023:というかサバイバルブックの罠って9割違法
「これは……獣道だな」
スキルが動物の痕跡を発見したと報告すると、ゲイリーが小さな穴――その部分だけ枝が所々折れ曲がり、葉がパラパラと落ちているためにポッカリと空いたそれを見て、断言する。
「獣道って……これが?」
「ん? あぁ。といっても、まだ道と呼べるほどではないがな」
「……俺、獣道ってもっとこう……細い山道にも見えるような……こう」
「あぁ、うん。言いたい事は分かる。だがコイツはいわば、真新しい出来かけの獣道だ。それも小型のな」
そういえば、確認したせいか今は消えたがスキルでも『小型動物』と説明していたな。
「小動物がここらを水場として認識したのだろう。そして何度か水を飲みに行った結果、小さな道が出来始めたという所だろう」
「まったく同じ道を通って?」
「珍しい事ではない。基本野生動物というものは臆病でな。一度安全だと判断した道を延々と通るんだ。水場、餌場、そして巣を繋ぐな」
なるほど。サイズからして、鼠とかハムスターよりもちょっと大きいくらいだろう。
「捕まえた所で、肉はあんまりなさそうだなぁ」
「あぁ。だが、コイツの痕跡を見て、他の動物がここに水を飲みに来る可能性が出てきた」
「そういうものなのか?」
「そういうものだ。そうして徐々により大きい動物が同じ所を通る事により、獣道というものが出来ていくんだ」
ということは、更に動物が集まる可能性があるわけか。
「トール、拠点を移したのは正解だったかもしれんな」
「ん? 逆じゃなくて?」
動物の通り道になるなら、多少移動する必要はあったかもしれんが、さすがに湖の所は遠すぎる。
上手く行けばここは狩り場になるかもしれんのに。
「いや、意外と人の臭いというのは残る物だ。それに獣は音にも敏感だしな。……加えて、この近くにいるかどうかは分からんが、他の動物の痕跡を追って肉食動物が寄ってくる事も考えられる」
…………怖っ!?
「なるほど。でも、それならなおの事ここはどうする?」
「……今日はここに泊まるとして、少し下流に仮のシェルターを作っておこう。機会があれば、こちらのシェルターは壊しておくべきかもしれんな」
「壊す?」
「下手に残しておいて、野生動物の巣になられてもあれだしな……」
「あぁ、まぁ、確かに……で、その後は?」
「君のスキルと俺の技術なら色々出来るだろう?」
「……罠場か」
さっきみたいに動物の痕跡を勝手にスキルが拾い上げてくれるのなら、森の中の探索効率も上がるだろうし、おそらく罠だって思いつくはずだ。
むお? 確かにイケるっちゃイケるか?
試しに、この出来たて獣道に罠を仕掛ける事を考えてみる。
その瞬間に、予想通りスキルが発動してくれる。
「……なぁ、ゲイリー」
「分かるか? トール」
「あぁ――」
「「紐が足りねぇ……」」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
紐作り自体は、まぁ比較的楽な作業なのだが、この時一番の問題は材料である。
丈夫な草や樹皮などを集める。ここまではいい。
そしてそれらを繊維状に裂き――パスタとか蕎麦みたいな麺みたいにしてしっかり乾燥させることでようやくロープの材料になる。
ここで一番手間と時間を食うのだ。
いや、普段からツタとか使えばいい話なのだが……。
こう、なんというか……作業にしっくりこない時があるのだ。主に太さとか。
「まぁ、明日一日あればある程度の長さ分は作れるだろうが……罠……仕掛ける時間も考えて四つくらいが限界か?」
「スキルがどこまで働いてくれるか次第だな。紐は……もうちょい頑丈かつ長めの草があればいいんだが」
一応紐作りは道具作製に入ってくれているため、植物の茎というか表皮を利用して紐を作る方法も分かったのだが、十分な強度を持つ植物が意外と少ない。
「ツタで代用……ダメだ。さすがに罠に使うとなると目立ちすぎる」
「あぁ、そこだよな」
