異世界サバイバルに、神様なんていらない!
rikka
序章:扉をくぐると、そこは謎の森でした。
001:玄関を開けると、そこは森の中でした。
あまりに静かすぎる森の中を、不自然な『白』が歩いている。――いや、這っていた。
胸から上は人の形をしているが、その下はもはやなにがなんだかわからない。
一部は異常に盛り上がり、一部はなにかの獣のように真っ白な毛に覆われたり、爪らしきものが伸びたりしていて、それらの部位はそれぞれ崩壊を始めている。
人間の肌では絶対にありえない、どこか有機的な『白』で構成されたそれは、這いずるたびに小さなかけらとなり、ポロポロと茶色い地面に零れ、そして水滴のようにすぅっと消えていく。
しばらく『白』が自壊しながらの移動を続けていると、唐突に動きを止め、顔を跳ね上げる。
その先には、一枚のドアがあった。
その他にはなにもなく、ただドアだけがそこに立っている。
「ぉ……ぁぁ……」
『白』の口から、うめき声が漏れる。
そしてドアに近づこうと腕を伸ばし、地面に爪を立て――その手が砕け散る。
「あ……、あぁ! ああぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!!」
今度は肘で地面を引っ掻こうとすれば腕がもげ、そして砕け散る。
慌てて残った腕を伸ばそうとするが、すでにその時点で腕はない。
見えてはいないだろうが、のたうち回る『白』の名前後ろで、すでにもげていた腕が地面に溶けつつある。
「カ……エ……ルッ!」
残った胴体部分を、蛇のようにくねらせて前に進もうとするがその速度は微々たるものだ。
そも、ほとんどが崩壊し両腕も失った今、『白』にはドアの取っ手に手をかけることも、伸ばすこともできないだろう。
「カエ……ル……ノ……ッ!!」
それでも『白』は必死に前に進み、ドアへともう失った手を伸ばす。
胸の下まで体を失い、もはや肩と首だけの姿になりながら必死に這いずりドアへとたどり着く。
「カ゛エ゛ル゛ノ゛ーーーーーーーーーーッ!!」
残った頭だけで何度も何度も、まるでドアにすがるようにこすり、ぶつかり、噛みつこうとする。
嗚咽をこぼしながら、何度も何度も挑戦し、そうして気が付いたら――『白』は完全に消えてしまっていた。
嗚咽の余韻も、『白』が這いずった跡も、その存在も消え、完全に無音となった森の中で、
今、ドアが開いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ただいま~」
家に帰りついた時、口にする言葉は大体決まっている。
つまり、これを口にした今この瞬間、俺がいるのは家の玄関と相場が決まっているはずなのだが――
目に入り込んだ光景は、これまでの十六年の人生で一度たりとも見た事がない光景だった。
「――どこ? ここ?」
まったくもって……そう、たったいま何が起こったか全然分からない。
え、俺今普通に『ただいま~』って言って家のドア開けたよね?
ドアを開けて真っ先に目に入るハズの玄関も家族の靴も玄関マットも廊下もない。右も左も前も後ろも木々が生い茂っている。
先に帰っている弟やオカンの『おかえり~』という言葉は一切聞こえず、木々がざわめく音だけが辺りに響いている。
「……え、どこここ。……やだここ」
同じようで意味のわからない言葉を口にして、辺りを見回すが何も変わらない。何一つ変わらない。
それどころか、握ったままのハズのドアノブやドアすら消えていた。
前も後ろも右も左も、木々生い茂る森だった。
え、なにこれ。どうしたらいいの?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
自分が通っている高校は、どこにでもある普通の高校である。
制服はブレザー、鞄は人工皮革で中には教科書、プリント、布製のペンケース――中身はシャーペン、ボールペンに定規……あとは飲みかけのペットボトルのお茶と袋に入った空の弁当箱が入っているくらいか。
他? 財布に鍵、ハンカチにティッシュにスマホ、折り畳み傘くらいっす。
しかも一番役に立ちそうなスマホは、さっきまで70%くらいはバッテリーが残ってたハズなのに今は電源すら入らない。
電波が届くところかどうかすらわからないとはこれいかに。
(……泣ける)
いやホントに。
そもそも何をしたらいいの? 場所の確認? 大声で助けを求める?
