幕間:魔術師とガイノイド(副題:i c u)
「ヴィレッタ、こいつはどうだろう?」
「ん……。そうだな、湖までの道に使っている物よりも多少くすんではいるが、十分ではないのか?」
まるで山が真っ二つになったような、見てるだけで何か不安になる岩場。
道具を作るための石ならば今の拠点や水場周りを探せばあるが、鋭利な刃物に出来る黒曜石が手に入るのはここだけだ。
本来火山帯でしか手に入らない石が、そういう気配がない所で見つかるのは不自然極まりないが……まぁ、そういう世界なのだろうと考えるしかない。
曲がりくねっている割には底がほぼ平らな川や、満ち引きの幅がほぼない海などがあるのだ。
多少の不自然には目を瞑るべきだろう。
「黒曜石に出来るだけ綺麗な白い石、それに石斧に使えそうな大きな石。後は野草を摘んで……クラウから頼まれていた植物の採取もあったな」
「貴様は、何も言わんのだな」
手の平サイズの葉っぱの裏にサインペンでメモした走り書きに目を通してチェックするゲイリーに、ヴィレッタが声をかける。
「ん、なにか異変でもあったか?」
「私に対して、態度を変えないのかと聞いている」
いつも通りの能面顔を向けるヴィレッタに、ゲイリーは軽く息を付く。
「元々仲間だったお前ら三人組とは違う。お前は最初から俺の敵だ。それに、お前が奴らの足並みを乱してくれるのならば我々魔術師にとっては好都合」
手に持っていた白い石をバックパックの中に放り込んで、ゲイリーはまた違う石を拾う。
「確かに、お前は俺たちにとって脅威だったのだろうが……トールがお前を無力化したのだろう? なら問題ない」
「あの男を高く評価するのだな。ミスがあるとは思わんのか?」
「あったらとっくに動いているだろう。お前は、俺たちよりも計算が出来る筈なのに駆け引きが絶望的に苦手と見える」
拾った石は、やや大きめだが普通の石だ。
持ち上げたゲイリーは、拾った時に何かが気に入らなかったのか首を僅かにかしげ、違う石と叩き合わせてその音を確かめる。
「一応トールが他人に危害を加えない様に命令しているし、いざとなればお前の視界をそのまま見て状況を判断する事もできるらしいじゃないか。正直意味がよく分からないが……まぁ、ようするに今のお前は大丈夫なんだろう」
使えないと判断したのか、その石をそっと地面に戻してまた違う石を探すゲイリーは、もうヴィレッタの方を全く気にしていなかった。
「それに、確かに弱くなった気がするしな」
「行動が制限されているのだから当たり前だろう」
「いや、もっとこう……なんと言えばいいのかな」
ここらは木々が少なく、直射日光が真っ直ぐ当たる所だ。
日差しは高くなっており、気温も当然上がっている。
ゲイリーはスカーフのように首に巻いた布で汗を拭う。
「お前とトールがあの化け物と戦った日から、お前には妙に親近感を覚えるんだ」
「……親近感?」
「ひょっとしたら、言葉を間違えてるかもしれないが」
バックパックを一度地面に降ろして中身を確認する。
黒曜石をはじめとする石が、中身の半分ほどを占めている。
湖側の食糧確保が上手くいけば、湖の拠点で一泊してもう少し湖の拠点を強化してから帰ってもいいとなっていた。
向こうの拠点にも野草や木の実、そろそろ泥抜きが終わるあの巻貝があるのでいきなり飢える事はないし、クラウとテッサの二人がいるのならばトールも安全だし、安心だろう。
別れる前に、アオイとそう話しあっていた。
アシュリーかヴィレッタがいれば、それぞれに通信が可能なのがまた便利だ。
「私に変化が起こったと?」
「そう思う。……あの化け物と戦う前にトールとやり合ったんだろう?」
既にグループの全員に知れ渡っている、ヴィレッタにとっては隠しておきたかった事実。
ヴィレッタは僅かに眉に皺を寄せて「そうだ」と頷く。
「アイツはなんてことのない顔をして、行動で他人に影響を与える男だからな。……自分自身の事には無頓着だが」
元の世界への帰還の鍵になると考えられていたトールの身柄を確保するためにアシュリーが起こした、ある種のクーデター。
(ある意味で、同じなんだよなぁ。お前と僕は)
ゲイリーは静かにそう思う。
「俺は、お前はどこかアオイに似ていると思っていた」
「あのイカれた人斬りにか?」
「……確かに、あの時は俺も驚いたが……」
敵対していたアシュリー一派にとっても、人質になっていたゲイリーにしてみても、あの時のトールとアオイの行動は完全に予想の外だった。
あの時、二人を取り押さえようと間近で行動していたヴィレッタにしてみれば、斬り殺されなかっただけ良かったと感じていた。