二人して頭を悩ませているのは、材料を持って来なかった迂闊さ――まぁそもそも紐自体がほとんど使い切ってしまっているのだが――罠をどれだけ作れるかという問題。
そしてなにより、どこに設置するかという問題だった。
「毎回小まめに様子を見に来れる範囲だとよかったんだがな……」
「やっぱ不味いか?」
「基本的に、仕掛けた罠というのは一定間隔で様子を見に行く物だからな。例えば小動物やその死体なんかが引っかかったままだと、それを食べようとする動物を引き寄せる可能性もあるし……ハエとかがたかる可能性もある」
「……あぁ、そうだ。虫の問題があったな」
(多分)鹿肉の時もそれを警戒して煙で燻したりして対策してたけど、結局それらしい羽虫は来なかったしなぁ。すっかり頭から抜けてた。
「後、これも大事なんだが……仕留めた獲物は急いで血抜きして内臓――特に腸を抜かないと肉全体が臭くなるんだ。味にも影響が出る」
「……ひどくなる?」
「ひどくというかエグくなるな」
まじでか。さすがにそれは……栄養的にそれでも食わなきゃいけないときがあっても、衛生的にも感情的にも遠慮したい。
そもそも、ある程度士気を上げるための食事で下がるような事は避けたんだが……。
「ここで全力で紐作って、帰る時にある程度の所に痕跡があれば仕掛けていくか? スキルも使って森の中調べるからさ」
「……だな」
湖の拠点からここまでは、割と移動だけでほぼ一日を費やしてしまう。
この間の引っ越しの時もそうだが、重い荷物を持ってだとさらに速度が落ちる。
……ここ最近は筋肉痛がひどくて俺もちょっと足が落ちてるからなぁ。
出来る事ならもうちょい湖の拠点から……小一時間ちょっとくらい歩いた所なら警戒されないか? そこらに痕跡を見つけ次第罠を仕掛けたい。
……痕跡があれば、だけど。
(結局は数を仕掛けるしかないってことなのかなぁ)
先ほど仕掛けようと思った罠は、紐の先端部を結んで小さな輪を作り、そこに紐を通す事でやや大きめの輪を作る――ちょっとした力ですぐに締まる輪をだ。
それを枝等にしっかり結びつけたうえで輪を小さな枝の破片等で、狙った獲物の大体頭の高さに固定する。
動物が通る方向が分かっている獣道ならではの罠だ。
ここを動物が通れば、頭――首の部分に輪がひっかかり、真っ直ぐ後退でもしない限り輪が締まり、生きたまま捕獲できるという罠だ。
(これだと獲物を殺す必要があるんだけど……慣れなきゃなぁ)
魚を捕まえようとしても、これも結局は殺さなくてはならないわけで。
元々死んでた動物を解体する作業だけでも結構クル物があったのだ。
魚……は、まだ大丈夫かもしれないが、例えば捕まえた兎や鼠の類を俺は殺せるんだろうか?
(……こういう考え方してる場合じゃないか。殺さなきゃ)
なんだろう。こうして文字通り森に放り出されて、色々と考えてしまう……いや、違う。価値観が変わりつつあるというべきか。
こう、なんというか、『そんなこと気にしてられっか!』的な思考に塗りつぶされそうになる時がある。
(あー、イカンイカン。これはマジでイカン。一度思考のハードル下げるとそのまま持ってかれるな)
嫌悪感などは別にいいが、引っ張られて衛生面やモラル面まで落ちれば最悪だ。
仮にもまとめ役に推薦された人間が、意識を下げ続けるわけにもいかない。
(気持ちを入れ替えるか……)
別に立派な人間になろうとかではなく、まぁなんとか恥ずかしくない人間ではあり続けよう。
「とりあえずゲイリー、一応シェルターや資材置き場の様子を確認しておいてくれ。俺は生簀の方を見てくる」
「生簀……あぁ、例の罠か。分かった」
手を軽く振ってから、警戒してシェルターの中を確認するゲイリーを背にして、俺は川の方へと足を向けた。
そして漏斗型に積んだ流木と石の先、引っかかった魚を捕まえておく生簀を覗きこむ。
「…………これ、メダカ?」
そこには、小学校の頃に散々見なれた小魚の群れが、クルクルの同じ中を泳ぎ回っていたのだった。
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