071:人は『利』のために暗躍する

「クラウ、どう? なにか分かった?」


 雨の中に不審な物あり。

 アシュリーとヴィレッタからそう報告を受けた俺は、さっそく他の方向に知識を持っているだろう人間――つまりはクロウに話を持ち掛けた。


「ふむ。ヴィレッタ君が言う『彼女たちが認識できた不純物』以外に、確かに違うものがあるね。しかもやけに精密だ。信じがたいが、目に見えないほどの絡繰り仕掛けの……機械というのだったか? そういうものがある」


 クラウの手のひらの上にはまるでシャボン玉のように拳大ほどの大きさの『水球』が形を変えながらふよふよ浮いている。


「ヴィレッタ、どうして何かがあるとわかった?」


 焚火場の周りでは、アシュリーとテッサが採取した雨の解析をしている。

 ヴィレッタが解析できないと言ったのが本当かどうか、自分で確かめるためだ。


「うまく言語化できないが違和感だ。何かに避けられている……いや、目や耳を塞がれた……背けられた? とにかく、自分の五感が『何か』を避けている。そんな感じがした」

「……サーチスキルを取らせたおかげかな」


 互いの物の見方の違いがスキルにも作用するのではないか。

 そう考えて先日、ヴィレッタには前々からお願いしていた通りサーチスキルを取ってもらっていた。

 そんなものがなくても口に含めば解析できると本人は言っていたが、やはり取っておいてよかったと考えるべきだろう。


「ダメ。私自身で解析してもやっぱりただの純水ね。いえ、もういろいろ混ざってしまって純水とは言えないか」

「ボクもっすねー。クラウさん、そのナノマシンだけ抽出できるッスか?」

「あぁ、今やっているところだが……」

「雨水に対してサーチスキル使っても駄目だったからな。ナノマシンそのものを引っ張り出してくれればどうにかなるかもしれない。……ナノマシンそのものは俺にとっても理解できるものだけど、どういう用途で雨に混ざってんだコレ?」


 周囲は完全に真っ暗で、明かりは焚火の明かりと、それを反射して輝く宙に浮いた水球のみだ。

 ……やっぱり明かりはもっと必要だな。明日は雨除けの屋根と篝火台を増設しよ――いやでも燃料がなぁ。


「どういう用途に使われているかはともかくですねぇ……アシュリーさん達に認識できない何かがあるのは間違いないんですよね?」

「えぇ。ヴィレッタの証言だけだったら正直信じられなかったけど、こうして第三者に『ある』って断言された以上はね」


 自分で確認できないものがあるというためか、アシュリーは少々悔しそうにしている。

 テッサも同じくだ。


「……つまり、少なくとも君たち3人に対してなんらかのアドバンテージを持つ存在がいるということになるのでは? このナノマシンとやらが私たちのような『世界』に呼び寄せられた存在ではなく、あとから誰かに混ぜられたとするのならば、の話だが」


 クラウの推測に、今度はヴィレッタも含めた3人が顔をしかめる。


「わざわざ私達の感覚を避けるように作られている以上、私達を知る人間――とは、断定できないか」


 アシュリーは、ジロリと小さくヴィレッタをにらむ。


「私たちを知るナニカ。つまり、私達の世界からまた何かが来た可能性は十分以上にあるわ」

「それも、ボク達をよく知ってるッスねぇ。じゃなきゃわざわざこういう真似はしませんって」


 どれだけ解析しても無駄だとあきらめたテッサが、する~っと俺の背後に寄ってきて後ろからしがみつく。

 あの……テッサさん。そのピッチリした服装でそれやられると俺もう動けないッス。はい。


「まぁ、ボク的には雨もやっかいかなぁって思ってるんスよ。結局この雨もおかしいわけッスよね?」

「これも科学的な奴?」

「いやまぁ……純水は僕らの暮らしに欠かせなかったですし、実際精製する施設とかありますけど、それを広範囲にばら撒くとか無意味すぎるッスよ」


 テッサさん、つむじのあたりに顎乗せてカクカクさせるのを止めるのです。

 体が微妙に振動するからそれに合わせて胸がですね……。


「クラウさん、ゲイリーさん。魔法的にはどうなんですかぁ?」

「私からすると、水に純度なんてものがあったのかという話なんだが……ゲイリー君はどうだい?」


 まぁ、純水なんて意識しないよなぁ。

 身近なところにあるものなんて、使い捨てコンタクトの保存液だか洗浄液だかがそうだった? くらいの意識だ。


「水を精製する魔法は確かにある。ついでに言えば、純水かどうかはわからんが作り出した水は不味い。というか、味がしない」


 中にミネラル分などがないということだろうか?

