幕間 ~拠点の朝会議~
「つまりぃ……洞窟の中で争いらしき痕跡と白骨死体、その人達の持ち物を発見したのですが、回収したモノ以外は全て消失。その後森を抜けた浜辺で新しい世界の人を拾って、今帰ってきているということですねぇ?」
「えぇ、そうみたい。一応向こうで一泊したけど、食糧が現地調達だけじゃあ不安だから、今急いで帰還してるって」
トール達が出発してから三日目の朝。
朝食を終えたアオイ達は、以前作った虫用の罠にかかった虫を釣り針に仕掛ける作業をしながら、テッサとヴィレッタから頭に直接届けられた報告を、アシュリーは二人に報告していた。
「トール以外にスキル持ちがいて、そして彼らは争い合っている……そういう事か」
苦虫を噛み潰したような顔でゲイリーが呟く横で、アオイはいつもの笑顔で先ほど口にした魚の干物を咀嚼しながら、魚の餌となる虫の用意を進めていた。
「まぁ、トールさん以外にそういう人達が現れる可能性は考えていましたけど、すでに殺し合ってくれてるのは予想外でしたねぇ。まぁ、こちらとしては都合がいいですけどぉ」
「都合がいい?」
「いや、他の人がスキルを持つと碌な事にならないと思うので……特にトールさんの世界というか、国の人間は」
食事場になっている中央の焼き日とは別に、生木を燃やしてわざと煙を発生させている焚き木が風下にある。
トールがいない間に捕まえた魚や獣を燻すための焚き木だ。
一方風上の方には、小さい範囲を囲う即席の柵が出来ている。
先日捕まえた大きなリスを捕まえている物だ。
「む、どうしてだ? トールと同じような考えを持つ人間ならば、それなりに上手くやっていけるのでは?」
「逆ですよ逆。絶対酷い事になりますよぉ」
バッタのような虫から足を羽をむしり、釣り糸にくくりつけてある真っ直ぐな釣り針を腹に突き刺し、埋め込んでいく。
「先日の一件で、あのスキルっていうのは本人の経験に沿うものを強化するか、あるいは心から欲している物が習得候補に入るんだろうって私は考えています」
アシュリーは、そしてゲイリーは思い出す。
あの時、すぐにも死にそうだったトールが、それを即座に補うようなスキルを引きだし、回復した時の事を。
「まぁ、かなり強く願うか、あるいはいくつかの条件がないとそうそう簡単に望んだ通りのスキルは手に入らないでしょうけどぉ」
「それは分かるが……なぜ、トール以外にスキル持ちがいてはいけないんだ?」
「単純に物騒な馬鹿が増えるからっていうのもありますけど、多分私達が完全に二つに別れちゃいます」
釣り針の大きさが不満だったのか、手にした釣り針を手造りナイフ――例の岩場で見つけた黒曜石を削った物だ――で削りながら、アオイは次の仕掛けを作っていく。
「まず、基本的にトールさんの所ってこういう環境で生活する事はないでしょうから、その時点で精神のバランスが壊れてしまうでしょう」
平常心を保つ事は大切だ。
全ての基本であると同時に、最も難しいことである。
ここにいる三人はそれを理解している。
「で、その先にスキルなんて便利な道具を手に入れたら……最初はいいかもしれませんが、手にしたスキルの内容次第だとリーダーぶるかもしれません。あるいは、内にひそめた傲慢の芽が開くかもしれません。力をひけらかしたいのは、恐らく誰もが持っている欲求でしょうし」
「なら、ソイツを追放するだけで済むんじゃないか? トールは反対するかもしれないが」
「いえ。そうなった時、スキルを持った誰かさんを煽てあげるか、ひっそり匿うだろう人がそこにいますから」
そうでしょう? と言う目でアシュリーを見るアオイに、当の方人は「ん~~」と、唇に指を当てながらしばし考え、
「そう、ね。多分そうする……と、思うわ」
「お前まだ……っ」
ゲイリーの睨みなど気にせず、アシュリーは続ける。
「生半可なことでは制御できない精神性のトール君に、それをガードする貴女の組み合わせは厄介な事この上ないわ。銃火器や装備もないし。そこに適度にチョロいスキル持ちが現れると言うのなら、こちらにとっては確かに都合がいいわ」
