056:『潜むモノ』

 魔法という名の整地技術を手に入れてから四日。

 そう、あれから四日経った。


 あれから色々あった。

 例えば、解体直前の最後の獣罠にやたら元気な野豚がかかっていて仕留めるのに苦労したり、湖の残る罠を回収してたらなんか馬鹿でかいナマズっぽい魚が跳ねるのを目撃したり、アシュリーからのボディタッチが増えたり……うん、まぁ色々……。


 で、そういうアレコレを終えて――ようやく出発。


 道中、道を作りながら。


「魔法使いのやる事じゃないよねコレ。イメージ的に」

「リーダー君の思う魔法使いがどういう物か知らないが……樹内世界だと結構そんな感じたったよ」

「マジでか」


 前回の時は川に沿って進んでいたのだが、今回は事前に先行していたアシュリーによって最短ルートが確定していた。

 俺の仕事は、この四日で集めた白い石をガッツリ使って、最短ルートの『道路』を作る事だった。

 道っていうよりは、細い一本道の『目印』の設置という方が正しいか。

 最終的には広げてしっかりした道に出来たらいいなぁと皆言っているが……。


 これすっごい疲れるんだけど。え、これ更に広げるの?


 ……広げなきゃ駄目なんだろうなぁ、実際。


 とりあえず、ちょうど半分程の所でそれぞれの簡易シェルターと焚き木を起こし、一息ついたところだ。


 アシュリーとテッサは、いくつかの道具を持って先行している。

 自分達がシェルターを建てようとしている林付近で、先に材料を集めるためだ。

 あの二人なら自分達だけのシェルターならさっさと作れるし、特殊スーツのおかげで最悪野宿でも低体温症の危険にさらされる事は無い。

 唯一怖いのは虫や獣だけど……一応虫よけ獣よけの対策はあるらしいで信じよう。


 そして日が暮れた今、俺は仮拠点から離れた場所で、これまでほとんど話していない女性と話していた。


「思えば、『クロウ』とはそれなりに話していたけど『クラウ』とはそこまでだったな」


 錬金術師、クラウ=クロス。半男半女として生まれ育ち、そのために殺されかけ、内に潜む食人鬼を産み出し、先日目の前で自殺しようとしていた女。


「とりあえず落ち着いた? ……あぁ、大丈夫。今サーチかけたけど周りに誰もいないから」


 まぁ、あくまでサーチの範囲内はだけど。


「それはいい。むしろ、全てを皆に話した方がいいと思うんだが……」


 いや、アオイはまぁ知っているけど、自分食わせていますとか冷静に考えなくても頭おかしいから。

 ドン引きされちゃうと今後のグループ行動に支障が出る可能性あるんでちょっと……。


「状況がもうちょい落ちついてからの方がいいだろう。で、身体の方はどうだ?」


 さっそく本題について尋ねると、クラウは服のボタンを外して前をはだけさせる。

 いや、あの……身体は女でも心は男なんですがそれは。


「君からいただいた一部の中に、性別を変える……というより、性別を強める構成要素が見つかった。これのおかげで『崩壊』までの時間は引き延ばせた」


 その身体は、様々な所がツギハギだらけだった。 

 胸も腰も腕も腹も、所々に抜糸した痕が残っている。


「身体が完全に『崩壊』するまでの期間は?」

「現状だと……おおよそ一年――あぁ、えぇと……三百日くらいといった所だ」

「よし、大分伸びたな」


 クロウが慌てて俺を食った理由も含めて、あの後――そして俺が男に戻ろうとする前まで――聞いていたが、やはりろくな研究もない中を手探りで自分の体をイジるのには代償が付いた。

 身体の崩壊だ。


「ただ、身を刺すような痛みはもうない。こうして歩きまわっていても特に疲労を感じないほどだ」

「ん、そっか。なら後は身体の治療法だけ……だけなんだけどなぁ」


 今のままだと身体が持たない。そう言ったのはクロウだった。

 向こうにいた時から、ちょくちょく自分の身体を錬金術で『補修』をしていたらしいがそれにも限界があり、かつこの環境下では限界があるだろうとクラウも諦め気味だったということだ。


