異世界サバイバルに、神様なんていらない！

003：テント・シェルター作製は場所選びが肝心です

「なるほど、まずは水場を探そうとしていたんですねぇ……。えぇ、軍事教練的にも間違っていないと思いますぅ」

　相も変わらず間延びした口調で、アオイという帯刀少女は俺の後ろを付いてくる。

「アオイ、奴隷管理部って所も一応軍だったんだろ？　こう、なんというか……そういうサバイバルの知識とかは習っていないのか？」

「いやぁ、おはずかしながら私ってば縁故採用で二等市民から格上げされただけでしてぇ」

「……良く分からんが、要するにコネ使って閑職を得たから碌に知識や技術、経験なんて持っていないと？」

「はい！　かろうじて自信があるのは基礎体力だけです！　刀も腰のお飾りなんでろくすっぽ振れません！」

「……そうか。……そうかぁ……」

　先行きが不安過ぎて泣ける。

　いや、話相手がいるだけでかなり気持ちは違うけど。

　……違うけどさ！　もうちょっとこう……ねぇ？

「あ、でもですねぇ。こうして低地に向かって降って行くのは正しいと思いますよぉ？」

「？」

「いやぁ、現場に出ている先輩から、万が一水が必要な時は緑が豊かな所の低地を探せって言われてましてぇ～。例えば谷間とかぁ」

「ふむ……」

　考え方は俺と同じだ。

　アオイの聞いた話が本当ならば、やっぱり水はあると考えるべきなんだが……。

「他に何かない？　こう、なんかヒントになりそうなものってさ」

「そうですねぇ。あとは獣道を探せとか……」

「あ～。俺、獣道って見た事ねぇから良く分かんねぇんだけど。ようするに草木が何度も踏まれてたり折れたりしてるってことか？」

　山とか、小学校の頃の親睦遠足で何度か行ったくらいだ。

　それも含めて、自然に関する知識なんて理科とかで習った事と興味本位で手を伸ばした本のモノくらいだ。

　ようするに、役に立つレベルのものなんてない。

「本当に野良仕事とかしたことないようですねぇ……。トールさんがウチの国民だったら今頃街の外にガリッガリの遺体が放り捨てられてますよぉ？」

「なんつー末法時代。賭けても良い。お前の国、近いうちに滅ぶからそれ」

　というか、ある意味でもう国家として死に体じゃないのかソレ？

「あー、かもしれませんねぇ。まぁ、今こうして全然違う場所にいるのでどうでもいいですけど」

「ええんかい」

　ホントにコイツは、飄々（ひょうひょう）としていて捕らえどころがないなぁ。

　出身の話を聞く限り、もっとこう……貪欲とかいうかハングリー精神の塊のような奴でもおかしくないのに。

　いやいや、今はそれはいいんだ。とにもかくもまずは水。マジで水。

「まぁまぁ、気楽にいきましょうよトールさん。これだけ緑が豊富な場所でしたら、水もすぐに見つかりますよぉ」

「……あっさり見つかったら、それはそれで俺の今日までの苦労はなんだったんだって事になるんだが」

「必要経費だったんですよ！　きっと！」

「マジでか」

　なお、二時間ほど歩いたら本当に速攻で川が見つかった件について。

「ほらぁ、あったじゃないですかぁ♪」

「…………うそやろ」

　泣ける。

◆　◇　◆　◇　◆　◇

　見た所、少々濁っているが確かに川だ。……飲んで腹を下さないかどうかは別として。

「トールさん、少し上流の方にいい感じに開けた場所ありますし、ひとまずはそこを拠点にしませんか？」

「拠点？」

「えぇ。無計画に歩き回っていても、この森は抜けられそうにありませんし」

　あぁ、そうか。一度立ち止まるって選択肢もあったのか……どうしよう。

　俺としては、このまま川に沿って下っていけばもっと開けたところに出るのではないかと思ってたんだけど……言われてみれば、落ちついた場所を一か所作るのも手段と言えば手段か。

「それに、さっきからちょっと気になっている事もありますし、しっかり調べた方が良い気がするんですよねぇ……」

「？　と、いうと？」

　アオイは、適当な木の根に腰を降ろして、団扇（うちわ）代わりに貸した俺のノートを使って扇ぎながらアホ毛をピコピコ動かして、

「トールさんは三日程ここで過ごしているんですよね？」

「あぁ」

「その間、獣というか動物を一切見なかったんですよね？　一匹も」

「あぁ……それがなにか？」

「おかしいですよぉ、ソレ」

　まるでセンサーのように動いているアホ毛がうっとうしくて、ついつい掴んでしまったがアオイは気にせず言葉を続ける。

「これだけ落ちついた地形に、これ見よがしに水が流れているのに、獣の毛も糞も足跡も一切見当たらないなんておかしくないですか？」

「…………この付近にいないって事なんじゃあ？」

「いやぁ、私もそう思ったんですけど……元山育ちとしては、ここまで痕跡ゼロだとなんというか気持ち悪くて気持ち悪くて……。普通は水を飲みに来た獣の糞くらい転がってるんですけどねぇ」

