幕間~アオイという女~


 川の流れを横に、一組の男女が長い枝を地面に突き刺し、組み立てている。


「やっぱりゲイリーさんは手慣れていますねぇ。トールさんとは手際が段違いですぅ」

「士官学校時代にこういう作業は一通りやらされるからな。俺たち魔術師にとって、自然の中で過ごすのは大事な事でもあるし……」


 二人は本拠地を出発してから、ずっと動物の痕跡を探しながら川を上っていた。

 水があるならば、そして動物がいるのならば間違いなく飲みに来るハズ。

 先日食べたあの動物も、恐らくその時に足を滑らせるかして溺れ死んだのだろうと予測していた。

 あの死体には、牙を突き立てられた後も、刃物などで斬られたり突かれたりした跡も残っていなかった。


「それに、トールは本当に自然から遠い所で生活していたのだろう。衣類や靴も山――というか、土の上を歩く物ではなさそうだし、手にも傷やマメの跡が全くない。土をいじった事もほとんどないだろう」

「どういう暮らしだったんですかねぇ。ウチの所だと、よっぽど上級の国民じゃないと農作業は絶対なんですけどぉ」

「かなり発展している、かなり裕福な国なのだろう。だがアシュリー達ほど科学に傾倒しすぎず、俺達の様に自然への信仰というか……好意を持つ文化が残っている。……正直、非常に興味深い」

「……私は科学っていうのがよくわかりませんが、アシュリーさんの国ってどういう国なんですか?」

「……一言で言えば、様々な物を改造・改良していく文化だ」

「? それって普通なんじゃないですか?」

「やりすぎるんだよ、アイツらは」


 大きな三角になる様に組み合わせた枝の上に、長い枝を乗せる。

 かつてアオイがトールと共に協力して組み立てたのと同じシェルターである。


「本来の植物や動物を、交配による改良ならまだしも大本を書き換えるわ空気は汚すわ……果てには自分達まで改造しはじめているとか」

「……自分達?」


 理解というか、想像が出来ないといった様子で首をかしげるアオイに、ゲイリーはため息を吐いて、


「文字通り、アイツの国の住人は身体を改造している。脳を始めとする臓器の機械化、デバイス化、これが兵士になると手足を切って胴体を組み込んだ人型戦車になったり、擬態する動物の遺伝子を組み合わせて擬似的に姿を消せる人間を作り出したりとか……色々な人間を作り出している」

「……えげつない国ですね、あの人の国。というか、じゃあアシュリーさんも?」


 顔をひきつらせるアオイに、ゲイリーは内心「そりゃあそうだ」と納得しながら首を小さく縦に振る。


「恐らくな。余り焦っていない所を見ると、メンテナンスが必要という臓器や脳の機械化はしていないようだが、それでも筋力などは強化しているようだ。それに、殴り合った時の感覚からして……恐らく、骨も特殊な金属か何かをコーティングするような方法で強化しているのだと思う」

「……貴方達の世界に産まれなくて本当によかったです。本当に」


 アオイは当初、魔法という存在の方が理解できないとトールやゲイリーに話していたが、ここに来て意見がひっくり返ったようである。

 顔をヒクヒク引き攣らせながら、珍しく強い口調で断言する。


「それにしても、同じ世界でも大きく文化が違う二人とか……こうしてみると、トールさんの存在は本当にありがたいですねぇ」

「あぁ。ワンクッションとしても、調整役としても彼の存在は大きい。話を聞けば、様々な国がある世界らしいし、異文化を受け入れる下地が出来ているのだろう」


 二人とも、トールという人間の希少さをよく理解していた。

 アオイの国では、こういう状況ならば身分次第では全て奪われるし、なによりどういう立場でもまず食糧や水の奪い合いになる。

 ゲイリーからすれば、このだだっ広い森でのサバイバルと殺し合いを両立しかかっていた所を止めてもらっている。

 万が一、トールを失うような事があれば、真面目に残る三人が分裂する事はあり得た。

 だから――


「だから、アオイ。お前に言っておきたいのだが……」

「なんですかぁ?」

「もう、トールに余計な事をするなよ?」


 アオイの手が、止まった。


「俺を拾ってくれた事には感謝している。……だが、その時の話をトールから聞いて気がついた。お前はあの時、トールを囮に使ったな?」


 いつもぽや~っとしていたアオイの表情は、今は完全に抜け落ちている。


「目印と言って煙を立たせたのは、お前の為じゃない。あの煙を目印に寄ってくる存在がいるかどうかを調べるためだったのだろう?」


 アオイは、ただじっとゲイリーを見つめている。


「刀を持たせようとしたのは、確かに自衛の意味もあったんだろうが……例えば興奮している奴らが、突然分かりやすい武器を持った男を見ればまず敵かと疑うだろう。ひょっとしたら問答無用で襲うかもしれない」


 それはつまり、否定をしないという事でもあった。


「ソイツが、もしトールを殺すとしよう。これがある程度訓練を受けた人間なら、一度は落ちつく。もし、一般人なら、より恐慌状態になるかもしれんが、殺害という行動にブレーキがかかる可能性は高い。接触するにせよ避けるにせよ、いい布石になる」

「……ずっと、疑っていたんですか?」


 いつものように間延びした感じではなく、どこか鋭さを思わせる声でアオイが呟く。


「トールから聞いたアオイという女は、肩書はともかく仕事は経理。そして刀を振った事は無いという話だったからな。その時点でお前が彼に嘘を付いている事は分かっていた」


 ゲイリーは、アオイの腰元を――鞘に収まったままの刀を睨む。


「血を拭った跡があったし、人を斬った時特有の刃零れがあった。なにより、拭った跡の真新しさと杜撰な所を見ると……アオイ、お前――」





「この森に来てから、誰か殺したな?」





 女はニッコリと笑い、そして、


「はい♪」


 と無邪気に答えるのだった。

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