だからこそ、アオイを押さえられるだろうトールを押さえて、彼女に対する人質にする事も考えていたのだが……。
「なんというかな。アオイと同じく、芯がブレない怖さというか……やると思ったら行動に出てる。そういう怖さをお前に感じていた」
「……今は違うと?」
「ああ」
ゲイリーはヴィレッタを真っ直ぐ見つめる。
「正確には少し前――トールやテッサと一緒にこちら側の探索を終えて帰って来てからだが……お前、ブレたな」
「……私が?」
最近よく見せるようになった、やや不満げな表情のヴィレッタを満足そうに見るゲイリー。
「あぁ、なんというか」
「――お前、こちら側になったんだよ」
「……意味がわからん」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「予想通り、動物の数が増えたわね」
「そうですねぇ。予想と違って、結構な大物さんが増えてるみたいですけど」
湖の周辺を本拠地としていた時、対して役に立たなかった罠のポイントに獲物がかかっている。
もっとも予定していたリスなどの小型動物に対しての物ではなく、念のためにと適当に作っておいた、大型動物用の紐罠である。
首に紐が引っかかって、まるでそこに繋がれているようだった体毛が緑色の鹿は、ちょうどアシュリーが内臓を抜いて血抜きをしている。
「なんか、剥いだばかりなのにこの毛皮良い匂いがしますねぇ。血液の臭いが薄いというのもありますけど」
「アナタの所の動物じゃないのね」
「……多分? 自分が住んでる所以外の生態系を調べる事や、他人に教える事は禁じられてましたので自信はないですけど」
「それすら駄目だったの!?」
「異動してきた人材の苦労話のトップ3に入りますからねぇ。思い出話が迂闊に出来ないって」
「……誰もそんなルールに異議を唱えなかったの?」
「いやぁ、ポカしやすい法律はいざという時政敵の足を引っ張る材料になりやすいのでぇ」
「……絶対に行きたくないわね、貴女の国」
解体作業で脂と血にまみれたナイフを干し草で拭いながら、思った事を素直に口にするアシュリーに「ですよねぇ?」と本人が肯定する。
「だから、正直帰りたくないんですよねぇ」
「でも、こっちだと生活の基盤が安定しないじゃない? 寝る所も家と呼べないような所だし、食べ物だって運が悪ければすぐに無くなっちゃうし……」
「まぁ、でも、頑張ればなんとかなるレベルですし」
「元の世界では?」
「頑張ると目を付けられちゃうのでぇ……」
アシュリーは、アオイの話を聞けば聞く程、なぜ彼女の国が崩壊していないのか不思議で仕方がなかった。
「アナタはよく生き延びられたわね。それだけ優秀なのに」
「まぁ、ぶっちゃけお目付け役が色んな意味で無能でしたので、色々と楽をさせてもらってましたぁ♪ ……多分、命という意味でも女としての意味でも、そろそろ危なかったと思いますけどねぇ」
そう考えると、いいタイミングだったんですねぇ♪
アオイはわざとらしくそう言って、胸をなで下ろす仕草をして見せる。
(これだけわざと胡散臭く振るまってるのに、よくトール君は信じたわよねぇ。結果として正解だったわけだけど)
人当たりの良さに関しては、今いる面子の中で自分が一番好ましいハズだと思っているアシュリーにとって、トールの信頼を一心に受けるアオイは、中々に謎な存在だった。
同様に、似たようなタイプでやはり親交を深めているテッサも。
(好みなのかしら? この娘やテッサみたいな油断できないタイプが)
やはり、トールに対しての色仕掛けは難しそうだと判断し、また彼が女体になった時に仕掛ける事を静かに決意するアシュリー。
その内心に気付いているのかいないのか、アオイはニコニコしながら罠を仕掛け直している。
「それより、どう思います?」
「……そこの不自然な落ち葉の事?」
なんてことのない、落ち葉が積もった地面。極々普通の一般人ならばそう言うだろう。
だが、二人の目には違う物に見えていた。
「表面が乾いた葉っぱと少し濡れてる葉っぱが混ざってますねぇ。やや広い範囲で、でもそこだけ」
「わざわざ落ち葉を運んでばら撒いた。……足跡を隠したのね」
「動物さんに足跡を隠す知恵はありませんよねぇ」
「……ないと言い切れないのがこの世界の怖い所よね」
それは、かつてトールがスキルを使って発見した痕跡と、同じ物だった。
「罠の場所を確認しているのならば、道にも気付いたハズですよねぇ」
「でもこちらと接触しようとする気配はなし、か」
