第五話 【一緒にお風呂】

 がぉ太先生著"アンリゾナブル・ガイズ"


 風見坂先生著"生死を分けるは一文字より"


 リヴモカ先生著"私以外は転生者!?〜しかし無関係ではない模様〜"


「次は何読もっかなー」


 無事にトイレを済ませ気を取り直したわたしは、自分の出てきた場所から距離を取り、冷蔵庫の前に立っている。セバスチャンが入っているのだ、流石に近くにいるのは躊躇われる。

 冷蔵庫を開けてビールを取り出しグラスに注ぐ。口をつけながら開いたままにしていた「小説家になろう」のブックマークページ内をうろうろする。



────と。


「ほたるさん、そんなところで何をしてらっしゃるのですか?」


 振り返るとそこに、セバスチャンが立っていた。背面には冷蔵庫、正面には彼。

 それにしてもこの人は背が高い。目の前に立たれると圧倒されてしまう。私も女にしては小柄ではないと思っているが、多分セバスチャンは180センチ以上あるのではないだろうか。


 っていうか近い近い近い近い!!


「ぶっ!」

「だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫でしゅ……」


 思わず語尾が乱れてしまった。唐突な彼の出現に驚き、私は勢いよくビールを吹き出した。彼が近寄って来たことに全く気がつかないなんて……。


「ああ! すみません、ビールかかってしまいましたね……」


 床も、わたしの服も、ついでにセバスチャンの服までもが、わたしの吹き出したビールの餌食だ。

 

「大丈夫です」


 焦る様子もなく、セバスチャンは懐から取り出したハンカチをわたしに差し出す。


「あ、ありがとうございます……」

「これからお風呂に入るのですから、平気でしょう」

「でも……あなたはその格好で帰るのでしょう? 流石にまずくないですか?」

「帰る?」

「はい」


 あれ、わたし何かおかしな事を言ったかな。セバスチャンは不思議そうにわたしを見下ろしている。


「何を仰っているのですか?」

「え、だって……」

「言っておりませんでしたっけ? 私はこちらに住まわせて頂きます。そういう訳ですので、お風呂も入らせていただきますし、睡眠も取らせて頂きます」


 わたしの手の中から、ビールグラスが滑り落ちる。すかさず屈みこんだセバスチャンがそれをキャッチ。


「セーフ」

「いや、アウトでしょ! 一緒に住むってなんですか!?」

「だって、執事ですもん」

「ですもん、じゃないですから!」


 出会ったばかりの、恋人でもなんでもないこの人と生活を共にする……?


「何か問題でも?」

「問題ありますよっ!」

「例えば?」

「例えばって……着替え! 着替える時は!?」

「お気になさるのであれば、後ろを向いていますよ?」

「うう……」

「他には?」

「他にはって……ベッドは一つしかないし、布団も予備はないし!」

「一緒に寝ましょう」

「なあああ!?」


 どうしてこう、この人は真顔でこんなことを言えるのだろうか。天然というよりもただデリカシーがないだけのように思えてくる。


「あなた、自分が何を言ってるかわかってます!?」

「はい」

「だ、だったら……」

「言ったではありませんか。性欲なんてものは、捨ててきましたと。故に襲おうなんて、犯そうなんて考えはありません」

「言い直さなくていいですから!」


 あなたには無いのかもしれないけど、こっちにはあるんだよ、その……欲ってやつが。なんて、口が避けても言えないけれど。

 この人はあれか、女にはその欲というものがないとでも思っているのだろうか?


 出会ってすぐのこの人と、そういうことをしたいとは流石に思わないけれど、毎日……この狭いベッドで、同じ布団で寝るなんて。



「とりあえずお風呂に入ってしまいましょう。お湯は溜まっておりますので、どうぞ」


 卑猥な妄想を振り払い、私は自分の服とセバスチャンの服を交互に見た。明らかに彼の服のほうが甚大な被害だった。


「セバスさん、お先にどうぞ」

 

 わたしの吹き出したビールで汚してしまったのだ。セバスチャンが先に入るのが筋であろう。というよりも、わたしとしては自分の入った後の湯船に、それも男性が入るということに抵抗があった。自分が汚した湯に人が入るというのが耐えられないのだ。家族や恋人というならまだしも、セバスチャンは出会ったばかりの男性だ。


 にも関わらず。


「いえ、何を仰いますか。この家の主はほたるさんです。ほたるさんから入るのが筋というものでしょうよ」


 なんだと……。


「いやいや、セバスさんのほうがビール沢山かかっちゃってますし」

「平気ですよ」

「あれです、お風呂というのは殿方から入るものでしょう?」

「いつの時代の考えですかそれは」

「……」

「と、とにかく! セバスさんから入らないと駄目です!」

「ほたるさんから入らないと駄目です」

「ぐぬぬ……」


 セバスチャンは全く引くつもりがないようで、足に根が生えたようにその場から動かない。


「ほら、お湯が冷めてしまいますよ」

「だったらセバスさんから早く入って下さい」

「駄目です」

「わたしも、先に入るのは嫌ですっ!」


 わたしの大声に驚いて目を見張るセバスチャン。腕を組んで顔を少し下に向け、何やら思案している。


「よし、わかりました」

「な、何がですか?」


 顔を上げて胸の前でぽん、と手を打つセバスチャン。何がわかったのだろう。先に入る気になってくれたのだろうか。


「一緒に入りましょう」

「……は?」

「一緒にお風呂に入りましょう」

「はああああああああ!?」


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