第二十三話 【零れ落ちた言葉は】

 髪を乾かしリビングへ行くと、ベッドの対面に置かれた薄型テレビの正面に、セバスチャンが正座をしていた。お目当てのドラマとやらは既に始まっているようで、画面には流行りの可愛らしい女優と、整った顔の俳優がタクシーに乗り込むシーンが映し出されていた。


「ほたるさん、おかえりなさい。お酒は飲まれますか?」


 器用に片目でちらちらと画面を観つつ、わたしに視線を投げる淡いグリーンのパジャマ姿の執事。この光景──本当に執事かと疑ってしまう。


「いえ、いいですよ。自分でしますから」

「すみません、御言葉に甘えます」

「気にしないで下さい」


 微笑みながら言ったつもりだったが、上手く笑えていただろうか。あんな出来事の後なのだ──動揺しないわけがない。


 そのまま冷蔵庫へと足を向ける。白い扉を開けると一番上の段にお酒がずらりと並ぶ。缶ビール、真っ赤なラベルの甘いチューハイ。それに果実酒の青いビン。その全てを無視して冷蔵庫を閉じ、わたしは隣にある食器棚の一番下の戸棚から、青いラベルの貼られた濃い茶色の一升瓶と、ロンググラスを取り出した。


(──自棄酒やけざけだ)


 ロンググラスにとくとくと、度の強い日本酒を注ぎ一気に飲み干す。ほんのりと甘いまろやかなお酒はわたしのお気に入りだ。

 食い入るように画面を見つめているセバスチャンの横を通りすぎ、床にぺたりと座りベッドの淵に背を預けた。日本酒を呷りながら、小説家になろうのマイページを開く。



 JANE先生著“転生したらダンジョンにされていた。”



 画面を見つめながら「おお!」とか「うう!」とか声を上げるセバスチャンを尻目に、わたしは作品を読み進める。


 というか、主の部屋でテレビの前を占拠してドラマに夢中になる執事って、本当に何なのだろう?



(本当に何なの──ついさっきあんなことをしておきながらドラマに夢中になるなんて)



 画面に映るわたしとはかけ離れた容姿の女優が、懸命に作っているのはお粥か。完成したそれを、ベッドで横になる男の元へと運んでいる。


(セバスさんは、こういう可愛らしい女の子が好きなんだ……)


 なんだか妙に悔しくなって、お酒を飲むペースが上がる。


 テレビから流れる軽快な音楽に顔を上げると、真っ暗なアイキャッチ画面に「ダークヒーロー」というスタイリッシュなタイトル文字が走る。



(ダークヒーロー……どこかで見たようなタイトルだな)



 思い出せそうで思い出せないのは、きっとお酒のせいなのだろう。ふと脇を見ると、一升瓶の半分以上を飲み干していることに気が付く。明日は仕事だが知ったことではない。

 

 頭がぐわぐわする……。スマートフォンをベッドに置き立ち上がろうとするが、上手く力が入らない。完全に……飲み……過ぎ、だ──────


















 三十分間のドラマが終わり、テレビを消し振り返ったセバスチャンは、目の前の光景に絶句する。


「ほ……ほたるさん!?」


 ベッドサイドに身を転がし真っ赤な顔のほたるは、薄目を開いてはいるがぼんやりとしている。酒を飲み体温が上がったのだろうか──身に付けている白地にグリーンチェックのパジャマの前ボタンは全開だった。その間から汗ばんだ白い肌と、レースのあしらわれたパールグレーの下着が顔を覗かせていた。


 グラスに注いだ水と、冷水で濡らして固く絞ったタオルを手に、セバスチャンはほたるに駆け寄った。


「ほたるさん、しっかりして下さい。お水です、飲めますか?」


 半分以上が飲み干された日本酒の一升瓶、それに空のグラスが床に投げ出されていた。それを脇に避け、ほたるの体を横抱きにすると、セバスチャンは彼女をベッドに横たわらせた。


 背中を支え上半身を起こしてやる。グラスを差し出すも無反応な彼女の瞳を覗き込むと、とろんとしていていて非常に可愛らしい。

 とりあえず目のやり場に困るこの服装をなんとかせねばと、セバスチャンはほたるのパジャマのボタンに手を伸ばした。


「──!?」


 刹那、その手をほたるに掴まれる。ぐいと引き寄せられ、体が密着する。下手をしたら顔のぶつかる距離だったが、セバスチャンはこれを横にひらりと回避した。彼の顔はぼふん、と枕に衝突する。





「────て」




「……何ですか?」




 小声なので上手く聞き取ることが出来ない。彼女の口許に耳を近づけ「何ですか?」と再び問うた。


「ねえ、セバス……さん」





「えっと……?」






「抱いて」






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