アオイはいつぞやの夜の時のようにその場に膝をついて四つん這いになり、低い視点から辺りを観察する。
着物ではなく作業に適した服を身に付けるようになってから、やはり動きやすさが段違いなのか平然と膝をついたりするようになった。
「私達のようにこっちに来た人でしょうかぁ?」
「……多分。海の周辺にも、人が生活していたような痕跡はなかったし」
「でもこちらに接触する気配はなし。しかも自分の痕跡をわざわざ消している、と」
「少なくとも、食糧や水はありそうね。持ちこんだのかしら?」
「えぇ、それなりに余裕があるとみて……いえ、備蓄だけならどうしても不安が残るハズ。調達や調理を実戦して自信がついたとか……ですかねぇ?」
消し忘れた足跡がないか辺りを入念にチェックするアオイだが、見つけらないと判断したのかため息を吐いて立ち上がり、パンパンと両手に付いた土を払う。
「それなりにこちらで生活しているって事?」
「その上で、こちらと接触しようとせずに存在を隠そうとした。つまり、警戒をしているという事ですよねぇ」
ひょっとしたら近くに潜んでいるかもしれないと辺りを見回し耳をすますアオイだが、かすかな鳥の鳴き声や風の音がするだけでやはり何もない。
「やっぱり、他にグループいるのかしら」
「ん~、どうですかねぇ」
二人は近くにあった倒木に並んで腰をかけて、以前仕留めた動物の胃袋で作った水筒に口を付けて水分補給する。
こういう携帯する道具があの戦闘の中で無事だったのは、不幸中の幸いと言えるだろう。
「……やっぱり、植物などはともかく動物の類はトールさんの周り、あるいはトールさんがいた所に現れています」
小川とも言えないような小さな水の流れで洗った鹿の遺体。
現在吊るして余分な血を抜いているソレを見ながら、アオイは続ける。
「スキルという物を持ったトールさんは、この世界に選ばれた人だと私は考えていたんですが……」
「ヴィレッタね?」
「はい。アレがスキルを使うようになったのは予想外でしたねぇ」
帰還にせよこの世界に住むにせよ、おそらくそのどちらにとっても重要な要素になるだろうスキル。正確にはそれが使える存在。
それを、人間とは言えない存在が手にした。
この出来事は、アシュリーやアオイにとってはそれなりに衝撃を与える出来事だった。
「探索範囲を広げて、他に動物が集まっている場所があるかどうか調べてみようかしら?」
「放置でいいのでは? もし本当にいたら無駄に警戒させてしまいますし。ただ、今後は万が一に備えて仕事の振り分けには戦力も考慮した方がよさそうですねぇ」
「……襲撃とかあると思ってる?」
「あくまで念のためですよお」
アオイはそう言うが、ジーンズに通したベルトに、紐でくくりつけている刀の柄に手を添えている。
分かりやすく、警戒態勢を取っていた。
「……アシュリーさん、一応テッサさんに連絡を入れておいてくれませんか?」
「すぐさま合流はしないの?」
「念のために、湖の拠点を警戒しておきたいんですよ。もし相手の数が多くて、かつスキル持ちだった場合ここを占拠されるのは怖いですし」
「……そっか。未完成とはいえ、一本道を作っちゃったから」
「えぇ。ここは黒曜石の採取地にも近いですし、この間の化け物みたいな災害はともかく、人の集団には取られたくないんですよねぇ」
アシュリーは、かつての肩書としては裏を含めても精々が特殊警察のような役割であったにも関わらず、軍人のような知識と思考をアオイが持っている事に驚きながら頷いて同意する。
「今日はとりあえず湖の拠点……適当な名前を付けておきたいですねぇ。まぁ、とにかくここに留まって様子を見ましょう。ひょっとしたら、罠にかかった獲物を狙おうとまた来るかもしれませんし」
「……ヴィレッタなら寝ずの番をさせても問題ないわ。それに私達が交代で一人一緒に行動。で、どう?」
「えぇ、問題ないと思います」
アシュリーは素早く、今後の作戦をテッサやヴィレッタと共有する。
「海辺側のキャンプは大丈夫かしら?」
「まぁ、テッサさんがいるので、いざという時はすぐに連絡取れますし……なによりトールさんのスキルがあります」
本人はあまり使用しないスキルだが、その効力は非常に強い。
ヴィレッタが身体に組み込んでいた光学迷彩すら問答無用で暴きだすサーチスキルに、その気になればいくらでも応用できそうなトラッパースキル。それに魔法。死の直前からでも復活できる自己再生だってある。
他の知識系のスキルだって、例えば野草知識を活用すれば野草から毒の抽出だって不可能ではないハズなのだ。
