日の光を照り返し、輝く
「磁力の魔術師が操る、大地から出づる金属臭……砂鉄か」
エフが推察する。その漆黒の正体は、地中に集積していた砂鉄。ティホンは磁力を操る魔術に長けるという。先ほど執行した魔術とは、地下深くへと磁場を浸透させ、地中に眠る金属の粒子を支配するもの。その一片一片が収束すれば、それ即ち、鉄の瀑布となる。
「これが、アンタの……魔術」
驚愕するエフ。先ほどまで狂気に触れたかのように女主人の名を呟き続けていた男が、今や人一人の力だとは到底思えない絶技を見せるのだ。
ティホンは舞い踊るように、両手を縦横左右に振るい、鉄の瀑布を巧みに操る。それは天地を駆け、とぐろを巻き、長蛇のように軌道を伸ばす。最早その長さは、二十メートル程もある幕壁の高さを優に越えていた。
「我が聖女に牙を剥く
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