017:第二拠点は湖畔とする!


 アシュリーと共に夜を過ごし、朝が来た。


「さて、湖の水が抜けている所――下流に本格的な拠点を作る……で、いいのよね?」

「あぁ。やっぱりここは調査すべきと俺は思っている」


 昨晩、晩飯の肉と野草を食ってからアシュリーとは色々話した。主に、探索の予定についてだ。

 一つはこのまま更に流れを降って適当な場所を拠点にするか、あるいはこの湖のそばに本格的な拠点を作って、周囲を徹底的に探索して把握するかだ。


 正直、朝起きてもどっちにしようか迷っていたのだ。

 そんな迷いを打ち砕いたのは、湖の淵に漂っていた一本の水草だ。

 炒めれば食べられる奴だというのは昨晩スキルで確認していたので、それを掬いあげようとして――気がついた。

 その小さな葉や茎に、半透明な小さい球がたくさん付いている事に。


「……魚、そんなに食べたいの?」

「超食べたい」


 魚の卵が付着しているということは、それを産み付けた魚がいるという事になる。

 俺はそっとその水草を水の中に戻し、そしてアシュリーにここの拠点化を強く勧めたのだった。

 先日ゲイリーと一緒に魚を捕まえる罠の作り方は覚えた。スキルの補助もあるし、今度はもっと早く作れる。

 正直、シェルター作るよりも罠量産して湖の周りに片っぱしから仕掛けていきたい所だ。


「いや、子供の頃は川魚って苦手で、サバとかマグロとかの青魚が大好きだったんだけど、今になって急激に食べたくなった」

「良く分からないけど、それってここ最近の食事のレパートリーが酷くて脳が過去の食事の記憶を片っぱしから引っ張り出しているんじゃないかしら?」


 その可能性も十分以上あるが、食いたい物は食いたいのだ。

 そういう欲求があるのは紛れもない事実なのだ。


「肉だって、今度はいつ取れるか分からないんだ。ここで食糧の調達手段を増やしておいても悪くないだろう」

「……まぁ、確かに。タンパク質が不足すると、集中力もかなり落ちるし免疫力も……」


 アシュリーも肉を発見した時は滅茶苦茶喜んでいたし、血と骨と野草を煮込んで作った即席スープも美味しそうに飲んでいた。

 食に関しての思い入れは強いはずだ。

 ……いや、ぶっちゃけ今いる四人全員そうだけど。


「そうね。これだけ広い水場なら、野生動物も来る可能性がある。そういうのも調べる拠点としては有用だけど……となると、他の二人も寝れるシェルターを増設する必要があるわね」

