Log-061【勇者、故国を発つ】

 本作戦の本格始動の日。ウルリカたちはアレクシア率いる国防軍第一中隊とともに、国防省の軍事演習場へと来ていた。アウラ城郭都市の中心地に位置する庁舎群から北方に設けられた首都演習場は、およそ五ヘクタールもあり、国内最大の広さを誇っていた。国防軍が全て収まって余りあるほどだ。


 アレクシアは自身の部隊を率いて、行軍の最終確認のために忙しく動いていた。戦車のように無骨で頑丈な作りをした遠征用の馬車が列を成し、二百名を超える屈強な軍人たちが首を揃える。圧巻の様相を彼女は、ただの一人で、漏れなく指揮し、入念な準備を施していた。


「流石ね。仕事柄、常に大軍を指揮してるとはいえ、これだけの人数と軍備を僅か半日で整えるなんて急拵え、あたしだって骨が折れるわ。まさに天職って言ったところかしら」


「あれは苦とも思っていないのだろうな。幼い頃から面倒見の良い娘だった。あの統率力は、その遠く彼方の線上にあるのだろう」


 一行は忙しく動く一団から少し距離を取り、本作戦の確認を取りながらアレクシアたちを眺めていた。


 ウルリカは一枚の手紙を手に取って一瞥する。


「アクセルは無事、駐屯兵団の引き込みに成功したそうね。アレクシアから憲兵組織を口説き落として、国防軍を派兵したって報告を受けたわ」


「そのようだな、まずは恙無く進んでいるようで安心だ。それはともかく、イングリッドはどうしたのだ? 謁見の日以来、顔も見ていないぞ」


「ああ。あれはね、先行するらしいわ。癪に障るけど、あたしの宿泊先を予見してか、手紙が届いてたわ。理由すら書かれてなかったけど、きっとハプスブルクの件でしょ」


 ウルリカは両手を上げて呆れた仕草をする。レンブラントも腕を組んで、うーん、と唸った。


「……ところで父上、途中から別行動だったわけだけど、収穫はあったのかしら」


「ああ、パーシーを通して錬金術の同志を当たらせてもらったところ、セプテムの研究仲間を紹介されてな。彼の国に到着した暁に、その方らと会合する手筈は整えてもらった……のだが、肝心の男が遅れて来るとのことだ」


「あいつ、こんな時に遅刻って、どんな神経してんのよ。後で説教ね」


「お前の方はどうだったのだ? 大学に顔を出すとは言っていたが」


「あたしの方も人を紹介してもらったわ。メルラン・ペレディールって魔術の恩師にね……と言っても、メルラン教授以外に教えを請うたことなんて無いけど。それでセプテムに知人がいるらしいから、その人に直接当たることにしたわ」


「メルラン・ペレディールと言えば、魔術界の最高顧問の名ではないか。お前はいつも妙な縁を持っているな」


 レンブラントが言う。すると突然、どこから発せられたのか、男の声が響いた。


「メルランだって!? ウルリカ、どこであんな厄介爺と出会ったんだい!? あの爺さん、いっつもボクに無茶言うんだ。こないだだって、錬金術の研究集会と称して百人以上の学生を前にボク主導で三日間連続の終日講義さ。しかもたった一ヶ月で百頁近くの参考書を作れって言うんだ、それも一人でっ! 徹夜続きで死にそうだったよ~!」


「なっ、パーシーの声じゃない。どこから話してんのよあんた」


 するとレンブラントは、懐から丸い網状の金属物を取り出す。確かにパーシーの声がそこから発せられているのだ。


「ああ! 念のためレンブラントに預けておいたんだ! 精神感応テレパシーの原理を機械化した錬金術の最新鋭、無線遠隔通話が可能な電話だよ! 有線通信もまだ一般に普及してきたとは言えないけど、いずれはこっちが世間じゃ当たり前になるはずさ! まさか、こんな形で披露するとは思わなかったけど」


 ウルリカはレンブラントの手からその金属物を奪い取り、それに向かって怒号を飛ばした。


「あんたね! どうでもいいけどさっさと来なさいよ! また丸焦げにされたいの!?」


「み、耳が……わ、分かってるよ、ごめんよ。もうすぐ到着するから、あれはもう許してくれないかな……そう! この無線機はね、まだ半径五キロが限界なんだ! それ以上だと一気に質が下がるからね! ボクの言いたいことは分かるだろう? そう、ボクはもう目と鼻の先なのさ! すぐ着くよ! それじゃ!」


