004:体温の管理は基本中の基本!

「だ、大丈夫でしたか?」

「…………命はある」


 ホント、よく命があった物だ。

 完全な暗闇の中、いきなり振って来た豪雨のせいで川が氾濫、危うくそのまま下流まで流される所だった。

 突然の雨音に二人して眼が覚め、急に上がって来た水位というか濁流というか……そういうのに対処している内に俺が水流に足を取られ……取られ……。


「もう……駄目かと思……っ」

「あぁっ! 比較的クール寄りだったトールさんの表情がしわくちゃに! だ、大丈夫です! もう雨上がりましたから! お日様も出てますから!」


 今の俺の格好ときたら、ほぼ全裸で体育座り状態という色んな意味でどうしようもないものである。

 服は現在、日の当たる岩の上に放置してある……が、そんな短時間で渇くわけがない。


「……次から、寝床を作る時は高い所にしような」


 どんだけ雨が降っても水が上がってこない所に。

 じゃないと死んじゃう。ホント、死んじゃうから。

 なにもかも流されてジ・エンドになる所だったよマジで。

 脱いでいた靴も含めて、荷物をアオイが真っ先に確保してくれてて助かった。

 そして、あの暗闇でとっさに何かを掴んで耐えた俺。ホント良くやった。


「そ、そう……ですね……」


 どこか能天気な雰囲気のあるアオイだが、さすがに目の前で人が死にかかったので焦っているのだろう。

 引き攣った顔でそう答えるのが精いっぱいの様だ。


「とりあえずどうしましょうか? 寝床を作り直します?」

「いや……」


 確かにそれも必須だ。

 雨が降る前までだが、確かにこれまでの夜よりも安心して寝れた。

 疲れが取れる睡眠ってのがどれだけ大事か良く分かった。

 だが、今は――


「すみません。とりあえず――火が欲しいです」

「……ですよね」


 うん。



 ちょっと暑い――初夏終わりくらいの気温のハズなのに……寒いッス。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







 というわけで、とりあえずはなんとか暖を取る事にした俺とアオイ。

 片や着物という隙の多い服を着た婦女子、片やパンツ一丁の男子高校生という事案物の光景だが、生きるか死ぬかの状況ではそんな事言ってられない。


 で、肝心の火起こしだが――


「うがーーーーっ!」


 意外でもなんでもなくダメ。全然ダメ。

 そういう技術や知識を互いに持っていない事もそうなのだが……。


「渇いたちょうどいい木片というか――燃やせそうな物が全っ然! ありませんね!」


 そう。火を起こそうにも、それに必要な物が全て昨夜の雨で濡れているのだ。

 二人でどうにか使えそうな木の枝や樹皮を探し出して、互いにうろ覚えの着火方法を次々に試しているんだが……。

 まずは乾かす所から始める始末である。

 

「……トールさん、煙草とか葉巻は吸わないんですよね? 火打石とか火種板とかは……」

「俺の国じゃあ二十歳まで飲酒と喫煙は禁止だったから」

「家が持てる身分で一五歳を超えて配給すらされないとか厳しすぎませんか!?」

「いや、それ以外の事はお前らの所の方が厳しすぎるから。絶対。というか、その質問何度目だ」


 俺が火を付ける道具を持っているのを期待してか、煙草を吸わないのかと聞いてくる事、恐らく四度目だ。

 生乾きの俺の制服が乗っている岩の周りには、俺たちの――恐らく四……いや、三時間程の格闘の残骸が散らばっていた。

 力を込めすぎて折れて短くなってしまった枝とか、同じく力を入れ過ぎて火を起こす前に割れた樹皮とか木の板とかである。


「さっきトールさん、食べられる木の実や果物を見つけてましたよね? こういう知識や技術、本当に持ってないんですか?」

「いやぁ、あれってばちょっとしたズルみたいなものだから……」


 できるだけ水を飲んだりして空腹を誤魔化してきたが、さすがに限界を感じた俺は、出来るだけそれっぽい実がなっている所をアオイと共に探して、その一か所で再び使用可能になっていた『サーチ』のスキルを使用したのだ。

 完全にスキルを信用できるかどうかのテストもあったが、食べてそこそこ時間が経ったにも関わらず俺もアオイも腹痛などの症状は出ていない。まぁ、これから『サーチ』を一つの目安としても問題ないのだろう。


 だが、『サーチ』で分かる情報は今の所有毒かそうでないか、つまり食べられるかそうでないかといった情報しか分からない。

 加えて、恐らくあの『10■●』という再使用にかかる時間は、やはり十時間で合っているようだ。

 ほぼ半日に一度しか使えないので間違いあるまい。


(そういや、スキルってアオイも使えるのかな?)