　ふと、初めてこの森を目にした時を思い出す。

　ざわめく森のおどろおどろしさにビビって正直一歩を踏み出すのもやっとだったのだが……

「そういえば」

「はい？」

「確かに、動物の鳴き声一つ聞かないな。というか――」

　ふと、空を見上げる。

　一人で歩きまわっていた時にも、どこかで休憩する時は決まって空を見ていた。

「アオイ。こうして歩きまわっててさ、鳥……見た？」

「いいえ。鳴き声もさっぱりですねぇ」

「…………」

　なんだろう。何かがおかしいとさすがに俺も思い始めていた。

　思えば、蚊やダニのような小さい虫は目にしたが、例えばカブトムシとかカナブンとか蝶とか、そういうデカい虫は一匹も見ていない。

　こういう森に付き物の、あの忌々しい蜘蛛もだ。

「こう、なんというかアレです。死ぬほど大量の機材とか人員使って、一気に植樹したばっかりの森とかならこんな感じかもしれませんねぇ。……想像ですけど」

「……不自然な森、か」

　なんというか、改めて気持ちの悪い状況だと言う事が分かって来た。

　突然訳の分からん森に飛ばされ、スマホが訳のわからん仕様になってスキルとかで自分に後付けで能力が追加され、挙句の果てには訳のわからん国の出身だという女と一緒に、この森の気持ち悪さに気付くとか――あっ

「おい」

「はいはぁい、なんでしょう？」

「これで、動物がいなくて鳥も虫もいないとしよう」

「はぁい」

「魚もいなかったら、食べる物どうしよう」

「…………」

「食える植物とかはあるみたいだけど、それだけだと限界あるよな？」

「…………」

　おぉう。

　アオイ、お前もそんな顔するんだな。

　でもな、今この状況でそれは止めて欲しかったりするんだよコンチクショウ。

　……泣ける。

◆　◇　◆　◇　◆　◇

「とりあえず！　話を聞く限り風を避けられる寝床は必須です！　ですよねトールさん！！」

「そうだな！　体調を崩したら意味ないもんなアオイ！」

「はい！！」

　完全に空元気だが、水を飲んで――無論完全にそのままではない。

　せめてもの浄化として、一度ペットボトルで組んだ後、弁当を入れていた布の袋とティッシュをフィルター変わりにして取り除ける物は取り除いてから、弁当箱の――ほとんど綺麗なハズの蓋を器にして飲んだ。

　やっぱり水が飲めるだけでかなり違う。

　日頃口にしている水道水やミネラルウォーターに比べると臭いもするし味も酷いが、それでも安心感が凄い。

　今日来たばかりだというアオイはどうか分からないが、俺は失くしかけていた気力が一気に復活した。

「で、寝床を作るってどうするんだアオイ」

「…………」

「おい、こっちを見ろ」

　そうだった。そういえばこの女、技術や知識は味噌っかすって自分で言ってたもんな。

「……とりあえず枝とか葉っぱとか集めようか。渇いてる、使えそうな奴」

「……そ、そうですね！」

　とはいえ、枝と葉っぱで風避けになる壁なんてどうやって作ればいいんだろうか。

　適当なツタとか比較的細長い草をロープ代わりにして枝を組み上げて……組み上げて……どうしよう。

「ど素人とは言え頭も手足も二人分ある。水もあるからすぐに死ぬことはない。日が暮れるまでにはなんとか形になるモノを作ろう」

「はい！」

　やはり来たばっかりとあって、まだまだアオイは体力に余裕があるようだ。

　となれば、その体力を無駄遣いしない内に寝床を作ってしまおう。

　確かに岩肌に直接寝るのは、生地の分厚いブレザー越しとはいえキツいものがあったし、かといって土や木をそのまま枕にするのも抵抗があった。

（もうこの際、風はある程度でいいからしっかりと暖を取れればそれでいいや）

　完成したのは、本当に日が暮れるちょっと前だった。

　場所としては文句なしだった。

　水がすぐに取れる川の近く。そしてその近くにあった、太くはないがそこそこ頑丈そうな木。

　とりあえずこの木を支柱にして、長い棒を立てかける。横からみたら定規でおなじみの直角三角形に見えると言えば伝わるだろうか？

　その支柱の左右に次々と斜めに枝を立てかけ、ツタ等で縛り、上から葉っぱを被せる。――この葉っぱを集める作業が正直、一番苦労した。

　それなりに立派なテントの完成だ。

　二人で寝るには少々狭く、正直アオイが不安がるようならそこらの岩の上で寝ようかと思っていたが特に気にしないようだ。

　役得……だと思わなかったわけでもないが、人の温かさを感じると言うのはすごくありがたかった。

　……うん、ありがたかったんだ。

――全く気配のなかった豪雨が降るまでは

「うおおおおおおおおっ！？　水が！　水が上がって……テント！　テントが流される！」

「トールさん！　もうシェルターにこだわってないで逃げないと――」

「あああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………――――っ！」

「きゃああああああああ！！　トールさん！　トールさぁぁぁん！！？？？」

　死ぬ。