 パーシーは言い訳を畳み掛けることでウルリカに怒鳴る隙を与えぬまま、ブツッという音とともに通信を切断した。


「はあ……悩みのタネは減らないわね」


「お言葉ながら、ウルリカ様は幼き頃より問題事が多いほど力を発揮する人柄かと。とはいえ、自ら首を突っ込んでいく性格は省みるべきとは思いますが」


 ルイーサの言葉に笑い声を上げながら同意するレンブラント。


「ルイーサの言う通りだな。お前は何かと厄介事に巻き込まれる星の下に生まれ、そして持って生まれた問題解決力がある。頼りにさせて貰うぞ」


 二人の言葉に頭を抱え、溜息を吐くウルリカ。


「他力本願も甚だね……そもそも、あんたらの言う問題ってのとこれはベクトルが違うでしょ」


 三人が他愛のない会話をしていると、一通りの準備を終えたのか、アレクシアが近づいてきた。


「こっちはもう問題ねぇ。いつでも出発できるぜ」


「ありがとう、助かるわ。ただ、パーシーがまだ到着してないのよ」


 アレクシアはウルリカの口からその名を聞いた途端、目を丸くした。


「おいおいお前、パーシーって、ブラバントのか?」


「気持ちは察するわ。文句なら父上とルイーサに言って。あたしは丸め込まれた側だから」


「親父、なんでパーシーなんか同行させるんだ? 戦えないだろ、あいつ」


「奴はあれでも、名うての錬金術師だ。そして何より、セプテムの軍備の大半は科学兵器。私たちにない観点で力を発揮してくれると踏んでの起用だよ」


 レンブラントの言葉に多分な希望的観測を感じて、アレクシアは頭を掻く。無論、行軍用の車両は余裕を見て用意しているものの、人員の圧迫は可能な限り精鋭だけに留めたかった。


「いや、そりゃまあ、科学者としての腕は認めちゃいるさ。でもよぉ――」


 アレクシアは話の途中で、唐突に振り返り、南方に目を遣る。三人もまた釣られて見る。すると、遠くから激しく車輪を回す駆動音が聞こえてきた。馬で牽引される車ではなく、自走する鋼鉄の車両。蒸気を拭き上げ、馬車に劣らない速度で前進してくる。一段落を終えて休憩していた軍人たちも「何ぞや」という不思議なものを見るような表情で振り返った。


 すると再び、レンブラントが持つ無線機からパーシーの声が発せられた。


「すごいでしょこれ! 蒸気自動車って言うんだよ! 蒸気機関を利用して、車輪を駆動させるのさ! 熱量として炎熱を生成する魔石に、作業物質である水を生成する魔石を用意して、魔力を充填することで半永久的に駆動し続ける乗用車! これがボクの足だよー!」


 アレクシア含む軍人たちは、見たこともない科学技術に驚愕した。大陸を縦断する予定となっている民間用の蒸気機関車すらまだ開発途上の中、馬の要らない自走する車両など、夢の代物だったからだ。


「おいおいおいおい何だありゃ!? 何か蒸気の音が聞こえんなあと思いきや、馬のねえ馬車が走ってんじゃねえか!」


 アレクシアと軍人たちは、まるで玩具を与えられて燥ぐ子供のように走り出し、パーシーを迎えに行く。すると意外にも、ルイーサも小走りで駆け出した。


「ルイーサ……あんたも案外ああいうの興味あるんだっけ。まあ、いつもその馬鹿でかい機銃背負ってるくらいだしね……」


「申し訳ありませんウルリカ様。少々高揚してしまいましたので、失礼させて頂きます」


 振り向きざまにそう言って、ルイーサはアレクシアたちとともに小さくなっていく。


 ウルリカは呆れを通り越し、パーシーの流石の所業に彼を認めざるを得なかった。アウラに於ける錬金術界、そのおよそ先端を突き進む学者。その類稀な才覚と素養は認めていた。


「“人格”は置いといて、“能力”は認めてあげるわ」


 その後、パーシーの天衣無縫な人間性が仇となり、自らの土俵である先端技術についての講話が始まってしまった。得意げに錬金術を披露する彼の弁舌に、アレクシアとルイーサを含む軍人たちは夢中になってしまう。途中、ウルリカの魔術的喝が入り、予定時刻を過ぎての行軍となった。


 これより、作戦が始動する。

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