050:合流。(副題・とある二人の密会)
「ほう、すでに連絡が行っていたというのは本当だったのだね。いやはや、君達三人の技術も興味深い」
あれから急いで帰還したが、やはりそれでも二日かかった。
途中の食糧が少々不安だったが、テッサとヴィレッタがサバイバルパックに入ってる釣り糸と釣り針を使って魚を釣ってきてくれたおかげでどうにかなった。
……やっぱり、予備の道具って大事だな。
こういう緊急時にはホントに大事だ。
今度、散々使った弁当箱を一度殺菌して、そういうものを詰めておくか。
一度デカい器に水ごと入れて長時間煮沸してやれば多分大丈夫だろう。
「聞いているだろうが改めて。錬金術師。クラウ=クラスだ。なにぶん迷惑をかけるだろうが、よろしく頼む」
事前に連絡をしていたので、既にクラウの分のシェルターは完成している。
やっぱり通信という物は便利だ。おかげで夕暮れから作業を始めたりする必要がなくなった。
モノクルに青のセミロングの男装という特徴的な女性新人が、頭を下げてアオイ達に挨拶をする。
「いえいえ、これからよろしくお願いしますぅ。元奴隷管理官のアオイと申します!」
職業は言わなくてもよかったんじゃないかなアオイ!
「ゲイリー。まぁ、貴族だった男だ。同じく頼む」
「アシュリー=エア。そこの二人の上官よ。よろしくね」
続く二人の様子に、クラウは小さく微笑んだまま「ありがとう」と返答する。
とりあえずいつもの中央の焚火場――俺がいない間に用意したのだろう。それぞれが腰掛けられるように適当な大きな流木が三本用意されていた。
焚火を囲うように三角形になっている。
とりあえずそれぞれが適当に座り――俺の横にはアオイとクラウが座っている――事前に用意してくれていた足湯で疲れた足を癒す。
「さて、トール。色々と尋ねたいことはあるんだが……それが戦利品か?」
「ああ」
俺とテッサが背負っているバックパック、その中身を火から遠ざけた所に並べていく。
「小ぶりのフライパン、丈夫な……木か? それで出来たバスケットに鉄……いや、やけにかるい金属で出来たマグカップにロープ一束。歯ブラシ、金属の器に衣類、か。……? 靴はなかったのか?」
「無かった。どの死体にも、足元に完全に干からびた繊維がいくつか落ちてたっぽいから、サンダルとか草履とかそれっぽいのを自作してたんだと思う」
多分だけどな。
「なるほど。つまり、元々履いていただろう履物が使い物にならなくなるくらい長い期間いたという事か」
「……トールさん、一人も履物を履いてる人はいなかったんですよねぇ?」
「あぁ、なかった」
「なるほど」
唐突にそう聞いて来たアオイは、珍しく真面目な顔をして俺に質問してきた。
「テッサさん。洞窟周りは調べましたよね? 足跡の類は?」
「なかったッス。ボクもそこは気になってたッスけど……」
え、なんで? 半年も時間立ってたら足跡消えてもおかしくない?
俺が思わずそう尋ねると、それに答えたのはヴィレッタさんだ。
「我々が探索した時、すでにいくつか、ないとおかしい物があっただろう? 例えば、あの薪を割るのに作ったと思われるナタなどだ」
あぁ、そういえば確かに刃物の類は一切なかったな。
気になっちゃあいたが……。
「誰かが回収したと? それならバックパックごと持っていった方がいいんじゃね?」
「必要な物だけ回収したという事もありえるッスからねぇ。まぁ、ボクが見た所そういう痕跡はなかったッスよ」
だろうな。俺もあの時、――正確にいえば――近くに生存者がいないか気になって調べたけどそんな気配はなかった。
「あ、そうだ。トールさん、白骨死体が着ていた服を見せてくれませんか?」
「あぁ、こっちのバックパックに入ってる。ほら」
バックパックを渡してやると、アオイは中の服を畳んだ状態のまま次々に確認していき――
「ん~、一つだけ私達の国の物がありますね。これは……南西郡の炭坑地域の作業服……だったハズです」
「炭鉱……石炭かい?」
「いえ、泥炭です」
燃料については詳しいと言っていたクラウの質問に、アオイが答える。
風で火を煽らない様にアオイがゆっくり広げたのは、オレンジ色のツナギの様な服だった。
「泥炭は、燃料として以外にも色々と使い道があるらしいのでウチじゃあ結構使ってたんですよ」
「ふむ? 肥料かね?」
「ですねぇ、知ってるのだと。あとは、酷い臭いがする何かの工場とかじゃあ消臭に使うとかなんとか……専門の部署じゃなかったのでよく知りませんが、結構たくさんの奴隷を送り込んでましたぁ」
お、おう。
相変わらずのドン引きトークだけど、まぁ今回は大人しめなのでヨシとしよう。
しかし、泥炭か。
良く分からないけど、色々な物に使えるなら探してみるのもいいかもしれん。
明日アオイに詳しく聞いてみよう。
「で、知ってるのは一つだけか? 他には?」
「ありません! 衣装一覧は全部暗記しているので間違いありません!」
……そういや、服に関しても着れる物は限られてるって言ってたっけか。
「まぁ、変な骨格の奴とかいたしなぁ。結構バラバラなんだろう」
「あぁ、いたッスね。ま、そういう人間――えぇ、人間がいたとしたも不思議じゃあないッス。ねぇ、ヴィレッタさん」
「あぁ。世界は広いということだろう。想像もしていなかったような人間が、ここには集まる」