 それなら純水っぽいけど……


「それをまぁ、高所で発動できればできないことはないだろうが……これだけの豪雨を、しかも数日に渡ってとなるとかなりの数の術士が必要になる」

「かなりの数ってどのくらいッスか?」

「そうだな……最低でも100人前後、といった所か」

「……もしいるとすれば大勢力だなソレ」


 100人以上の集団とか……まず食い扶持を考えてしまうな。

 それだけの食糧を確保するとなると、狩りとか罠だけじゃあすぐに限界が来る。

 農作業をやるにしても、それが形になるまでは狩猟や採取などを大規模にやる必要がある。

 


「それに加えて、あの雨の中にナノマシンを仕込んだ連中もいるはずッスよ。いるなら、ですけど」

「そんな大所帯なら、もっと簡単に痕跡は見つかると思うわ。ここから離れていたとしても、調理の必要は出てくるし、そうなると火は必ず使うはず。それも大量に」

「となると煙がどっかに立つはずッスねぇ。誰か見かけたッスか?」


 テッサの問いかけに全員首を横に振る

 確かにそういう痕跡は、自分たちの拠点の物以外見たことがない。


「逆にそういうのを隠すことってのはできる?」

「あぁ、簡単さ」


 森の中の専門家であるゲイリーが、カップ一杯の湯冷ましした水を一気に飲み干して答える。


「煙が高いところまでいかないようにするだけだから、適当に葉が生い茂っている枝の下で火を焚けばいいし、火明かりも囲ってしまえば意外と目立たない」

「……隠れようと思えばいくらでも隠れられるか」


 もし、本当に隠れている人間がいるとなると面倒だなぁ。

 少人数なら問題なさそうだが……。

 いやいや、油断は禁物か。ウチの面子なんてグレース以外全員が荒事に長けた人間だ。

 自分みたいなのがイレギュラーで、本来はそういう技能に長けた人間を集めていたという方が納得できる。


(ヴィレッタの制限全部取っ払って、武装系のスキル全部使用可能にしておくか?)


 自分の護衛は正直グレース以外の誰か一人がいればいい。

 アオイは、自分もテッサもいないときはクラウ――正確にはクロウを頼れと言っていた。

 よくわからんが、多分向こう側にいる間にそれなりの信頼関係を築いたんだろう。

 たまに一緒に遊んでるし、互いの力量もその時に確認したんだろうか。


「ん~~~~~」


 しばらくアオイはチビチビとお湯を飲みながら考えていたが、考えがまとまったのかカップを机代わりの平らな石の上に置く。


「トールさんトールさん」

「はいはい」

「雨あがり次第片っ端から森に火をつけていきませんか?」

「テッサ、被疑者確保」

「了解ッス!」

「そんな! なぜ!!?」


 なぜじゃねーよアホウ。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







「やぁゲイリー君。浮かない顔をしているが大丈夫かい」


 そろそろ寝る準備をしようと皆が火の側を離れ始めたあたりで、まだ火に当たっていたゲイリーにクラウが声をかけた。


「あぁ、クラウか。問題ないよ。ちょっと考え事をあってな」

「この雨の事かい?」

「まぁな」


 カップの中の湯冷ましに指を入れて軽くかき混ぜる。

 小さいナニカが中に混ざっていると聞いてさすがに煮沸しただけの水を飲むのは怖くなり、クラウが念入りに貯水池の水を調べて除外した。


 その上にトールが即席の蓋を作って覆いかぶせたり、周辺に魔法でちょっとしたせきを作ったりして、雨水が簡単に入ってこないようにしている。


「文字通り命綱の水に得体のしれないものが入っている……というのは気味が悪いものだな」

「まったくだ。アオイ君は全く気にせずにガブガブ煮沸して飲んでいたがな」


 怖いもの知らずというべきなのか、アオイは「なんだろうと水の色が透明ならば煮沸すれば大丈夫です!!」と言って普通に飲もうとしていた。

 トールが一応サーチかけて、その後念のためにクラウが調べて問題なしとされたが……。


「あれは、君の国が敵対していた国の物……とはまだ断定できないわけだが、近いものではあるのだろう?」

「一応わ、ね。ただ、そこまで詳しいわけじゃないんだ。連中が目に見えないほど小さな機械を使えるというのは知っていたけど、具体的な使い道なんてほとんど知らなかった」


 安全だと一応お墨付きをもらった水をカップの中で揺らすゲイリーの目は、クラウから見て随分と自信なさげに見えた。


「奴らの中で、特に身体を改造している連中は自分の体の中にアレを大量に飼っているらしい」

「飼う、とは何のためにだい?」

「なんでも、そうすることで体の中から怪我や病を治したり、それに一部の毒を無害化できるとか……どこまで本当かは分らんがそういうことが出来るらしい」

「私の世界でも、体の中に虫を飼っている魔物の話なら聞いたことがあるが、理屈的には同じなのかな。実に興味深い。明日、改めてトール君と一緒に抽出に成功したモノを調べる予定だが、実に楽しみだ」


