第九十四話 【真相】

 ご挨拶に伺うのに「手ぶらで構わない」と柊悟くんは言ったが、そういうわけにもいかない。仕事帰りに寄り道をし、少し値段の良い菓子の詰め合わせを購入した後、急いで帰路に着く。


 そういえば朝一番に瑞川さんに誕生日プレゼントの感想を求められ、困惑してしまった。何処で買ったのか尋ねたが「ナイショ」とのことだった。使用後の感想を求められたのは言わずもがなである。





「おかえりなさい」

「ただいま。準備出来てる?」

「出来てるよ」


 十九時前に帰宅した柊悟くんは、そのままの格好で。わたしは仕事着にジャケットを羽織り、作りたてのおむすびをの詰まったお弁当箱、それに帰りに購入した菓子を抱えて家を出る。


「持つよ」

「ありがとう、あっ、お茶一本でよかった?」

「大丈夫、一緒に飲もう」


 助手席に座り、運転席の柊悟くんにおむすびを差し出す。「ありがとう」と微笑む彼に笑顔を返し、二人揃って温かいおむすびを食べながら彼の実家へと向かう。彼の車が近づくにつれ緊張で鼓動が早足になって行く。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だって」

「そんなこと言われても……緊張するなっていうほうが無理」

「もう着くよ?」

「うん……」


 驚くほど広いガレージに車を停め、荷物を抱えて降車をする。何台も停まっている高級車は全て柊悟くんの家族のものだそうで、開いた口が塞がらない。見覚えのある真っ赤なスポーツカーに背筋が冷えたところで、暗がりから三つの人影が近寄ってくることに気が付いた。皆背が高く、一人は女性のようだ。



(誰だろ……)



 外灯に照らされ、その姿が露となる。思わず息を呑み、足が止まってしまった。


「……こんばんは」

「こんばんは。柊悟、おかえり。ほたるさん、ようこそ、いらっしゃい」


 仕事終わりなのか、はたまたまだ仕事の途中なのか──スーツ姿の夏牙さん、それに遥臣さん、更にはその後ろに──あれは、以前柊悟さん食事をしていた従妹の雪菜さん──が着いて歩く。


「何の用?」

「うわ、ほたるちゃん今の聞いた? 柊兄しゅうにいってば俺達の前じゃいつもこんな風なんだ。ほたるちゃんの前じゃこんな声出さないでしょ?」

「遥、少し黙ってろ」


 遥臣さんが言うように、なかなかお目にかかれない柊悟くんの威嚇するような声と態度に一瞬肩が跳ねた。少し怖くて驚いたが、好きか嫌いかと問われれば──男らしくて好きだ。


「話があるんだよ。柊悟じゃなくてほたるさんに」

「わ、わたしに……?」


 距離を詰めて来た二人に対し、柊悟くんは毅然とした態度を崩さない。壁のようにわたしの前に立ち、両名からの接触を弾き返さんと一歩前に出る。


「ほたるに、何の用?」

「……謝罪を」

「謝罪?」

「ほたるさん」

「はい?」


 柊悟くんの陰からこっそり顔を出す。思ったよりも近距離にいた夏牙さんと遥臣さんに面食らうと、その後ろに隠れていた雪菜さんが申し訳なさそうに眉尻を下げていた。


「色々と不快な思いをさせて申し訳なかった」

「変なこと沢山してごめんね」

「ごめんなさい……」


 身長順に頭を下げ、口々に謝罪の言葉。訳が分からず柊悟くんを見上げたが、彼も眉をひそめて首を傾げていた。


「どういう意味でしょうか……?」

「君に今までしてきた行い──嫌がらせは、全て演技だったということだ」

「……演技? 何の為に?」


 わたしより先に夏牙さんの言葉に食って掛かった柊悟くんは、不快感を隠しもせず兄を睨み付けている。このままではどう考えてもよろしくない──わたしは柊悟くんの上着を掴んで引っ張り、小さく首を横に振った。


「……大丈夫だから」

「……うん」


 いくらか表情が柔らかくなった柊悟くんは、眉間を揉み顔を上げた。


「それで兄さん、何の為にそんな芝居をしていたんだ」

「それは以前も言ったが、ほたるさんが柊悟に相応しいかどうか見極めるため……というのは建前で、本当は柊悟を……大事な家族を見初めてくれた子が、本当に柊悟のことを大切に思ってくれているか確かめる為だったんだ」


 夏牙さん曰く──柊悟くんの外見、それに家柄に引き付けられて寄ってくる女は数知れず。本心から彼に惚れている者が相手でなければ、結果的に彼が悲しい思いをすることになる、と懸念するが故の行動であったらしい。

 夏牙さんや遥臣さんのような性格であれば、それを見極めはね除けることが可能であるが、柊悟くんの性格、それに人の良さからしてそれは難しい──と、ご両親が判断し、兄と弟に目を光らせるよう頼んでいたとのことだった。


「過保護と言われればそれまでだが……家族と家を守るためだったんだ」

「俺達の誘惑に負けて靡くような女性には、柊兄しゅうにいを任せられないしね」


 それでは、従妹の雪菜さんは一体何の為に柊悟くんに近寄ったのか。それを問うと彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。


「本当にごめんなさい。あなたの気持ちも柊悟の気持ちも、結果的に弄ぶような形になってしまって」


 ホテルのレストランで柊悟くんと雪菜さんが食事をしている場面をわたしが目撃してしまったことがあったが、あれはどうやら仕組まれたことであったらしい。わたしが二人の姿を見て自棄やけになり、夏牙さんに靡くような女なら──もしくは、柊悟くんが雪菜さんの誘惑に負けて彼女に靡くような男なら、そのまま二人の仲を引き裂いてしまえという魂胆だったらしい。


「……誘惑?」


 柊悟くんを見上げたが、彼は気がついていないフリをして視線を反らした。嫌な予感がした。何かやましいことでもあったのかと気になったが、彼のことだからきっと大丈夫だろう。わたしだって遥臣さんに迫られていたが、これを柊悟くんが聞けば嫌な思いをするに違いないのだから。


 真相が全て晒され、身体の力が抜けてしまう。安堵の溜め息が漏れる中、遥臣さんがとんでもない爆弾を投下した。


「でも雪菜、小さい頃は『柊悟と結婚する~』ってずっと言ってたじゃん?」

「そ、それは! 子供の頃のことだから今は関係ないでしょ!」

「ふうん、そうなんだ」


 まさか雪菜さんが、大人になってもその気持ちを持ったままだなんてことがないと信じたい。顔に出てしまったのか、雪菜さんが「そんな気ないですから!」と否定をするのを、遥臣さんが面白そうに見つめている。


「俺はわりとほたるさん、気に入ったけどな」

「遥臣」

「痛っ! ごめんごめん」


 夏牙さんの手刀が遥臣さんの頭部を直撃した。そのまま彼の頭を掴み、無理矢理下げるよう腰を折らせた。


「とにかく二人とも、本当に色々と失礼があって申し訳なかった。ほたるさん、柊悟のことを幸せにしてやって下さい」


 三人が三人とも下げた頭を上げる気配がない。わたしも同じように腰を折り、頭を下げた。


「こちらこそ、大事なご家族を奪ってしまってごめんなさい。絶対に幸せにします」


 顔を上げて皆の視線が柊悟くんに集まると、「ありがとう」と言って彼は恥ずかしそうに微笑んだのであった。



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