ただ、トールという男がそういう方向には出来るだけ使わない様にしているだけで。
「……彼が戦う姿って想像できないんだけど」
「守りを固めるという方向ならば迷わず動く人ですよぉ。テッサさんにそう伝えておいてくださいね?」
この時、アオイは内心自分達が監視されている可能性について考えていた。
もし相手がこちらに張り付いているのなら、先に接触しておきたいと。
もし、わずかでもトールを害する可能性があるのなら――先に斬ろうと。
アオイ本人も気づいていないが、自分が大丈夫だろうと見逃していたクラウがトールに直接的な害を成した事はかなりのショックだったのだ。
自分の気持ちが驚くほど緩んでいたという事実も含めて。
「アナタ、随分とテッサを信頼しているのね」
「トールさんを守る人としては、最適だと思ってます」
いつものニコニコ顔ではない。
笑みを、どこか緊張感を漂わせる静かな笑みを浮かべながら、アオイは続ける。
「まぁ、隙を見せたら暗殺されるかもしれないなぁとは思ってるので、信頼しているとは言えませんねぇ」
「アタシはてっきり、アナタはテッサと手を組んだのだと思ってたんだけど」
「そんな分かりやすい人なら、逆に私はあの人を信用できませんよぉ」
ふと、取り除いた獲物の内臓――正確には
狩猟で獲物を捕まえた時にはこれを真っ先にやるのだが、同時に肉食の獣をおびき寄せることにならないか、いつも不安に思っているのだ。
だからか、いつも出来るだけ深く埋めていた。
「ふと思ったんですが、今のテッサさん。このグループ内では何気にトールさんに次ぐ立ち位置なんですよねぇ」
「? そう?」
「実質、グループ内で銃火器製造機を直接コントロールできるのはトールさん以外には彼女だけですし」
銃火器製造機。つまりはヴィレッタの事だ。
スキルという、原理が良く分からない物で作る物のために数発しか撃てず、当人の身体から離れるとなぜか消えていくが――高火力な銃火器を作りだせるようになったヴィレッタという存在は、その他のスキルの習得が可能という点も含め、極めて重要な存在となってしまった。
「人間である私達とは相容れない存在なんですし、どちらもしっかり管理してくださいねぇ?」
「アナタこそ、一番信頼されている人間としてトール君のコントロールお願いね?」
「コントロール? トールさんにそんなことする必要ありますか?」
「人間、追いつめられればなんだってするわ」
「その言葉、お互いに覚えておくべき言葉ですよねぇ」
「……そうね」
アオイは、空を見る。
つられてアシュリーも。
「そうですよねぇ。追い詰められたらなんだってやっちゃいますよねぇ」
「…………」
「私も、トールさんも、貴女も、テッサさんも……追いつめられればどう動くか分からない」
「えぇ……そのとおりだわ」
小さくつぶやくようにアオイに応えるアシュリー。
しばらく黙って空を見ていたアシュリーは、ふと立ちあがって、血抜きを終えただろう鹿の方へと歩いていく。
何かを考えているのか、眉の皺を寄せながら歩いて行くその背中へと視線を移したアオイは、何を思っているのか、小さく口角を吊り上げて笑っていた。
少し前に鹿の内臓を抜くのに使った、まだ血の臭いがこびり付いている小刀を手を当て、
―― ニィ……。
他の誰にも聞こえないような、僅かな笑いを零すアオイ。
軽く見える口元と裏腹に、その目は笑っていなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
湖側へと旅立ったグループの面子でそれぞれ話し合った結果、まずは湖周辺の再調査を念入りにすべきだという結論が出る。
アオイ達は材料を残していたのを利用して拠点を軽く再建し一夜を明かした。
無論、見張りを立てて周囲の動きに最大限警戒をしながら。
そして昼過ぎまで作業を続けて、すぐに状況が動きそうにない事を確信してから処理した獲物をまとめて本拠地へと帰還した四人。
帰りついたのは夕方前。
拠点で出迎えてくれたのは、留守番していた三人――なのだが、
「違う……違うんだリーダー君。確かにキチンとした道具はなかったが、元の世界ならこれでも上手くいっていたんだ……本当なんだ」
土を積んで作った小さい山を前に、心なしか半泣きでうなだれているクラウ。
そして、そんな彼女の肩や背中をさすって「まぁまぁ」と慰めているトールとテッサの姿があった。
「……ねぇ、アレ、なにしてるのかしら?」
「さぁ?」
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