こう言う時に色んな事を教えてくれるスマホ大先生は現在絶賛完全沈黙中である。時計やコンパスどころかライトにすらなってくれそうにない。
え、マジでなにをどうすればいいの?
――くきゅるるるる……
しかも腹が減ってきた。そりゃあそうだ、授業終わって別にどっかに寄る事もなく帰って来たんだから。
つまり、最後に口にしたのは昼休みの弁当である。今現在、鞄の中にある空の奴。
さて、どうしよう。混乱している事は自分でもわかるんだけど、どうやって落ち着けばいいのか分からない。
なにかしなきゃという考えだけが頭の中でグルグルしている。
「……とりあえず歩こう。なんか見つかるかもしれないし」
人の気配がしない雑音に耐えられず、独り言を口にする。
衣替えで冬服に戻ったばかりだと言うのに、そのままの格好だとじんわりと汗をかくくらいの気温の森――森? ジャングル?
とりあえず、木が生い茂っている中を歩き回る事にした。
――戻り道も一切分からんからね!!
なお、歩き回った結果、俺はペットボトルの中身を完全に飲み干し、疲れ果て、適当な岩(苔などで地面がじんわり湿っていたため)の上にできるだけ渇いた落ち葉を敷いて、空腹のまま寝る事になった。
……泣ける。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……かゆい」
虫に刺されたのか、首筋あたりがむず痒い。
朝になっても相変わらずウンともスンとも言わないスマホ。
その真っ黒なディスプレイを鏡の変わりに確認してみると、2,3個所赤く腫れている場所がある。
「ホント……なぜこんなことに……」
寝て起きたら布団の上か、あるいは机の上じゃないかというあり得そうな期待をしてはみたが、やはりそうそう上手くはいかないらしい。
もしこれが夢だとしても、これだけ自意識がハッキリしている間はそう簡単に覚めてはくれないだろう。
つまりは――そう、つまりは状況は昨夜、暗闇に震えながらも疲労に逆らえず寝た時と同じなわけで――泣ける。
――ぐきゅ、きゅぅぅぅぅぅぅぅぅっ……
腹の方は既に全力で泣いている。そりゃそうだ。昨日の昼から何も食ってないんだもん。
この森の中に放り出されてから口にしたのは、ペットボトル半分程のお茶のみだ。
(とりあえず、ガチでサバイバル状況に放り込まれたっつーことだけは分かったけど……)
それだけだ。昨日と同じく、思考がそこで止まってしまう。
ついつい繰り返してしまう思考停止を振り払おうと頭を掻き毟る。
「……よし、食べられる物を探そう。あと水」
とにかく、この空腹と喉の渇きはなんとかしたい。
というか、なんとかしないと比喩ではなく死ぬ。
こういう時、本とかで読んだ知識では確か水の確保が最優先だったはずだ。
ひとまず、あらためて耳をすませてみる。
すると水が流れる音が……う~~~ん、聞こえるような聞こえないような。
というか、眼を覚ました一因でもあるけど風がひどくて、木々が揺れて葉が
しかも微妙に寒いし。
(坂を登ってみるか……あるいはまた降るか?)
昨日、自分が玄関をくぐった後に突っ立っていた場所はわりと平らな地形だったのだが、歩くうちに段々傾斜が見え、寝床に選んだこの岩の辺りは結構な坂になっている。
「昨日は、なんとなく低い方を目安に歩いていたけど……」
目印なしで森を歩くと、同じ場所をグルグル彷徨う事になる。
その程度の知識は俺も持っていた。
降っていけば、意外とすぐにこの森を抜けられるんじゃないかと思った。
浅かった。全力で浅い考えだった。
結果俺は全力で凍える目に合っている訳で……さっきから渇いた葉っぱを制服の上から被せているんだけどすぐに飛んでいっちゃうんだよね。
「……すぐに動こう」
日中はともかく、夜はやっぱり寒かった。体を動かさないと死ぬかもしれん。
ちくしょう、本当だったら今日祝日だったのに。もっと安全にゴロゴロしながらゲームやり込むつもりだったのにちくしょう。
とりあえず、昨日と同じく出来るだけ傾斜を降りて行く方向でルートを決めた。
少しずつ現状を認識出来てきたのか、頭が落ち着いて来た。
「低い所の方が、水とか溜まってるかもしれないし、流れ込むかもしれない」
歩きながら考えている事を口に出して確認してみる。
……今思ったが、実は冷静になったんじゃなくてアドレナリンとかでハイになっているんじゃないだろうか?