「一人一人が寝れるシェルターに加えて、火床のための風避けも欲しいわね、そうなると」


 今なら石斧もあるから物集めは楽だし、仮に壊れてもちょっと時間をかければまた作れる。

 そう考えると、すぐに活動を始めた方がいいのか。


「うん、よし。とりあえず必要になりそうな物を集めてくるわ。その間トール君、またアレ作っておいてくれない?」

「アレ?」

「適当な木をくりぬいた、水を貯める奴。あれと焼いた石がたくさんあれば、水の浄化ができるでしょう?」

「あぁ……」


 確かにそうだ。アレは正直、仮拠点だろうが全部の個所に用意しておいて損はない。

 ペットボトルのろ過装置は一つしかないし、今回は向こうのチームに渡しているし……。


「魚がいる痕跡があったのは嬉しいけど、それって同時に水が汚れているって事でもあるしね。やっぱり浄化は大切よ」

「……だなぁ。今まで大丈夫だったからちょっと油断してた。灰と布で濾す程度じゃやっぱ危ないか」


 とりあえず、急いで使えそうな大きい木を探そう。

 割と削る作業は時間がかかるのだ。

 後々シェルターを作る時間も考えると、涼しい今の内に作業を進めたい。


 すっかり冷たくなった肉を枝に刺して、軽く火で炙る。 

 とっくに脂気はないが、それでもやはり、肉に勝るご飯は無い。


「うしっ、動くか」







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







結局、半日は木を削る事に費やしてしまった。

ちょうどいいと見つけた木だが、どうやら前に削った物とは違う種類だったようだ。

 少々曲がっている上に枝も多いが、結構太かったのでちょうどいいと思ったのだが、これがエラく硬かった。

 いっその事別の木を探してこようかとも思ったが、眼に付くのは細い木ばかりだったのでそのまま続行。おかげでかなり時間を食ってしまった。


 材料を集め終わったアシュリーは、俺が削った木の欠片やカスをおにぎりみたいにしてまとめている。

 火を付ける時に、こういうのは使えるとの事だ。


「石はもうたくさん火にくべてある。そして水も貯めた。後は適当な頃合いで中に放り込んでいけばOKだ」

「いつものプラスチックボトルのろ過機が無いのがちょっと怖いけど……まぁ、長く煮沸すれば大丈夫ね」

「あぁ……とりあえず、これで水は大丈夫だ」


 残るはシェルターだが……。

 正直に言おう。既に疲れた。

 つくづく思うが、今の本拠地でゲイリーが作業場を作ったのはやはり正しかった。

 肉体労働中の日光の当たる当たらないがどれだけ大きいか、改めて理解する。


「別に急ぐ必要はないし、とりあえず今日はもう食糧探して、簡単な作業だけにしない? お湯があるのなら植物をふやかしてロープ作ったりもできるし、他に気になる物があるのならそれを作ったりとか……」


 こっちの疲労を見抜いているのだろうアシュリーが、そう提案してきた。

 ……なんかもう、ホントすんません。


「賛成。……ぶっちゃけ疲れた」

「アタシもよ」


 そう返事をするアシュリーだが、とてもそうは見えない。

 力仕事という意味では俺以上に体力を消耗したハズなのだが……。


「湖の様子、なにか変った?」


 俺の隣に腰を下ろしたアシュリーが尋ねてくる。

 ……ねぇ、ちょっと近くない?

 いや、健全な男子高校生としては嬉しいですけど。


「いんや。削っている間にちょいちょい湖の様子は見てたけど、特になし。なんか跳ねたかと思えば、日光が反射しただけだった」


 マジで一瞬、木を削っていた石を取り落としてしまったのだ。

 やっぱ魚がいる! って思った直後の落胆よ。


「あらま、それは残念ね」

「森の方はどうだった?」

「特になし。血を吸う羽虫はいたけど、まぁそれだけよ」

「……羽虫か。せめて蝶々とかキレイな虫がいてくれるといいんだが」

「キレイな虫って食べられない事が多いわよ?」

「いやそういう視点じゃなくてだな」


 っていうか、あれか? ひょっとして食った事あんのか?


「……まぁ、それ以外は静かなままよ」

「みたいだな。てっきり、動物の鳴き声とか少しずつ出てくるんじゃないかと思ってたが……」


 あの動物――多分鹿だと思うんだが……アレが出てきたって事は更に動物が出てくる可能性は十分にある。

 例えば鳥とかさ。……肉食獣は勘弁してほしいけど。


「……どうして、アタシ達はここにいるのかしら」

「ホントにな。俺にはほとんど共通点がない。アンタとゲイリーは違うようだけど」

「同じ世界――ってあえて言わせてもらうけど、まぁそれだけよ。私、あの貴族様なんて写真でしか見た事なかったし」

「ふぅ……ん」


 まぁ、そういう物なのだろう。

 殺すかもしれない相手の事を深く知ってもアレだろうし。


「アタシとしては、君の話を聞きたいな」

「俺の?」

「えぇ。魔法がない世界ってのも興味深いけど、私達に近い別の国っていうのも興味深いわ」

「多分アシュリー達の国よりは遅れている」


 高性能なサイバースーツみたいな服とかないし……まぁ、サバイバルパックの中身とかは想像が容易い感じだったけど。


「そうかしら?」

「多分。……こう、なんて言うんだろう。普通だった事を説明するって難しいな……」


 簡単に普段どういう生活をしていたか、学校の様子や家での生活などと言ったたわいない話に、アシュリーは相槌を打ってくれた。


 なんだろうな、これ。

 これまで、基本的に生き残るための会話がほとんどだったためか、穏やかな――それも自分の話をするのが久々すぎて……なんか、ガチで泣きそうになった。


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