Log-018【大蛇討伐戦-壱】

 大蛇討伐隊派兵の当日、総勢三十一人という小隊級の人数の隊員がラクダに乗って集合していた。皆夭之大蛇ワカジニノオロチ討伐のための訓練を受け、また実際に討伐した経験を持つ者達だった。しかし、その経験を持つ彼らもまた、今回の異常事態を危惧していた。


「嬢ちゃん達も変な時に来ちまったもんだなぁ」


「そうね。運がいいやら悪いやら」


「そら悪いだろうよ。ま、気張りなさんな、幼気な勇者ちゃんよ」


 討伐サイクルは約五年程。その間、夭之大蛇ワカジニノオロチはヴィバシー洞穴穴内の最奥にある湖、その水底深くに巣を作り、水生生物を捕食して成長する。そして、成体となった個体は地上に顔を出して、洞窟内における頂点捕食者として君臨し続ける。


 目に見える形で環境や生態系が変わったわけでもなく、徐々にその個体が変化していったわけでもない。此度の夭之大蛇ワカジニノオロチの、その途轍もなく急激で大きな変化は、“個体差”などという言葉で括っていい水準をはるかに超えていた。


 その誰もが一抹の不安を抱きながら、ヴィバシー洞穴の奥へと歩みを進める。


 洞窟内は進行に差し障り無い程度のなだらかな起伏と、一行が進むのに十分な広さを有していた。これはグラティアの人々が長い年月を掛けて切り開いていったもののようだ。


 息を潜めながら、足音を立てないように進んでいく。各々の腰に携えた魔石からは微光が灯っていた。それだけが唯一の光源であり、薄暗い道中で躓かないよう足元に注意を払うのでやっとだった。


 次第に、その重く鈍く、金属が軋むような音が耳に入ってくる。暗闇の中で反響するその音は、人間の平衡感覚を狂わせる。自身が震えているのか、もしくは洞窟全体が震えているのか、そんなことすら不確かになるほど、奇怪な音が奥から響いてくる。


 湖のある洞窟の最奥部は、道中の暗闇が嘘のように明るかった。無数の鍾乳石が連なった天井の切れ目からは、陽の光が眩く注ぎ込んでいた。


 ――その光は、余りにも重く大きく、壮大にして雄々しい、生命の神秘をも感じさせる夭之大蛇ワカジニノオロチを、神々しく幽玄に照らしていた。それはまるで、神話に綴られる、霊獣そのものだった。


 討伐隊は一斉に武器を手に持ち、臨戦態勢に入る。その武器は一見、槍のようにも見えるが、対人として用いるには少し短い。皆一様に逆手に持って、肩よりも高い位置に構えるところを見ると、投槍のようだった。


 しかし、それはただの投槍ではない。構えに入った段階からそれは淡い光を帯び、次第にその光は稲光へと変わっていった。帯電するその投槍は、その手から放たれるのを今か今かと待ち望むように、小刻みに震え始める。


 突如として稲光を発し始めた人間一行に、夭之大蛇ワカジニノオロチも流石に気づいたようだ。その八首が一斉に人間どもを睨め付ける。一つ一つが巨岩ほどある頭部が、さも身軽な蛇のようにゆったりと滑らかな動きで、彼らの次の一手を観察していた。互いに口火を切る切掛けを伺うかのように正視する。隊員たちは稲妻の投槍を構えたまま、湖が広がる奥間へゆっくりと歩を進めた。視線は決して大蛇から外さない。


 その時、夭之大蛇ワカジニノオロチの首の一つが天を仰ぐ。追従して、他の首も天を仰いだ。陽の光を一身に浴びた頭が口を大きく開けた瞬間、けたたましい轟音が洞窟内全域に反響する――戦いの火蓋は切って落とされた。


 大蛇は一頻り吼え切ると、その八首が一斉に湖の中へと突っ込んでいく。再び地上へと顔を現した、その時を見計らって、討伐隊隊長が散開の号令を出す。整然とした隊列を一挙に崩し、湖の奥間へと雪崩れ込んでいく。


 夭之大蛇ワカジニノオロチが湖に頭を突っ込んだのは、口に水を含むため。それを高圧縮した大砲の如き水弾として放った。だが、収束していた人間の群れが突如として散開した様子に混乱したのか、水弾はあらぬ方向に放たれる。


 隊員たちは慣れた動きで水弾を避けつつ、再びの号令、構えていた投槍を一斉に投げ放つ。その一つ一つが稲光の軌跡を描きながら、稲妻走る鳴動を響かせ、雷槍は一直線に大蛇へと突き刺さっていった。瑞瑞しい外皮を持つがため、電撃は瞬時に大蛇の身体中を駆け巡る。


 悲鳴にも似た咆哮を上げながら、無作為にその数多の首を人間目掛けて叩きつける。幾人かはその暴れように巻き込まれ負傷した。しかし無傷の隊員たちはそれに臆することなく、再び投槍を構え帯電させる。


 通常ならばこの繰り返しでケリがつく――しかし、その見通しは甘かった。


 再び投げ放った雷槍は、その全てが直撃した。だが、夭之大蛇ワカジニノオロチが弱る気配は、一向に感じられない。むしろ、次第に免疫を付けていくかのように、どれほど攻撃を重ねても、堪える様子が見られなくなっていったのだ。


「……何だ、一体何が起きている!」


 討伐隊の隊長が叫ぶ。その異常性は、想像を超えていた。


 当然、投槍にも限りがある。次第に隊員たちの攻め手は少なくなっていった。だが、攻撃をどれほど重ねても、夭之大蛇ワカジニノオロチは衰える素振りを見せない。その様子にベテランの隊員すらも困惑を隠せなくなっていった。

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