Log-099【決戦の火蓋】
「――放てッ!!!」
初めの烈火が飛沫を上げて大地に炸裂する。爆風に巻き上げられ、無数の魔物が宙を舞った。着弾は更に続く、至る所で火の手が上がった、見る見る内に地平線を焦がしていく。それは雪飛沫か、砂飛沫か、血飛沫か、はたまたその全てか。舞い上がる飛沫が砂嵐の如く魔物の群勢を覆っていく。
人類側の攻勢は止まらない。一分と掛からず次弾装填を完了し、キャノン砲は再び黒煙を吐く。逐次仰角を微調整しながら、撃つ。二十人ほどの砲手で、弾薬を運搬し、
遙か遠方は、最早焼け野原となっていた。大地には至る所に凹凸ができ、まるで波打つかのよう。だが――
「う~ん……ピンピンしてるね~。目測で……二百万頭ってとこかなぁ。控えの群れを含めた実数は分かんないけどね~」
西門を挟む側防塔の屋上胸壁から望遠鏡で眺めるパーシーが呟く。砂嵐が晴れたその先には、砲弾の着弾前と依然変わらぬ魔物の群勢があった。果ては観測さえできない。
最前線の一群は、無数に横たわる同胞の亡骸を踏み越え、人類の抵抗など嘲笑うかのように猛進する。例え眼前に死が降り注ごうとも、災厄は戦慄せず、ただ脅威を振り撒くのみ。
「叔父さん、中距離兵器の配置指示お願いできるー?」
望遠鏡を通して敵影を観測しながら、パーシーは下の管制室に伸びる伝声管でレンブラントに事の次第と対策を伝える。それを受け、すぐさま無線機のダイヤルを回し、
「こちら八十八番塔、レンブラント。アナンデール卿、応答願う」
「こちらゴドフリー。ローエングリン卿、用か?」
応答の声はゴドフリー。後ろでは金属と金属とが搗ち合う重々しい音が鳴り響き、その合間を縫ってサルバトーレの怒号が聞こえた。
「敵影、中距離射程に入る。先んじて対空の
レンブラントは現武装に加え、中距離戦闘を見据えた武装を要求する。地上だけを意識すれば良いほど単純にはいかない。空を駆る魔物は少なくない。
「了解。既に先行部隊は向かわせている。在庫もそちらに向かわせよう」
彼は新王レギナ指示の下、“煙霞の鉄城”内の武器庫に保管された一切合切の武装と兵站の全解放を取り仕切る。その膨大な量ゆえに、全軍動員でも一朝一夕では足らず、王自ら主体に後方支援部隊を編制。壮年の民間人も徴用しつつ、開戦後も引き続き搬出を行っていた。
「パーシー。お前の言う通り、電波は城まで届いたようだ」
そう、パーシー曰く無線機の接続距離は半径五キロメートルが限界。だが、電波を中継する施設があれば話は別となる。
「ヴィルマーんちが中継になってるからね。実践は初めてだったけど、なんとかいったね〜」
依然、望遠鏡に眼を通しつつ、気の抜けた返事をするパーシー。
周囲が戦々恐々と状況を遂行する中、この二人の調子は開戦前と余り変わらないようだ。
―――
「えーっと……アレクシア、アレクシア……っと――いた」
匣を脇に抱えたアクセルと共に、西門近くの住宅街を疾走するウルリカ。こめかみに手を遣って、アレクシアの魔力周波を探り当てていた。
「アレクシア、聞こえてる? そっちどう?」
「お……おお! ウルリカ! 無事だったか!」
ウルリカは
「こっちはまだ問題ねえ、延々と大砲をぶっ放して返り討ちにしてるところだ。ただもうすぐ空戦部隊の連中が投擲類の射程距離まで迫ってくるな。そっから俺達も本格的に戦闘が始まるって感じだぜ」
「あー、残念だけど姉貴達の戦いはもうちょっと先送りになりそうよ」
「ん? どういうこったそりゃ」
ウルリカは手に持った
「ちょっとね。あたしも只で遅れてきた訳じゃないの」
「ほう、言ってくれんじゃねえか! 期待せざるを得ねえな!」
アレクシアは
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、何も。じゃあもうすぐ西門に着くから。寒くてかなわないと思うけど、もう少し我慢してて頂戴」
そう言ってアレクシアとの通話を切断する。その折、既に眼前には堅牢な鉄扉を擁する西門が聳えていた。
目下、セプテム軍兵士が門前で奔走しているのを認める。分解した
ウルリカは更に上を見上げる。西門を挟む側防塔、その屋上の胸壁に目を遣った。下手には数人の工兵が
「……アクセル、足腰に自信は?」
「えっ? 足腰? 強いかどうかってこと?」
アクセルは疾走し続けるその足腰を手で叩いて感触を確かめながら、
「うーん、一応毎日欠かさず鍛えてはいるよ。どうして?」
日々の鍛錬に裏打ちされた多少の自負を口にする。ウルリカはその言葉に首肯して、
「姿勢維持を無視して全力で魔術をぶっ放すわ。アンタは反動で吹き飛ぶあたしの代わりに踏ん張りなさい。側防塔から落っこちて死ぬなんて真っ平ごめんだからね」
「えっ! あ、うん……全力で抱き留めるよ」
アクセルは戸惑いつつも首肯する。無茶な注文はいつもの彼女だ、と開き直った。
「さーて、勇者が到着したからには目に物見せてやるわ、魔物どもめ」
そう言って口角を上げる彼女の足取りは軽く、いつにも増して活力に溢れていた。
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