口に出すという行為も、なんだかどこかを動かないと気が落ち着かないって感じだし。
なんかこう……二,三歩遅れてなにか変だと気付くような……なんだろうな?
(まぁ、どちらにせよ移動するしか方法ないのは確かだけどさ)
今の所、虫はともかく動物の類は見てないが、やはり声とか音には気を付けるべきだろう。
(……と、いうか)
声を出すという行為は止めるべきだ。
――喉がカラッカラな時は特に。
さっきから水気が欲しくて、弁当箱に残っていた梅干しの種を口に入れて飴玉のようにしゃぶって渇きを誤魔化しているが、ヤバい状況だということはキチンと把握している。
(ちゃんと緑の植物がわんさか生えてるんだから、水源はしっかりあるはずだよなぁ)
植物が大量に育っている=水も大量にある。
もうこんな陳腐な考えだけが今の俺の希望だと言うのだから泣ける。
水があれば結構生きられると聞いた事あるし、水場には魚がいるかもしれない。それに水を飲みにくる動物だって……あっ。
「…………火、どうしよう」
今気がついたが、生水は絶対に危険だ。
というか、自然にある物を熱加えずに食べるとか、詳しい知識を持ったうえで訓練受けている人間じゃないと無理だろう。
登山部とかの連中ならあるいはそういう知識持っているかもしれんが、絶賛帰宅部の俺がそんな知識を持っているハズがない。
仮に火がどうにか作れたとしよう。そんでもって食べ物も無事に調達出来たとする。
うん、食べ物は問題ない。普通にそこらの木の枝とか石を使って焼く事は出来る。
……で、水は?
今俺が持っている物で水を貯められそうな容器は、二段重ねのプラスチック製弁当箱と空のペットボトルのみ。無論、直火の熱には耐えられない。
「腹下すの覚悟で飲むしかない……のか?」
ペットボトルと布があればそこら辺の物と合わせてろ過できるとか、子供の頃に読んでたサバイバル体験本に書いていたけどそんなん一々覚えてねぇよ!
なんだっけ? 砂と小石と……炭? 粘土? どっちだっけ? どっちもいるんだっけ?
(あ、ダメだ。うろ覚えの知識でやっても失敗して腹下して地獄を見る未来しか見えない)
「……いいや、うん。とりあえず水場を見つけてからにしよう」
なお、この日も水場は見つからず、今度は木陰に固定した折り畳み傘を風避けに就寝。
口にした物? 弁当箱に残っていたうめぼしの種、小指の先ほどのソースとマヨネーズ、硬くなった米数粒のみだよ。
泣ける。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
三日目突入。
あかん、もう無理。
あからさまに水が足りない。もう分かるもん頭が痛いもん。
こう、なんていうか……嫌な寝起きをした時の気持ち悪さに頭痛を足して倍にした感じだ。
まだ真っ暗なうちに目が覚めてずっとウダウダやって、日が昇り初めて光を感じても気力が沸かない。
動きまわる時間減らすべきだったとか、汗かきにくい朝方と夕方だけ動けばよかったとか後悔ばかりが頭をグルグルするのでシャドウボクシングの真似事で気持ちを切り替え、行動再開。
そして行けども行けども木々ばかり。植物ばかり。緑ばかり。
「気力ブーストにも限度があるんじゃあああああああああああああああああぁぁぁぁっ!!!!!」
体力を消耗すべきじゃない。無駄にカロリーを消費すべきじゃない。けど叫ばずにはいられない。
とりあえず、もうこうなったら衛生面とか気にしてられない。
そこらの地面に生えてる植物の葉っぱとかに集まった滴――朝露か。それを集めて口にする。
美味い。普通に美味い。なるだけ綺麗に見える植物だけから採ったのがよかったのか、少なくとも強い異臭とか味はしなかった。少々……青くさい? というか植物独特の臭いが多少はした気がするが、今の所問題ない。
(……昨日の朝もこれ飲んでおけばよかった)