アシュリーはごく普通にそう告げながら、ゲイリーが編んだ紐にアオイが仕掛けた餌と針付きの短い紐を、一本の長い紐に一定間隔で結び付けていく。
「随分と素直ですねぇ」
「貴女相手に小細工は通じないでしょ。トール君も」
アシュリーはほとんど開き直った様な様子で小さく微笑む。
「まぁ、そういう小物がどれだけ役に立つかは分からないけど。そういうのにかぎって闘争心はありそうだから、利用できるならさせてもらう事になるでしょうね」
「トールさんとは違う意味で面倒ですよぉ、それ」
「でしょうね」
他人の事などわからないが、アシュリーにとってトールとは、『味方になってくれれば心強い』範疇に入る人間だった。
だからこそ、出来るだけ彼の関心を引きたいし、それこそ強行手段をとっても掌中に収めたかった。
「普通の人があんな力手に入れたら、舞い上がって乱用しちゃいますよぉ。それこそ、洞窟の中で亡くなっていた人たちは、スキルで殺害されたんでしょう?」
「えぇ、そうらしいわね」
「断言しますけど、同じような事になると思いますよ。もし、現れたら」
「……そうねぇ」
もし、そんな存在が現れたら真っ先に接触するつもりではあるが、やはりその可能性は捨てきれない。
それはアシュリーも考えていた。
「ま、今はそれよりも新人さんの方が問題でしょ」
ただ、結局全ては仮定の話でしかない。
もっとも大事なのは、現実に現れた新しい来訪者についてだ。
「ゲイリー、そちらの技術に近い様だけどどう?」
「お前な……まぁいい。実際にその光景を見てみないとなんとも言えないが……凄まじいの一言に尽きるな」
「そもそも、ゲイリーさんの魔法ってどういう物だったんですかぁ? 今は使えないそうですが」
現状、アオイの目からすればゲイリーの役割は純粋な労働力に近かった。
狩猟の経験や知識が豊富というのはありがたいが、それ以上というわけでもない。
「俺の専門は土や砂の操作だ。作物が育ちやすい様に改良したり、あるいは成長を早めたり……あぁ、あんまり自分でした事は無いが、ガラスの作製なんかも出来る。戦闘では……その場で防壁を作ったり、土のゴーレムで敵を迎撃するのが主な役割だった」
「なるほどぉ。つまりゲイリーさんは、土いじりのプロなんですねぇ?」
「おいその言い方止めろ。なんか腹が立つ」
嫌みだかそうでないのか、にこにこ笑いながらそう言うアオイに、ゲイリーが顔をしかめる。
「物質に永続的な効果を付けられる魔法というのは、俺たちの世界にはほぼ存在しないんだ。ゴーレム作製のような例外こそあるが、アレだって対応する魔素の濃い部分でなければ動けない」
「……じゃあ、新入りさんの言ってるような技術は基本全部無理だと?」
「あぁ。少なくとも俺には出来ない」
ゲイリーの断言に、アオイは『なるほどぉ』と呟く。
「これは思った以上に、役に立ってくれそうですねぇ」
「えぇ、ただ……」
アシュリーもまた、新しい世界からの来訪者を歓迎している人間だった。
全く関わりのない第三者がグループに加わるのは今の空気の払拭に役立つし、なにより全く聞いた事のない技術や知識の収集は、軍人としても個人としても好ましいことだ。
「ただ、どうした?」
「うちの子が変な事言ってるのよねぇ」
「どちらですかぁ?」
「テッサ。……ほら、貴女と妙に意気投合してたブロンドの」
「あぁ、テッサさん。それで、なんて?」
「新入りの事を、『死臭がする良く分からない生き物』……って言ってるんだけど。これ、どういう事かしら?」
「あぁ――」
「大丈夫ですよぉ。良く分からないなら、とりあえずトールさんに投げておけば上手くいきますよぉ♪」
「……ねぇ、それ本当に大丈夫なの?」
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