Log-135【霊峰を穿つ-壱】
それはまるで、音楽堂に響き渡る重厚な大オルガンの如く。
それはまるで、豊作を謳い稲穂を実らせる稲妻の如く。
それはまるで、終末を告げるラッパ吹きの如く。
大地はひび割れ、風は吹き乱れ、雲霞は引き裂かれる。その一歩、また一歩が、神の前では生命の繁栄など児戯に等しいと、あざ笑うかのよう。まさしく霊峰を相手取るが如く、途方もない存在を前に、誰が奮い立てようか。もはや人間が手に負える存在ではない。そんな異様に対して――しかし、彼女だけは不撓の闘志を纏っていた。
「
すでにお手の物か、儀仗剣と
「全く……山の如しってか、山そのものね。あたし達からは偽神なんて名状されてるけど、神を冠するだけのことはあるわ。まるで人智が及ばない規模だもの」
その動きは鈍い、地上のあらゆる抵抗を受けているのは明らかだった。それはパーシーの観測通り、単純な物質の塊であることの証左だ。しかし、その事実を差し引いてもなお、脅威であることには変わりない。何せその一歩分の歩幅が、噴流を放って大空を駆けるウルリカの速力と同等以上なのだから。
「ウルリカ、パーシーから観測結果の報告を受けたわ。
その巨躯であれば当然なのだろうが、それでも恐ろしいほどの速度で迫ってきていた。たった十五分後には、人の長い歴史が形作ったセプテムの機械都市を一瞬にして更地に変えてしまおうと言うのだ。まるで蟻を踏みにじるかのように、その一歩で全てが消し飛ぶ。
「私の部隊とエレインの部隊は二分ほど掛けて二キロ地点まで向かい、一〇分で魔術を仕掛け終えるわ。何事もなければ現時刻から約一四分半で接触。全力で足止めするから、後の始末は任せたわよ」
ウルリカが都市の方に目を遣ると、イングリッドら魔術師たちと、エレインら特鋭隊が目標地点に向かって雪原を疾走する姿が目に入る。山のような巨体をこの程度の人数でどれだけ留められるかは皆目見当がつかないが、それでもやるしかない。
「ええ、任せて頂戴。必ずぶちのめしてみせるから」
ウルリカは自らを奮い立たせるように、その手に握る鍵に言い聞かせるように、イングリッドと繋がった
「……まあ、即興も甚だしいんだけどね」
彼女が目論む作戦は、鍵の力に傾倒したものだ。少なくとも二度体感を得た、瞬間移動。それをもし魔術として単純に行使するとなれば、知と才と経験に裏打ちされた希有な実力がなければ決して叶わぬ事象。それを、魔力さえ込めることなく成してみせた。
「でもコイツがもたらす妙技は、恐らく
ウルリカの認識はまだまだ曖昧なものだった。だが、その鍵を通して伝わってくるモノは、己の内に眠る勇者に呼応するモノだ。その呼応は彼女の無意識下に言葉を刻み込んでくる。お前の手にしたソレは、人智を超えた強力無比なる先史の遺物だと。
*
果てしない規模、果てしない質量。眼前にそそり立つは、遥か天を衝く霊峰の如く。肢体に鈍色の鋼鉄を纏う巨神は、ただ粛々と前進するのみ。その一歩一歩に生じる衝撃波が白雪の波濤を生む。見えていないのか、認識の必要さえないのか、米粒ほどの大きさでしかない人類など歯牙にもかけず。規則的で重々しい駆動音を轟かせながら、一直線にセプテム城郭都市へと突き進む。
――機は熟した。人類は動き出す。山の如き神を、動かざる山へと帰すために。
「『
門前まで後退した魔術師達の斉唱が木霊した。その直後、突如として地表が沸騰したかのように泡立ち始め、あたかも流砂の如く液状と化していく。それは、含水化した地盤を震動させることで応力を〇にする魔術。つまり、地中深くを貫く
たった今、前進のために上げた片足が、地面に着く、その瞬間――それはまるで、泥まみれの間欠泉。都市の外郭をも飛び越える勢いで、
「斉射ァ!!」
エレインの号令とともに、特鋭隊が一斉に雷槍を投擲する。その一切が
「『
大気中に遍在する電流が、雷槍によって帯電した電流が、その電場を収束させていく。
「撃てェッ!!」
人類は間隙を許さず、幕壁の側防塔に開いた狭間壁から、全砲門が一挙に火を噴く。外す道理がないほどに的として十二分な巨体、けたたましい砲撃音とともに発射された無数の榴弾、その全てが
重く鈍く遅く、目に見える劇的なものではない、だが確実に、
「神が人を
大空を高速で滑走するウルリカ。向かうは火砲の陰となり急所でもある首筋、ヒトでいう延髄に当たる箇所。つまり、あらゆる神経が収束する部位――しかし、
「あらそう……簡単にはいかせてくれないってわけね……!」
己が危機を察知したか、左手から背後へと旋回を試みるウルリカを明確に認識し、まるで蠅を煩わしく払うかのように腕を振り上げる。目で追えるほど緩慢ながらも、あたかも大河のそれを彷彿とさせるほどに太い腕を避け切るのは至難の業。ならば、
「鍵よ……あたしを、飛ばしなさい……!」
ウルリカはその手に握る鍵に祈り、命じる。その方法がなぜか妙に手に馴染むからだ。
鋼鉄の大河が迫る、視界は全て支配された、そこに逃げ場はない。触れれば肉体は瞬く間に四散するだろう――振り抜かれた先に、しかし肉塊はない。巨神の喉元に届きうる刃を見失った。その気配は今や、背後に。
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