Log-145【神に仇なす魔王-壱】
時空間に穿たれた虚ろな穴が次第に閉じていくかのように、魔王が撃ち放った
「……倒、した……?」
禁忌を口にするかのように、恐る恐る言葉を発するイングリッド。あらゆる出来事が一瞬のうちに過ぎ去っていく渦中で、もはや予測し断言できる結果など存在しない。
「……!? 復元……して、いく……!?」
間違いなく胴体からそぎ落とされた巨神の頭蓋は……しかし、たちまち復元されていく。イングリッドが復元と表現したのには、理由がある。巨神が地上に顕現する際に現れた線形の
「復元……魔術に……似て、いる……?」
魔術による肉体の治療には、大別して活性と除去と復元なる方法が存在する。活性とは自然治癒を促進させる治療を、除去とは体内の毒を取り除く治療を、そして復元とはかつて在ったものを複製する治療を指す。いずれにせよ、巨神は魔術を行使できないはず。にも関わらず、人類だけが持ち得る力と瓜二つの事象を立て続けに現したのだ。正しい意味での魔術ではないにせよ、やはり神の名を冠するだけの力を携えていると考えていい。
だが、そんな神の
戦闘力はもはや、圧倒的と言って良い。霊峰と形容するに相応しい超大質量を誇る巨神を、まるで赤子の手をひねるように迎え撃つ。自らは実体のない影の如く立ち回り、文字通り指一本触れさせることもなく。
「あれ、が……魔王……」「だが……私の、目には……青年の、ようにも……」「……神に……仇なす者……」「魔物を……束ねし……」「……おとぎ、話……では、ないのか……?」「一説、には……魔王を、倒すため……勇者が、あると……」「……だが、傍らには……」
巨神と魔王、両者の威圧によってひざまずく連盟部隊。戦闘状況の遷移とともに、その状態にも比較的順応してきたか、思考を巡らし考察を許すまでには復帰していく。同時に、正常な思考が
――神とは、勇者とは、魔王とは、魔物とは、一体なんなんだ?
人とは、動物とは、生命とは、そもそもが意味を抱いて生まれ落ちてくる存在じゃない。対して人類が編み出した文化や文明、そこから派生する道具や機械は、意味や必要性が先行して存在し、それらを汲み取るモノとして生み出される。そう、そのような在り方の違いを、人々は何か予感めいたものとして感じていたのだ。眼前の神と魔王を通して。
(私達には、共通した奇妙な感覚がある。それは、有意味感。開戦後、戦いの中で少しずつ無意識的に増していった感覚だったけど、今なら確かな実感を以て断言できるわ。彼らには、存在する意味があると。紛れもない理由があって存在しているのだと)
イングリッドは、とても感覚的な認識ではあるものの、一つの確からしさを掴んでいた。それは、勇者や魔物から連なり、神や魔王という超常の存在を含む、この戦場において重要な役割を担う相手が内包する、絶対的な意味合いだ。理性的解釈じゃなく、感性による。
(彼らに対して抱かざるを得ない有意味感。それが無ければ、みな互いの反応に疑問を呈しているはずよ。それほどまでに、本能が訴えかけてくる違和感なのだから)
イングリッドは自身のその奇妙な感覚が、戦場に並び立つ者がみな抱くものだと判断していた。なぜなら彼らの反応は、確信がなければ口走るのも
(予備知識がなければ、あの両者を神や魔王だなどと確信を持って呼べるはずもないわ。これはともすると、人類の中に脈々と受け継がれてきた記憶の因子が、呼び起こされようとしている? 神と魔王とが同時に存在するという異常事態によって……?)
イングリッドにはメルランによる入れ知恵が事前になされていた。エレインも同様。だから比較的に素早い状況判断が可能だった。なら他の者は? 恐らく知らされてはいないのだろう、勇者に纏わる世界の真相を。にも関わらず、彼らもまた真相へと近づきつつある。それはまだ抽象的なものだが、いずれは具体性を帯びてくる違和感。神がなぜこの世界を創造し、人類がなぜ創造主に反旗を
*
もはや巨神に、抗う術はなく。四肢はもがれ、頭蓋は復元を待たず消滅し、残るは丘のように横たわった胴体のみ。失われた部位の復元は続く、だが魔王の圧倒的な力の前には遠く及ばず。勝敗はここに決したようだ。
無残な姿の巨神は、やがて身に纏っていた復元のための
魔王の完全勝利を予想していた人々――その認識は、突如として崩れる。
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