Log-058【兵としての年季】
「アレクシア少佐の命で派遣された、国防軍参謀本部直属の第三小隊だ。貴様らが帰還する間は、この駐屯地を任せてもらおう」
アレクシアとの約束通り、アウラ第二国境駐屯地に国防軍が派兵された。陽が傾き始めた日暮れ前に、四十人規模の小隊を引き連れて到着、国防軍の小隊長がジェラルドに報告を入れる。
「今回、ジェラルド率いる駐屯兵団は、魔物討伐のスペシャリストとして、勇者一行に同行してもらうこととなる。正直に言えば、我々に声が掛からなかった事実は遺憾だが、貴様らが最前線で魔物との戦闘経験を積んできたことも事実ではある。我々もこれを皮切りに、訓練の一環に実戦経験を加えることも一考に値すると考えている」
「それは必要でしょうな。魔物との戦いは、人と人との戦いとは一線を画すもの。実戦を積まねば上達のしようがない戦闘技術ですから。我々の駐屯地に限らず、方々に軍を派兵し、経験を積まれるのがよろしいかと存じます」
ジェラルドは居丈高な小隊長の態度に対して、軽い皮肉を交えて返答した。彼のその態度に、小隊長は鼻で笑って受け流す。
駐屯兵団と国防軍小隊は、入れ替わりで宿舎を出入りしていた。小隊が移動に用いた馬車に、続々と駐屯兵団の荷物を積んでいく。事前に支度を整えていた為に、出立の準備は瞬く間に完了した。
「今日のところはここで夜を明かすこととしよう。馬も休めねばならんし、強行したところで宿場町に到着する前には陽が暮れそうだしな。なに、雑魚寝もたまには一興だろう」
序列としては国防軍に属する部隊が上となる為に、宿舎は小隊が到着した時点から明け渡すこととなる。その為、出立を明日に控えた駐屯兵団は、追いやられる形で、詰所を宿舎として利用することになった。
「問題ありませんよ、団長。ウルリカはこちらの工程も踏まえて日程を組んでくれていますから」
行軍の日程と照らし合わせても、滞りがないと言って差し支えないほど順調だった。アレクシアによる国防軍派兵も、これで問題なく完了した。だがアクセルは、それらとは別の、嫌な胸騒ぎを感じていた。
「……」
空を見上げる、陽の光を完全に遮る曇天。ウルリカが訪問した日も、同じ空をしていた。
「……アクセル、感じるか? 俺もだ。ここに居た奴なら、嫌でも身につく」
そう、アクセルが感じ取っているもの、それは――
――関門上部に設けられた
小隊は宿舎から躍り出て、慌てふためいたように辺りを見渡していた。小隊長は怒号でもって竦んだ兵士たちをまとめようとしていた。だが、駐屯兵たちは、あたかも始めから臨戦態勢を取っていたかのように、荷造りを中断して佩刀し、広場へと集結する。ジェラルドは小隊長の側に駆け寄り、
「此度は我々にお任せ下さい。お手本、と言うには憚られますが、我々如きが果たして魔物なる怪異を打ち倒せる玉なのか。その懐疑を払拭してみせましょう」
ジェラルドはそう言って、自らも広場へと駆け走った。後に続くアクセル。
小隊長は返す言葉もなく、強張った表情を湛えたまま、二人を見据えていた。
―――
櫓に配置された兵たちは、魔物が関門を乗り越えないよう、眼下に向けて
「各位散開! 三人一組を編成! 敵は
ジェラルドは広場に集まった駐屯兵たちに命令を下し、三人一組を作らせて散開、広場の中央を囲むように陣形を取らせる。定位置に移動した者から連弩を構え、関門に向けて照準を合わせる。
「いくぞ…………門戸、開放ッ!!」
ジェラルドの
「斉射!!」
ジェラルドの喊声とともに、駐屯兵たちが一様に構えていた連弩から、甲高い飛翔音を立てて一斉に矢が射出される。無数の矢が
一組の駐屯兵たちに狙いを定めた
「三組、背面!!」
見計らったかのように、ジェラルドからの号令が轟く。と同時に、三人の駐屯兵は地面に身を投げ出すように正面へと跳ぶ。その刹那、三人の背部を掠める刃。
「斉射ァ!!」
再びジェラルドの喊声、と共に放たれるは、矢ではない。空を切って体勢を崩した
本命は、重量がありながら比較的高い命中精度を持ち、更には魔力を流し込むことで破壊力を増す、投斧にあった。
投斧を放ち切ると、
命の危機を察してか、宙を滑空する速度は更に増す。既に目で追うことすら難しい。だが、狙いを定めて降下する、その動作だけは捉える事ができた。
「
その声に応じて、ジェラルド含む三人は身を寄せて腰を落とし、背中に携えた円盾を装備、互いの盾を重ねあげ、左右上部を完全に遮る。
地に臥し、四肢も複眼も失った状態でも、しかし息がある。胴体をうねらせて動く素振りを見せた。だが、高等知性を有さないこの魔物は、今以って一切の生存手段を失った事実を、無情にも理解できてはいなかった。ジェラルドは
ジェラルドが魔物の完全な停止を告げる、調査兵団の喝采が広場に轟き渡る。駐屯兵たちは各々、肩を組み、手を取り合い、拳を合わせ、勝利の喜びを謳った。遠巻きで傍観していたアクセルがジェラルドに歩み寄る。
「団長、お見事でした。無駄のない完璧な連携です」
「……ん、ああ。そう言われると、こっ恥ずかしいな」
ジェラルドの返答には一瞬、僅かな間があった。アクセルはその微妙な機微に、違和感を覚える。だが、アクセルがそれを問う前に、ジェラルドは既に駐屯兵団の長としての立場に振り戻っていた。
「お前たち、よくやってくれた! 三組の負傷者はすぐに手当てを! 幸いにも軽傷だ、明日からの遠征にも支障はないものと判断する! 他に負傷者はいないな? ……よし、じゃあお前たち! 今日中には荷造りを終わらせ、明日に備えるぞ! 宴もいいが、浮かれすぎて潰れるんじゃないぞ!」
ジェラルドは端的かつ鷹揚に命令を下すと、駐屯兵たちは一様に威勢のいい返事で応える。と同時に、魔物との戦いで用いた武具を回収。装備の手入れを始めとして、荷造りの整理整頓から討伐した魔物の処理まで、手際よく支度をこなしていく。
その様子を認めると、ジェラルドは一人国防軍小隊が集合する宿舎の前に足を運ぶ。アクセルも後ろに付いていくと、向かった先は小隊長の下。ジェラルドは敬礼をして、正面に立って口を開く。
「小隊長殿、これが我々の務めであります。敵を知り、戦術立て、仲間を信じる。何も特別なことではありません。魔術や兵法といった学問では、我々など取るに足らず。ですが、実戦では頭よりも身体に染み付いた感覚が物を言います。くれぐれもお気をつけて、ご武運を」
横一文字に口を閉ざした小隊長からの返答はなく、ただ首肯するだけだった。では、とジェラルドが言って踵を返す。
暫く佇んでいた小隊長もまた踵を返すと、毅然として号令を発して、唖然と立ち尽くしていた兵士たちを宿舎へと引かせていった。
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