なんで俺を見てそれを言うんですかね。
帰り道でもずっと視線を感じてたんですけど。
「む、個人的にその遺骨はちょっと見てみたかったな。帰る時に、私達が寝泊まりした場所の近くにあった洞窟だろう?」
「あぁ、どういうわけか全部消えちまったけど……ちなみに、そういう現象ってクラウの所であった?」
「ん?」
「人が消えたりとか、唐突に施設とかほら穴とかに変化が起こる事」
「……そう、だなぁ」
クラウはモノクルを外し、袖で誇りや汚れを拭って軽く暮れかかっている夕日にかざす。
「少々違うが、人が消えると言う事は確かにあったな。樹上地区――要するに、ほぼ外なんだが、そこには私達の様な錬金術師や職人たちの仕事場になっていてね」
「外?」
「私達の生活空間というのはいわば密閉空間でね。火などの取り扱いのほとんどは外か、外壁に近い限られた場所でしか扱えなくてね? ほら、なにせとてつもなく頑丈な樹とはやはる樹木だ。火の取り扱いにはかなり制限があった」
まぁ、だろうな。
「だから、人が余裕で渡れる程の枝の上などを間違っても落ちないように改造しながら、葉や枝の上に工房区や、職人居住区を作っているのだが……そこで人が消える事がたまにあってね」
「……行方不明か」
「あぁ」
遠慮しているのか、他の人間がパクついている焼肉――あの美味い黒リスのだ。アオイ達が取っておいてくれたらしい――を、ちびちびと齧っている。
どうせ明日から色々働いてもらうし、ここ数日は食べる物も限られているんだからもっとしっかり食っていいのに。
肉……はともかく魚の方はアオイ達が増強してくれた釣り罠や魚籠のおかげでそれなりにストックがある。
長持ちさせるように加工しているとはいえ、いつまで持つか分からんしジャンジャン食ってくれ。
「心当たりはないんスか?」
テッサがクラウに尋ねる。
だから、なんでそう挑発的なのよ。一回頼むから待ってくれって。
「ないんだ。私もこの件に関しては調査を進めていて……なにせ、家族もいなくなっているからね。落下した形跡も無いから本当に手掛かりがないんだよ」
「……あン? どういうことッスか?」
「そのまんまの意味だ。気が付いたらいなくなっていてね」
逆に野草の方は結構食べてるな。食欲がないというわけではなさそうだ。
よかった。かなりの強行軍だったから、疲労が溜まってるかと思ったけど大丈夫みたいだ。
「……どういうことッスか?」
「なにがだね?」
おい、テッサ――
「アンタ、ボク達が出会った生き物と同一……ッスよね?」
……生き物?
「む? 当たり前だろう? どうかしたのかね?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なるほどなるほどぉ……」
アオイとテッサの二人は少し離れたで話をしていた。
他には誰もいない。皆、それぞれの時間を過ごしている。
トールと新入りのクラウは、さすがに疲れたのかそれぞれシェルターに入り、ゲイリーは中央の焚火場で紐を組み続けていて、アシュリーは黒リスの残った骨で釣り針等を作り、ヴィレッタは湖の方へと行った。
「えぇ、テッサさんが警戒したのも分かりました。なるほど……ヴィレッタさんは気付かなかったんですかね?」
アオイとテッサ。互いに笑みを張り付けるタイプという共通点を持つ二人は、今はその仮面を外していた。
「あの人、データ頼りなんスよ。こう、経験が薄いというか想定外に弱いというか……。危険って事には気付いているんでしょうけど、どう危険なのかは分かってないッスねぇ」
「つまり死臭。そして血の臭いにだけ気付いたと?」
「多分そうッス」
「……なるほど」
アオイは、手にしたナイフ――テッサから渡されていたそれをクルクルと器用に回しながら、考える。
「で、そちらの考えは?」
「今の内に暗殺を」
テッサが、真っ直ぐアオイの姿を見て断言する。
「罪は全部ボクに押し付けてもらって構わないッスから、今すぐにでも」
「……と、思っていたって所ですかね」
だが、アオイはその裏すら見通す。
「じゃなきゃ、貴女一人でもう寝首を掻きに行ってたでしょう?」
「…………うッス」
最初は黙っていたテッサだが、アオイを誤魔化す事は出来ないと感じたのか、小さくつぶやく。
「もう少し様子を見ましょう。テッサさんも妙な物を感じたから、私に相談しに来たのでしょう?」
「……隊長達は、あくまで自分の隊にとっての方法を考えるッスから……どうしようとちょっと迷ってたッス」
「で、私が同調するようなら今晩行動を起こそうと?」
「うッス」
アオイが小さく笑みを浮かべる。
いつものニコニコした物ではない、本当に小さな笑みだ。
「まさか、トールさん以外に私を頼ってくれる人がいるとは思いませんでしたよ。それも、一度は敵対したのに」
「すみません。ちょっと悩んだッスけど、他には適任がいなくて……」
「あぁ、気にしないでください。結構嬉しいんですから」
少しシュンとしたようなテッサの頭に、アオイはポンポンと手を乗せて軽く撫でる。
「テッサさんの警戒は当然です。もし、私が一人でアレと遭遇していたら迷わず斬っていましたよぉ」
「……じゃあ、やっぱり」
「えぇ」
「――あの人、人を食べてますね。それも結構」
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