016:探索with工作員



「思えば、君とゆっくり話すのは初めてね?」


 肉食って気力を取り戻し、お湯で洗った弁当箱に肉を詰めて同時に出発。

 アオイ達と別れてから大体一時間くらいか?

 流れる川に沿って歩いていると、青草を火で燻らせた種火を持って先行するアシュリーが声をかけてきた。


「そういえば……まぁ、出会ってからずっとバタバタしたり、別行動だったりしたからなぁ」

「そうね、まだ会って数日なのに……こんなに一日を長く感じるのは久々よ。ホントに」


 そう言ってクスクス笑う彼女は、とても工作員には見えない。

 まぁ、普通に見えなければ人の中に紛れ込む事なんて出来ないだろうが。


「それにしても結構歩いたな。あとどれくらい歩く?」

「とりあえず、一度休憩したら日が高くなるまで歩いて、そこで周囲の様子を見て適当な所を仮キャンプにする。……どうかしら?」

「あぁ、良いと思う。文句ないよ」


 そこを拠点に明日はもうちょい下流の様子を見るって感じで良いだろう

 どこか見晴らしのいい所を見つけられれば一番ベストなんだが。降って行ってる状態でそれは難しいか。そこまで傾斜があるわけでもないし。


「あぁ、そうだトール君。アタシ、君には一度キチンとお礼を言わなきゃって思ってたの……ありがとう」


 そんな事を考えていたら、唐突にアシュリーが頭を下げてきた。


「お礼?」


 アシュリーを回収したのはアオイだ。

 自分はほとんど関わっていないと思うが……。


「君が、アタシとゲイリーの間に立ってくれているからどうにか現状上手く噛み合っているわ」

「……どちらかというと、ゲイリーやアナタが上手く俺を立ててくれているからだと思うんだけど」


 朝飯の時の会議もそうだけど、意見があってもキチンと俺の意志を確認してくれている。


「うぅん。君の性格というか、気質というか……そういう物があったから私達はどうにかなっている。……特に、アオイとかね」

「? アイツが?」


 なんだかんだで一番気安く接しているアオイ。確かに思考に危ういというかシビアすぎる面がある彼女だが、そこまで問題だろうか?


