002:スキル&ファースト・コンタクト(?)


『認証を確認。以下の中から一つ選んでください』


『・サーチ/半径4mの状況を把握する事が可能になります』


『・健脚/移動する際に蓄積する疲労を軽減できます』


『・毒耐性/ある程度の毒を除外できます』



 スキル入手を決めてから画面に映ったのは、三つの候補だった。


「……全部という選択肢はないんですか」


 思わず口から出た率直な感想に、そこはかとなくポンコツ風味になったスマホはな~んにも返事をしない。してくれない。ないんですかそうですか。

 どうしたのスマホ君。君ってば、いつも関係ない雑談でも音声認識でAIアプリ起動させて俺をビビらせてくれるじゃない。

 ちょっとくらいは質問に答えてくれてもいいじゃない。

 話相手になってくれてもいいじゃない。ねぇ。


(つーか……一つって言われても……)


 サーチ。うん、いや、文章読む限り悪くはない気がするんだ。範囲以外は。

 4メートルて……すぐに見渡せる範囲だぞコノヤロー。


 健脚。これも悪くない。が、ちょっと怖い。いや、正直全部怖いんだが……疲労を軽減するって俺の体どうなっちゃうの?

 同じ理由で毒耐性とか特に怖い。


 が、ここで本当に、これらのうちどれか一つの能力が俺の力になるというのならばありがたい話である。マジで。

 一人延々と、知識も経験もなく、さらに手掛かりもないまま森の中を歩き続けるなんて自殺行為である。

 しかも喉の渇きに加えて空腹もあって、日に日に出来る事が少なくなっていくという悪循環だというのに。


(どうする……どうする?)


 探索、移動、飲食。これらに対していわばボーナスが付く。……どれか、一つに。


 適当な岩――苔の付いてない奴を選んで座って、三十分ほど休憩も兼ねて考える。

 そして、選んだのは――







――スキル『サーチ』を適応中です。しばらくお待ちください。







 結局『サーチ』スキルを選択した。


 スマホに表示される%の横の数字が100に近づくのを見ながら、俺はこの選択が本当に正しかったのかどうか悩んでいた。

 取った時にはこう思ったのだ。

 いくらなんでも4メートルはない、と。

 これは後で絶対にスキルが成長するパターンだ、と。

 現在、後悔と共に自分のゲーム脳が詰まった頭を抱えている。


「4メートルだぞ4メートル。一体何の役に立つって言うんだクソが……」


 4メートルとかすぐに自分の目で何があるか確認できる。

 現在、大体の勘だがおそらく昼をちょっと過ぎたくらいだろう。

 つまり、今影が伸びている方が大体北……なのか?


「…………」


 やめた。とりあえず前後左右でいいや。

 まずは4メートルでどれくらいの情報が入手できるか試してみよう。

 仮になんにも変化が起こらないのなら……まぁ、そもそも期待してないし。


 画面の数字が100になり、『スキルの適応が完了しました』という、やはり違和感のある文字が浮かび上がる。


『サーチスキルを使用しますか? (再使用に10■●かかります)』


「連発できるわけじゃないんかい」


 しかも時間が不明だ。10分なのか10時間なのか。……10日とか10年じゃないだろうな? いや、まさかとは思うけどさ。


(俺てっきり、ゲームでいうパッシブスキル的なアレだと思ってたんだけど)


 まぁ、いい。とりあえずタップしてスキルを発動してみる。


「!?」


 そして、発動した瞬間に、確かに世界が変わった。

 ……もっともらしくそれを表現するなら、目の前にデジタルカメラとかVRとかそういうワンクッションが置かれて、それらを通して見ている視界に注釈文が入ると言ったところか。


 といっても、情報量は驚くほどに少ない。

 足元に広がる植物の数々の特徴の説明――いくつかは煮れば食えるらしい。こういうのが分かるのは大きい。意外と当たりスキルといえるが、期待よりも分からない事が多いのも確かなわけで……。


(それにしても……やっぱり水は無いか)


 半径4メートルというので、あるいは地下に隠れているものも分かるのではないかと思ったが、特に反応はない。

 地下はさすがに範囲外なのか、単純に下に何もないのか。……とりあえずスキルがキチンと働く事が分かったのは良かった。


(自分の体が突然変化してるってのは怖いけど……)


 飲まず食わずの恐怖に比べたらそんなもの些細な事だ。いやマジで。


 自分の体力というか命が確実に削られているという恐怖は、自分がかつて行っていた厨二全開の『もし自分がこんなピンチに陥ったら』という妄想シリーズの恐怖なんて塵のような物だった。


 学校にテロリスト? 来るわけねぇだろ! アホか!

 もうちょっと有用なシミュレーションをしていろ! と過去に戻って自分をぶん殴ってやりたい気分だ。


(まぁ、思ったよりも悪くないな……)


 スマホを見ると真っ黒に戻っている。少なくとも、サーチを使用するにはもうしばらくかかるのだろう。

 とりあえず後ろの方も見てみようと振りかえる。

 なにせ、確認するには視界に入れる必要があるのだ――


『茂みの中に、会話が可能な生命体が隠れております』


 そして俺の目に飛び込んできたのは、なんの変哲もない茂みの中に赤い線でハイライトされた人影と、そんなサーチスキルの説明文だった。


 …………。


「誰だおらーーーーーーーっ!!?」

「あれー!? 見つかったーー!!??」


 思わず全力で蹴り飛ばした茂みの中にいたのは、着物っぽい服を纏ったアホ毛の、刀を持っている全力全開で不審者をやってる奴だった。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







「すみません、別に危害を加えるつもりはなかったんですけどぉ……突然訳のわからない場所にいたと思ったら、見なれない格好の人がいたので様子を見ようとしたんですぅ」

「……そっちもか」


 数日ぶりに話した相手は、変わった格好をしている女の子だった。

 なんだろう、着物? をちょっとアレンジした感じの服だ。

 それに加えて腰に剣――というか俺の想像にある刀よりちょっと短いのを一本差している……のに、脅威だと思わないのはなぜだろうか。


「うぅぅ~~。さっきまで本部の事務室にいたはずなんですけどぉ。書類ばっか見てて疲れてしまったのでお茶を飲みに部屋を出たら、なぜかここにいましてぇ……」


 どう見ても強そうに見えない顔立ちのせいなのか、涙目でうるうるしているせいなのか、あるいはひょこひょこ動いているアホ毛のせいなのか。

 ……ねぇ、それどうやって動かしてんの?