 自分の場合は、よく分からないがスマホを通してあの訳分からん説明が出て、入手する事が出来た。

 持ち物が実質、衣類とサイフ、そして刀だけの彼女では――


「アオイこそ、他になにか持ち物はないのか? 例えばレンズとか、後は……なんつーの? 手帳とかノートみたいな物とか」

「いやぁ、ホントに持ち物皆無でして……。そもそも私の国じゃあ私有化というか、一部の娯楽品を除いて持ち歩く事を許可されてる物なんてほとんどないので」

「俺らの世界にそんな国あったら、今頃クーデターか外圧で治安がヤベー事になってそうだなオイ」


 やっぱり持ち合わせはないか。

 なにかそういう、文字が関係する道具があればあのスキルシステムとか出て来るんじゃないかと思ったんだけど……。

 アオイにノートを団扇代わりとはいえ貸したのは、それも狙っていたんだけどなぁ。

 持っていたら、俺の時の様に急に変なアナウンスが現れたりとか……。

 チマチマ確認しているけど、やっぱりそうそう上手くはいかないか。


「あ、トールさん。服と一緒に干している枯れ葉とかはどうですかぁ? まだ、湿ってますぅ?」

「ん? お、おぉ、そうだった……うん、いくつかはもう渇いているみたい」


 とにかく渇いた物がないと、火を点ける物も燃やす物もない。


(……よし、やり方を変えよう)


 とにかく摩擦を続けて、温度を高くすれば火が点くと思っていたがまずそれが難しかった。

 ちょっと手を休めるだけでも温度は下がってしまうだろうし、いかに効率よく腕……というか枝を動かすのかが大切なハズだ。


 これまでは、よくあるイメージとして色んな所で目にした、できるだけ頑丈な木の板に枝を付き立て、それを煙が出るまでひたすら回転させるという手法を取っていたが……。


(枝や板の上でがむしゃらに磨るだけじゃあ駄目だ。もっと熱が逃げにくい様に……かつしっかりと空気と接する形で……)


 辺りを見回す。

 俺たちが作り上げた残骸以外にも、使えるかもしれないと川から引き揚げた物がある。

 昨日の豪雨で流されてきた倒木とかだ。


(できるだけ濡れていない、渇いている奴は……)


 木といっても、そこまで太い物ばかりではない。

 手ごろな――おおよそ直径数センチ前後くらいの物を探して、それを河原の出来るだけ尖った石で殴って適当な溝を作り、一直線に広げていく。

 そしたら溝の端に乾かした落ち葉等を砕いて詰め込んで――


「枝を擦りつけて火を起こすつもりですかぁ?」

「頭使って色々考えた結果、思いつく方法がこれしかない」


 さっきからスマホに新しいメッセージが浮かび上がっていないか――厳密に言えば火起こし系スキルが浮かび上がるんじゃないかと期待して待っているんだけど、ウンともスンとも言わないままだ。

 もうこうなったら、出来る限りを試すしかない。


 削った溝にフィットする太さの枝を探して、ひたすら溝を走らせる。

 砕いた落ち葉を詰めた所にもっとも熱が集まるようにイメージしながら、ひたすら擦る。


 その間、アオイも違う手段でどうにか火を確保しようと横で思考錯誤しているのが視界に入る。

 そりゃそうだ、自分程ではないがアオイの体も冷えていた。

 今後の事を考えると、火の確保は絶対だ。


(今思うと、寝床作りより先にやっておくべきだったか……いや、それだと結局雨で何もかも失っていたよな……やっぱり場所をもっと考えるべきだった)


 体を濡らしてから、一度アオイが体温で少しは温めてくれたが寒いものは寒かった。

 森の中も、そのせいか心なし今までよりも寒く感じる。

 服を着ていないのもあるだろうが……。


 三十分……四十分……五十分。

 ついつい、どれだけ時間を費やしていたか考えてしまう。

 延々延々擦り続ける。流れる汗が溝に入らない様に気を付けながら。

 途中で気がついたのか、アオイも俺のハンカチを取り出して、汗を時折拭ってくれた。


 多分、それから更に十分。


「わ、わ! トールさん! 煙、煙!」

「藁! 藁持ってきて! 完全に乾いた奴!!」


 火らしい火は見えない。が、煙が僅かに立ち込める。

 慌ててその部分を手で覆い、ゆっくり息を吹きかける。

 すると、ウチの親父が煙草に火を付けた時のように赤い小さな線の集まりがチラッと見えた。

 息を吹きかけるたびに赤い線は強く光り、煙の量も増えていく。


「トールさん、どうぞ!」


 アオイが持ってきた藁の束の上で木をひっくり返して、燃えている部分を移す。

 そうして未だ燻っている場所を包むようにして、再び息を吹きかける。

 誕生日ケーキの蝋燭を消す時よりもずっと弱く。

 熱い汁物を冷ます時よりもっと弱く、息を吹きかける。


 勢いを増す煙に、眼から涙が零れる。

 けど、それは成功の証なわけで――


「あっちあっち……っ!」


 手元に確かな熱を感じ、思わず手を離す。

 そこにアオイが次々に渇いた藁や木の枝を放り込む。そして――


「…………点いた」


 この数日でずっと見る事のなかった、手元にある光源が今、目の前でメラメラと燃えていた。


「トールさん! 点きました! 点きましたよ!!」

「……あぁ」


 おそらく、半日近くは費やしただろう。

 その成果が、今こうして目の前でゆらゆらと赤く蠢いている。


「……そういえば」

「なんです? トールさん」

「今日の寝床、今から作り終わる……かな……?」





「――――あっ」





 この後、急ピッチで川からちょっと離れた高台にテント――アオイ曰く、正しくはシェルターらしいが――を建造した。

 少なくとも昨日よりははるかに手際よく建てられたが……疲れた。


 せめてもの救いは、夜になっても灯りがあるので、材料さえ揃っていれば作業を続けられた事だろう。

 日没からさらに一時間ほど作業をして、今度は雨にも強そうな表面がスベスベしてて水を弾く葉っぱを屋根というか壁にして、今日の作業は終わりだ。




 木の実を口にしたとはいえ、腹減った。……泣ける。


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