 アシュリーは何か言おうと口を開きかけ――そして止まる。

 そのまま言葉を探すようにもごもごさせて、


「多分、その……あの子は生き残るのに私達が邪魔なら迷わず切り捨てる事ができちゃう子だから……」

「あ~~~~~~~」


 それこそアシュリーを回収してきたばかりの時がそうだった。

 そういやゲイリー達を見捨てようとしてたなぁ。自分で助けたにも関わらず。


「あぁ、うん、まぁ……いや、アイツも決して根が悪い奴ではないと思うんだよ。ただ、環境の違いというか……」


 はたしてフォローする必要があるのかどうか少々疑問だったが、反射的にそう言っていた。

 いや、そうだ。ここで不和を起こしても仕方がないし、そういう要員があるのならば可能な限り取り除くべきだろう。

 多分、ゲイリーに求められているのはその役割なのだろう。

 あるいは、アシュリーにも……アオイにも。


「まぁ、どういうわけかあの奴隷管理官、君には比較的心を開いているみたいだから。えぇ、彼女の事は君に任せるわ」

「管理つっても、やってる事は経理だったみたいだけどな」

「……とてもそうは思えないわね」

「な。金の数え間違いとか起こしそうだ」

「いえ、そうじゃなくて」


 アシュリーは、ゲイリーからもらった布で額の汗を拭いながら目を細める。


「あの子、決して身体の軸を崩さないわ。この間の探索の時とかも」

「……軸?」

「つまり、かなり鍛えているって事よ」



「――一応、あの子には気を付けなさい」







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







 更に歩く事数時間ほど、とある場所で俺たちは足を止めていた。ここで川が大きく広がり――というか、湖になっていたのだ。


「まぁ、それなりに歩いたし……今日はここで過ごすか」

「えぇ、アタシも賛成」


 ちょうど湖からある程度距離を取った所に、程良く木が生えていない平地がある。

 とりあえず燃え広がりそうにない場所に火を用意して、ここに簡単なシェルターを作る。本当に簡単な、風避けだけだ。


「明日も同じ位歩いた所に目印を付けて、そこにはもうちょっと丈夫なシェルターを作ろうと思う」

「貴族様の言っていた探索拠点?」

「あぁ。それがあれば、確かにこれから先の探索には便利だ」

「そうねぇ……」


 アシュリーと共に、今日の寝床にするための葉っぱを大量に運びながら、今後について話し合う。

 やはり、ゲイリーの前だと話しづらい事があったのだろうか、先日の会議の時よりも生き生きと彼女は口を開いていた。


「アタシとしては、皆で川を下りながら拠点を移動させていくってのもアリなんじゃないかと思ってたんだけど」

「あぁ、それは俺も正直考えていた」


 やはり、一刻も早く海を見つけておきたい。

 今回、動物が現れた事で魚もいる可能性が出てきたし、それなら海を探して近くに拠点を持つべきだとも思う……のだが。

 それはここが海に近ければという話で……。


「君も?」

「あぁ、後々の事を考えると、海辺に出ておきたいって思ってたんだ」

「……なるほど」


 アシュリーは、土まみれの指を擦り合わせている。今すぐにでも手を洗いたい事だろう。


「低ナトリウム血症を心配しているのね?」


 ……あの、すみません、こちとら極々普通の高校生なんで専門用語は分かんないッス。や、言いたい事はなんとなく分かるけどさ。


「詳しい事は分かんないけど、塩の確保は大事だと思っている」

「……やっぱり君、知識的にも思考的にもアタシ達に近いね」


 アシュリーは、先日ゲイリーが精霊や妖精の話をした時に見せたのと同じ顔をしている。

 アシュリーにも文化が近いと思われたのだろうか。

「加えて、内陸部の人間じゃないわね。海辺に住んでた?」

「そういう訳じゃないけど……まぁ、島国だったよ」

「やっぱり」


 なんで俺が海に近い人間だと思ったんだろうか。

 海を目指していたから?


「だって、この先が見えない状況でも海が近いんじゃないかと思うって、かなり海という物が身近じゃないと出てこないわ」

「……そういうものか?」

「アタシ達からするとね」


 そういって肩を竦めるアシュリーは様になっている。


「アタシの場合は、人の痕跡を探すためかしら」

「痕跡?」

「例えば、アタシ達以外の人間――それが元々住んでいるにせよ、アタシ達の様に迷い込んだにせよ水場の近くに絶対寄るはず」

「俺たちの様に?」

「そ」


 寝床として葉っぱを積み上げ、その上に倒木と枝で支柱を組み立てる。

 もう手慣れた物だ。


「上流には、多分人はいない。流れを見てもそんな痕跡はないし、あの動物の死体も、少なくとも刃物や投石などの外傷を見られなかったわ」

「だから、何かを発見するなら下流だと?」

「えぇ。……まぁ、ついでに私のナイフや装備を回収できないかと思って」


 ゲイリーとの格闘で紛失したと言っていた装備品か。


「中身は何が入っていたんだ?」

「色々よ。完全防水のパックに中身はメタルマッチとかワイヤーソー、安全ピンに針金に浄水剤、釣り針と釣り糸、小さな鏡にコンパスに……あぁ、最低限の裁縫道具も入ってたわね」

「……なにか目印とかついてないの? あのパックに……こう、分かりやすい奴」


 なにそれ喉から手が出るほど欲しいんだけど! 特にメタルマッチとワイヤーソー!


「潜入……っていうか軍用の装備パックだから、むしろ見つかりにくいようになっているわ。もうちょっと余裕が出来れば川底とかもキチンと探ってみたいんだけど」

「……メモしておこう」


 メモしなくても忘れられないだろうけどな。

 いやマジで欲しい。


「今は装備パックよりもナイフね。分かっちゃいたけど、あれがあるのと無いのじゃ大違いよ」

「前の探索の時は?」

「アオイの刀があったから……」


 一応刃物の代わりとして、先日ゲイリーと一緒に作った石斧を持ってきている。

 おかげで野良仕事の効率はかなり上がったが、やはりしっかりした刃物とは比べ物にならない。


「ねぇ、トール君。そろそろ食べ物を探しに行きましょ。湖の周りに、食べられそうなベリーが群生していたし、君のスキルなら確かめられるでしょ?」


 そうこうしている内にとりあえずの寝床を完成させる。

 アシュリーはようやく手が洗えると嘆きながら、比較的汚れていない手の甲を使って乱れた前髪を整える。


「だな。焼いた肉があるとはいえ、やっぱり野草は大事だ」


 とりあえずは器の用意――それと、水を浄化させるためにまた手ごろな石を集める必要がある。


 ……相変わらず、食べるのには時間がかかる。

 レトルトやカップ麺が手元にある生活が懐かしすぎて泣けるよ、マジで。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る