「このまま俺を喰い続けてどうにか治せないか?」

「私個人としては、それも勘弁したいのだが……いずれにせよ無理だろう。せめて、完全な錬金術が使えるような工房設備がないとどうしようもない」

「治すには、だろ? 延命は?」

「それは……」


 ヴィレッタとは違う方向にクールビューティなクラウだ。

 仏頂面のヴィレッタに対して、いつも静かに微笑んでるクラウが、顔を苦悶に歪めている。


「その……可能だ。おそらく」


 よし、ならどうにかなる。

 少なくと自己再生が効く範囲でクロウにちょいちょい喰ってもらえばいきなり腕や足が取れるようなことにはならんみたいだ。


「ん。身体がヤバいと思った時はすぐに言ってくれ。多分、その前にクロウが出てくると思うけど」


 できればそういう場所もこっそり作っておくべきか。

 自己再生があるとはいえ、ある程度は衛生的な環境を作っておきたい。

 サーチで抗菌作用のある葉っぱとか探しておくか。


「……どうしてだい? リーダー君」

「んお?」

「どうして君は、そこまでして私を救ってくれるんだい? 文字通り、身を削ってまで」


 ……。

 そうしたいって思っただけなんだよなぁ。

 ……カッコつけて言えば、だけど。

 本心? こうだろうなぁっていうのはあるけど、それを口に出して認められる程いい男じゃない。


「うまく言葉に出来ないけどさ」


 今の俺に言える事があるんなら……。


「クロウに刺されて、そん時に選択肢が思いつかなくて俺を食えって言った時、アイツは確かに戸惑ったんだ」


 クロウにも言った事だけどさ。


「人を傷つける事に罪悪感をキチンと持ってる奴には、まだ手が差し伸べられると思った」


 こんな頼れるモノが限られている世界に放り出されてるんだ。

 目の前であんな……あぁ、そうだよ。


「明らかに悪い事をしたと泣きそうな顔をする奴、放り出せないよ」


 嘘じゃない。嘘じゃないんだ。

 手を差し伸べるという行動の根源にあるのが、もっとしょうもない、自尊心を満たすという浅ましい欲求からだって事は他でもない自分が一番良く分かっている。

 自分がいい奴から程遠い、もっとこう……ドロドロした人間だという自覚はある。

 だけど――


「うん、だから……助けたいって思ったんだ。力になりたいって思ってしまったんだ」


 嘘じゃない。

 それは間違いなく嘘じゃない。

 そして、そう思ってしまったのだから。思ってしまったのなら。

 ――もう、出来る事をすべてやりきるしかないじゃないか。


「……リーダー君」

「ん?」

「薄々。あぁ、薄々……私は気付いていた」

「??」


 クロウの存在……いや、クロウのやっている事か?


「いつも、都合良く人の肉が手に入るはずはない。都合良く、人のソレを錬金加工し口にするというおぞましい行為の記憶がない。にもかかわらず身体がちゃんと女になり、その後も安定しているという事の裏に、どれだけ恐ろしい事実が潜んでいるか……気付いていた」


 まぁ、そりゃなぁ。


「だが、ホッとしていたのも事実だ。身体が普通の人に近づけば、ふとした拍子に殺される危険も減る。人並みの幸せは掴めなくとも、隠れ住むには十分な環境が整いつつあった」

「…………」

「リーダー君。私は結局、そういう女だ。アイツが君を襲ったのも、結局は私の強い願望がそうさせたのだろう」


 あぁ、そういやそんな事言ってたなぁ。

 やっぱりクロウは、クラウのストレスを軽減させるために生まれた人格と見るべきか。


 ……ストレスの元になる体質が無くなったら消えたりしないだろうな?

 その前に精神の分離と、身体を用意できるようになっておくべきか。


 出来るかどうかはわからんけど。


「自身の保身のために人を殺し、食い、罪を隠蔽し、そうして隠れ住む卑怯な女。そんな女に、生きる価値はあるのだろうか?」

「ある」


 なにを言っているんだコイツは。

 ……。

 …………。


 いや、そんなポカーンとした顔されても。


「あるに決まっている」

「君がいなければ、あるいは君の仲間を襲っていたかもしれない」

「喰っていい俺がいる。ならいいだろ」


 仮定の罪の話をしてどうするってんだ。

 そんなに自分を……あぁ、そういうこと。


 こいつ、責められたいのか。


「まぁ、そっちの世界じゃ確かに裁かれるべき事なんだろうさ。けど、俺からすりゃ弱い――いや、人と違う生まれ方をした奴を排除するその社会の方にこそ唾を吐きてぇし……それになにより」

「なにより?」

「お前、死にたくなくて殺したんだろ? お前の欲求から生まれたクロウは」


 殺す理由っていうのは色々あるんだろう。

 怒り、嫉妬、事故、愛憎、金、無邪気、狂気――それに、悪意。


 殺人を肯定するわけじゃないけど、平和な俺たちの社会でもそれは確かに起こっていて……。

 加えて、それでもその人は守られている。


「クロウの言う事が全て真実なら、相手は全てクラウに害意を持つ人間ばっかだったようだし……そこん所はどう?」

「……多分、そのとおりだ」


 ん。セーフ。

 少なくとも、裁くのは俺じゃない。

 違う社会性で生きている俺じゃ裁けない。


「死にたくなくて、殺人が怖くて、それを裁かれたくて、でもそれも怖い」


 クラウの発言から分析すると、考えているのは大体こんな所だと思う。多分。

 要するに――普通の人じゃん。行動以外は。


「まぁ、元の所での事はなんとも言えんから、この世界でグループのリーダーになってる人間として言わせてもらうならさ」


 だから、いいんだ。


「生きろ。死ぬな。ヒントがここにある。命を繋ぐモノがここにあるんだ」


 トントン、と指で自分の胸を叩く。

 ……胸で思いだしたけど、そろそろ服ちゃんと着てくれませんかね。


「こうして会って、一緒に飯食って仕事して……一緒に生きてるんだ。死んで俺を泣かせないでくれ」


 いやホントに。

 短い間とはいえこうして仲良くなれてるんだから、死んじゃ駄目よ。


「……リーダー君」


 ういうい。


「樹内世界という閉鎖的な世界において、私もそれなりに色々な人間を見てきたが」


 うんうん。


「君ほど恐ろしい人間は初めて見る」


 おう……おん?!


「……異議を申し立てたい!」

「ふふっ」


 いや笑ってんじゃねーよ異議を聞けよ! 俺のどこが恐ろしいのか説明してみろコルァ!!


「リーダー君。……ありがとう」


 いやありがとうじゃなくて!


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