今更ながらにそんな後悔が浮かんでくる。
そうやってかき集めた水も、全部合わせてどうにか一口分ちょっとくらいにしかならいだろう。
つまり、一回用を足しただけでそれ以上の水が体から消えている訳だ。
とりあえず、歩く時にもっと注意をする事にしよう。
例えば土を踏んだ時の感覚。感触。
昨日まではとにかく流れる水――小川の音を探していたが、それだけを頼りにしていると死ぬと確信した。
例えば溜まっている水たまり。
さすがに泥水をどうにかして飲む勇気はないが、そこから注意深く辺りを探る事を心がける様にする。
ひょっとしたら比較的綺麗な水たまりとか、あるいは水の流れを見つけられるかもしれない。
「水、水、水、水、水……水をお願いします」
本当に日本人――いや、人の悪い所だ。
普段信じてもいない神様に全力で祈りながら――というか水を要求しながら歩き回る。
一時間、さらに体感で三,四十分ほど歩くと、右足に痛みを感じたので一度休憩。
恐らく、歩く時に利き足に力を入れ過ぎていたのだろう。片足だけが痛い。
(……なるだけ歩く時もバランスを意識して歩くか)
エネルギーの消費を可能な限り押さえる事。
これを一番に意識して歩くルート、足を置く場所、そして小まめな休憩を取る事に出来るだけ気を配る。
結構深い森なので日光はそこまでキツくはないが、それでもやっぱり汗をかいてしまう。だが、かと言って服を脱ぐと虫がやばい。
昨夜は寝る時にハンカチを広げて首元を覆ったりとかして対策してみたおかげか新たに刺されることはなかったが、油断するとまたすぐに蚊……蚊かな? 知っている奴より更に小さい気がしたが……まぁ、そいつらが寄ってくる。
(もう喉渇いたな……)
やはりというか、もうこの時間になるとどの植物も渇いてしまっている。
朝露の滴をペットボトルに貯めるべきだったのだろうかとも思うが、なんだかんだで今一番怖いのは腹を壊す事だ。
キチンと水を確保出来てから動けなくなるのならばともかく、水や食料を探すために歩きまわらなければならない現状で動けなくなるのは致命的すぎる。
雑菌が入っているかもしれない水を、さらに長時間貯めておくのはヤバいだろう。特に自分が直接口を付けたペットボトルなんて、なんだかんだで飲み口の部分に絶対に雑菌がついて繁殖しているはずだ。
(くそっ。マジでどうする?)
なんとなく、シャツの胸ポケットに入れていたスマホを取り出す。
もう使いどころとか何もないただの重しである。
雨など振っていないのに折り畳み傘とか中身の入っていない空の弁当箱のほうが何倍も役に立っている。
例えば風避けとか、中の残った食べ物とか。
仮に電波が入っていなくてもライトとして使えるならよかったのに、電源すら入らないとかホントなんなのへし折られたいのかと小一時間問い詰め――んお?
「……なんぞこれ?」
取り出したスマホは、相変わらず真っ黒な画面のままだ。
だが、最後に見た時と違う点が一つある。
文字だ。白い文字が浮かび上がっている。
『構成要素のインストールが完了しました。スキルシステムが実装されます』
普段見慣れたディスプレイの文字ではない。というか、バックライトが入っていないので暗いままだ。
そして文字も、見なれたデジタルのフォントではない。
こう、なんだろう。一番近いのは黒い紙の上に白いインクと小筆で書いた感じか。
『システムを使用いたしますか? Y/N』
「…………」
迷いは当然あった。いきなり意味が分からない文字が現れたのだ。
しかも、使い慣れているはずのスマホも何かおかしい。
だが、ようやく現れた変化に、希望を感じたのも確かで――
――俺は、迷いながらも『Y』の上をタップした。
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