「じゃあ、ここの住民とかいうわけじゃないのか……」

「はいぃ……貴方もそうなんですよね?」

「あぁ、家の玄関を開けたと思ったらこの森にいた」


 目の前の少女は、どうみても日本人じゃないのだがなぜか言葉は伝わっている。

 とりあえず互いの情報を交換しようと色々話してみると、少女は大きく眼を見開き、


「ご、御家族は家を持っているんですか!?」

「んお? お、おぉ……普通の民家だけど。二階建ての」

「……お、王族とか執政官の御親族だったりします? それか軍の上層部とか」

「アンタはいつの時代の人間だ!?」


 手を組んで驚愕の目でこちらを見てくる少女は、顔を青くして、


「だってだって! 軍に入ってようやく完全な個室をもらえたのに、私よりも年下の男の子が家住みなんておかしいじゃないですか!?」

「どんな国に住んでたんだお前さんは!?」


 絶対に俺の身近にある国じゃねえなソレ!

 いやそりゃ家持ちは裕福層の証ではあるけど、そこまで珍しいわけでもねぇだろ!


「ハボア統一帝国ですけど……どんな国って同じじゃないんですか? ウチの他の国はもう無くなりましたし」

「…………うん?」

「はい?」















「つまり、全く違うと言うんですか? 私と貴方で住んでいる場所というか……世界が」

「少なくとも世界統一した国なんざ絶対にあり得ん。過去にもだ」


 色々と話をしてみて分かったが、根本的な物が色々と違っていた。

 真っ先に見せたのは財布だった。

 正確には、硬貨や紙幣。

 彼女にとって見なれたそれとはまったく違う物を見せる。

 続いて鞄の中身――ようするに教科書やノートの類だ。これらを見せた事で、間違いなく違う文明だと理解してもらったようだ。


「学校というのは私達の所にも当然ありましたが、随分と違いますねぇ」

「? こっちの文字は読めるのか?」

「いえ、全然。ですが、雰囲気が全く違います」

「……というと?」

「普通の学校では、数字なんてあんまり出てきませんもん。文字も基本ありません」

「どんな学校だそれ!?」

「効率的な農作業とか機織りとか……技術的な事を叩きこむって感じですかね? そもそも文字や数字を一々教えるのは軍学校とか貴族学校くらいですので、一般の学校では絵を使った教科書しかありません」

「……そんなんでよく世界を統一出来たな、その国」


 教科書――読めもしない文字や数字だらけの本を楽しそうにめくる少女は、満足したのかパタンと閉じて俺に返した。

 ちなみに一番面白そうに見ていたのは日本史の資料集だ。

 写真の類がほとんどなので分かり易かったようだ。

 ……勘だが、全く違う文化というのも理解したのだろう。


「しかし……なるほど、とりあえず納得はしましたぁ。……で、結局一番の謎に戻ってしまう訳ですが……」


 うん、そうだよね。そこに戻るよね。


「ここ、どこなんでしょう?」

「……分かってたら苦労しないよね」

「……ですよねぇ」


 ようやく見つけた人間。頼りになる存在。


 ――のハズが、刀こそ持っているけどどこかポンコツ臭がする女剣士……剣士? 侍? ……いやどっちでもないよなこれ、多分。


 水も食べ物も不足していてピンチな状況にこれとか……大丈夫か?


「あ、そうだ! 申し遅れました!」


 あんまり叫ぶんじゃない。体力消耗すると碌な事にならんのだぞ、俺がこの数日で身を持って知ったぞ。


「私、ハボア統一帝国陸軍所属、奴隷管理部経理を務めておりますアオイ=Y=レスタロッセと申します! 状況はよく分かりませんが、以後よろしくお願いいたします!」


 ……奴隷管理部。


「よし、よく分かった。とりあえず君の事は危険人物として覚えておくとしよう」

「なぜですか!?」


 奴隷管理と言うパワーワードに警戒しない馬鹿がどこにいると言うのか。


「うぅぅ……信用を得るってこんなに難しいことなんですね」

「そうだよ。信用ってのは死ぬほど重いんだよ。だからとりあえず刀から手を離せ。……おい、なんで抜こうとしてやがる」


 駄目だ、やっぱコイツ危険人物だわ。

 可愛い顔をしているとは思うが、気を抜いていたら何やらかすかわかんねぇ。


「と、とにかく! 貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」

「……あぁ」


 そういえば名乗ってなかった。

 名前云々よりも状況とか、あるいは彼女――アオイの持ち物の方に気を取られてたから……水を持っていないかとか。食糧を持っていないかとか。

 結果、刀以外はほぼ手ぶらだった訳だが。


とおるだ。竹内たけうちとおる。そっちで言う所属は……一応、公立東名高等学校所属。……まぁ、ようするにただの学生だ」

「了解しました! トールさんですね!?」

「……いや、トールじゃなくて透――」

「それでトールさん! これからどうしましょう!?」

「…………」



 あ、はい。もうトールでいいです。



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