 クラウはゲイリーの隣に腰を下ろし、適当な枝を数本火の中に放り込む。


「それに関係することだが……もし、君の世界の魔術師が大勢いればこの雨を降らせるというのは本当かい?」

「……できないことはない。――と、思う。純度どうこうの話は分からないが……」

「しかし、この世界で君は魔法が使えなくなっているのだろう?」


 クラウの疑問に、ゲイリーは顔をうつむかせ、


「まぁ、俺は……な。魔術師としてそこまで強かったわけじゃない。自分よりも優秀な魔術師なら、あるいは魔法の行使も可能なのかもしれない」

「そうか、魔術師が君一人しかいないからそういう検証が難しいのか……」


 自分も今現在、たった一人の錬金術師であるクラウは苦笑いして肩をすくめる。


「念のために周辺に罠を仕掛けておこう。皆がここに集結している今なら、手持ちの針金や破材だけでなんとかなるだろう」

「そうだな、自分も手伝おう」


 そうしてゲイリーは立ち上がり、乾かしておいた木材を紐で束ねた物を背中に簡単に背負った。

 そしてクラウと共に、辺りの警戒を強めるために松明のわずかな明かりを頼りに歩きだす。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







 一組の男と女――いや、二人の女が出かけていく様を、一人の女――グレース=ミューズがじっと自分のシェルターの中から覗いていた。


(数が多い集団がいるかもしれない、か)


 今は使えないが、自分の切り札だった声の力が――いや、それ以外の力も全部失った今、うかつな真似は出来ない。


(どうしよう……。強いのは当然数の多い方だけど……)


 重要なのは、自分の身の安否である。

 強い方についた結果、ぞんざいに扱われる――あるいは酷い扱いを受けるようになったでは割に合わない。


(ここの人たちは、女性が多いのはいいけど武闘派が多い)


 刀をぶら下げているアオイに軍人であるアシュリーたち三人組、それに敵対していたというゲイリー。


(あのモノクロつけた人は、たまになんだか男っぽくなるし……)


 口調が丁寧な時はどこか中性的な、それでも女性らしさがあるのに対して、たまにモノクロを外しているときはトールとやんちゃな男の子同士のようなやり取りをしている所をグレースはしっかりと見ていた。


(ちょっと辺りを歩いてみたけど、自分が歩いた後は足跡が残ってる。隠密スキルも消えちゃってるっていうことは他のスキルも全部消えちゃってる……なんてことっ!)


 そして、今この場に集まった面子の中で一番焦り、追い詰められているのも彼女だった。

 なにせ、彼女がもっとも頼りにしていた武器がすべて消えているのだから。


(どうしよう。今のままなら安全だけど、トールとかいう子供一人の動きですぐにグラつく力の強いグループなんて信用できないじゃない)


 帰る方法。見つかればそれに越したことはないが、グレースの中での優先順位は低い。

 とにかく身を預けるのに信頼できる状況を作らないと。

 それが彼女の第一目標だった。


(女になれるみたいなことも言っていたけど、人格はさすがにそのままだろうし……)


 グレースにとって、男がいるのはそれだけで大きいマイナスだった。

 彼女が自分の世界で歌手として輝いていた時も、彼女にとって男は自分の足を引っ張ったり、頭を押さえつけてくるうっとうしい存在だった。


 こっちの世界ではもっと酷い。

 もっとおぞましくて、凄惨で、陰気で、――グレースにとっての『恐怖』そのものだった。


(トール派閥とでもいう方が過半数を占めていて、かつ強い。付くなら迷わずそっちではあるけど)


 逆にいえば、トールがいなくなればバランスは崩れる。

 クラウは理性的に行動するだろうし、死因次第ではアオイやテッサもあるいは……。

 だが、それでもグループは二つに割れるだろう。


(数が多いグループがいるなら、潰れてもらわないと困る。合流されるのも困る)


 つまり、グレースの理想としては――


 このグループが他のグループとぶつかり勝利した結果、トールが上手く行方不明になってくれることだった。



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異世界サバイバルに、神様なんていらない! rikka @ario-orio

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