Log-120【楔の接続者】

 外套がいとうを羽織り、衣服を整え、剣を引き抜き、装備を確かめる。ウルリカとアクセルは戦線復帰に備えていた。そんな二人を横目に、頭を抱えながらうなるパーシー。何やら深い疑問に苛まれているようだ。


「うーん、いや〜、何だろうなぁ、ちょっと待って欲しいなぁ〜」


「何一人でブツブツ言ってんのよ」


 身支度を整えながら、片手間にパーシーを一瞥いちべつする。すると、ウルリカの言葉に反応して、抱えていた頭を上げた。


「いやさ、アクセル君のそれ、てっきり痣か刺青かと思ったら……驚いたなぁ、闇属性の魔力が漏れ出してるんだね」


 アクセルの左手を指差しながら、彼はそう言った。珍しく驚いた口振りで。


「も、漏れ出してる?」


「…………」


 ぽかん、と呆気にとられるアクセル、そんな彼とは裏腹に、ウルリカの表情は硬くなる。


「遺伝型術式因子である存在理由エニメスコードでも、魂魄的性質顕現である固有天性コンセプトアートでもない。細胞組織そのものが、まるで呪物ウィッチガイドにでもなったみたいだ」


 魔術師と一括りに言っても、呪文を唱えることなく特定の魔術を先天的に行使できる遺伝子――存在理由エニメスコード――を持った者や、呪文や肉体ではなく魂に刻まれた情報を魔術として利用する――固有天性コンセプトアート――者まで、多種多様な形が存在する。前者は肉体に印としてはっきりと現れ、後者は外見上では判断できず、フェデーレのように無意識に作用する場合もある。


 だが、アクセルを覆う異様な漆黒は、そのどちらでもない。パーシーの知る限りでは、前例のない事象だった。となると、彼という人間の置かれた状況から事象を推測する他ない。


 彼は、勇者の傍に付き従う者、あるいは、人魔大戦のその先に続く旅路まで共にする者。そして、傲岸不遜の化身であるあのウルリカが、我を突き通せないほど慮ってしまう者。


 それが意味するものとは、つまり……


「……楔の接続者って言えば伝わるかしら」


 パーシーの思索を読み取ったか、彼が辿り着かんとする答えを、ウルリカが告げた。


「ウ、ウルリカ……か、彼が、そうなのかい?」


 目を見開き、アクセルを見遣る。開いた口が塞がらない。パーシー自身、もしかしたらソレなのでは、と踏んでいた事実。だが、勇者である彼女の口から堂々と宣告されてしまうと、驚愕きょうがくせずにはいられなかった。


「え? なに? 何の話?」


 二人の顔を伺うアクセルには、まだ楔の接続者という言葉の知識がない。なるほど、勇者の真実とやらに関係する話か。なら現状、自分の出る幕じゃない。彼はそう飲み込んだ。


「そう……ブラバント卿にも託されてたようね。そうよ、コイツがそうらしいわ」


 勇者に関する情報は、ブラバント家にも伝わっている。だがそれは、全てではない。ローエングリン家と同様、肝要な部分を秘匿ひとくされた情報だけ。


 腕組みをして首を傾げるパーシー。彼の脳裏に渦巻いていたのは、恐らくこれから引き起こされるだろう未曾有みぞうの事態、その予感。


「う〜ん、う〜ん……そっかぁ、そうなのかぁ。じゃあ、あの結界もそういうことかぁ……」


 これまでの旅路に散らばっていた不可思議な事象がピースと化して、謎めいていたパズルに当てはまっていく。完成はまだ見えず、しかし、大きなうねりが見えた。


「なるほどね、君たちはまさに、比翼の鳥なんだね」


 アクセルとウルリカ、二人の若人に託された勇者の運命。この先に待ち受けるものなど、過去に繰り返されてきた歴史に鑑みれば分かる。それは……残酷なものだ。


「失礼ね、あたしは一人でも飛べるわよ」


「いや、そういう意味じゃないんだけどねぇ」


「戯れよ、流して頂戴。はい、これでこの話はお仕舞い」


 土壺に嵌りそうな会話に、ウルリカは手を打って区切りを置く。これ以上は、誰の身にもならない。不完全な知識に憶測だけを重ねかねない。それに、アクセルはまだ引き返せるギリギリの線に立っている。もしかしたら、彼を巻き込まずに済むかもしれない。彼女には、そんな甘い期待も僅かに残っていたようだ。


「う〜ん、でも今のところ、アクセル君を当てにするしかなさそうなんだよねぇ。あの魔物、仕留め切れそうにないんだよ」


 そう、アクセルから漏れ出した闇属性の魔力の滲みは、その本質はどうあれ、その実態は極めて強大な戦力と考えて間違いない。そして現在、かつてないほど強力となった破狼ハロウに対し、有効な手段はまだ見つかっていない。


「……こいつをどうにかできれば、何とかなりそうなのに……」


 腰部のベルトに吊した鍵に目を遣って、悔しさを滲ませて呟くウルリカ。彼女は可能な限り、アクセルの力には頼りたくはなかった。力とは、何かを代償にして手に入れるもの。それが強大であればあるほど、反動は大きくなる。そう、まさに縮退魔境エルゴプリズムのように。


「ウルリカ、僕は大丈夫だから。任せてくれ」


 悔いと焦りから判断力が鈍る彼女に、アクセルは毅然と訴える。魔物の暴威に怯えることもなく、ウルリカを慮った素直な言葉で。


「……分かったわ、今回はアンタに任せる。けど、まずいことになりそうだったら、無理矢理にでも引き剥がすから」


 アクセルの魔力に頼るということは、予期せぬ事態を引き起こしかねない危険性を孕んでいるということ。それは周囲に害をもたらすだけでなく、彼自身をも壊しかねないということ。あまつさえ、千の魔物を喰らった破狼ハロウの膨大な魔力を侵食しようというのだ。尋常でない怪物に、尋常でない事象をぶつけたら、どうなるかなど想像のしようもない。


「うん、その時は君に、お願いするよ」


 しかしアクセルは、ウルリカに向けて微笑んだ。己の身に何が起きてるかなど、知る由もない。彼女が何を憂慮しているかなど、分かるはずもない。だけど、もしかしたら、大切な人々を救えるのは、自分の力かもしれない。なら彼に、その身に宿した剣を執らぬ理由などなかった。それがたとえ、諸刃だったとしても。

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