014:おかしいのはスキルか、それとも――


「あ~~、実は俺もちょっと皆に聞きたい事があるんだけどいいか?」


 タイミングは意外と早く来た。

 ゲイリーとアシュリーの情報交換は、俺も一応耳を傾けていたが、結局の所進展なしという事だった。

 その後、いい加減に食べ飽きてきた野草――そろそろ本っ当にタンパク質が欲しい。なんというか、確かに完全な空腹になる事はないけど満足感がないのだ。果実の甘味も、ずっと続くとさすがにつらい。


「皆の今の持ち物は一応把握しているけどさ」


 アオイは刀と、俺が渡したノートと筆記具。

 ゲイリーは布数枚に折れた弓。矢筒は失くしたと言うことだ。

 アシュリーはほぼ手ぶら。強いて言うなら耐寒、耐暑機能付きの特殊スーツだろうか。

 本当はナイフを始めとするサバイバルパックを持っていたらしいのだが、ゲイリーとの格闘で紛失したらしい。

 ……川を下りながら探っていけば見つかるだろうか?


「その中で、変化が起こった物ってなにかないか? 例えば、文字が浮かび上がったとか……持ち物じゃなくて、自分自身に何か変わった所があるとか」


 俺がそう尋ねると、三人とも怪訝な顔で首をかしげる。


「持ち物の変化はともかく、俺達自身に変化っていうのは穏やかじゃないな」

「……トール君にはなにか変化があった……という事かしら」


 ボソリと出たアシュリーの呟きに、隣にいるゲイリーがピンと来たようだ。


「君が言っていた『ズル』に関する事か?」

「? ズル? トール君が?」


 今にして思えば、もうちょい印象のいい言葉を選べばよかった。

 少し眉を顰めるアシュリーの表情にそんな事を思いながら、俺は口を開く。


「あー、実はね――」


 そこから実際にスマホを見せながら、全てを順番に話していった。

 この機械の本来の用途、使用法。こっちに来てから電源すら入らなくなった事。

 それが突然、本来のとは違う白い文字が浮かび上がる様になったこと。

 それから唐突に、スキルという物を覚えられるようになったこと。実際に覚えて使用した事。

 そして先日、また新しい選択肢が出た事を話したのだ。その内容も含めて。


「あぁ♪ 隠れていた私を見つけたり、食べれる物とそうでない物を見分けていたのはそのおかげですかぁ♪」


 アッサリと受け入れたのはアオイだった。

 逆にゲイリーとアシュリーの二人は、深刻な顔をしている。

 

「ねぇ、トール君。そのスキルというのを取ったり、使用した時に他になにか無かった? それこそ体のどこか……眼球とか頭に痛みを感じたりとか……」

「些細な事でも構わない。引っかかる事があったら――気がついた時に言ってくれ」


 というか、すっごい心配してくれている。

 ごめん、なんか本当にごめん。

 こう言っちゃなんだけど、君達の世界から来たのがゲイリーとアシュリーの二人で本当によかった。


「あぁ、特に何もない。……まぁ、今の所は……だけど」


 事実である。確かにスキルを使って面喰めんくらった所はあるが、自分自身へのある種の不気味さというか不信感というか……まぁ、そういう所以外は特に影響は感じていない。


「……おい、工作員。お前の所の技術でこういう事は可能なのか?」

「……今現在トール君が行っている事は……まぁ、条件さえ整っていれば出来なくもないけど……トール君、君の所では今君がやっている事って不可能なのよね?」

「あ、あぁ……」


 正直に答える――まぁ、それ以外の選択肢がそもそもない訳だが……そうするとアシュリーは眉をしかめて考え込む。


「EEC手術……要するに、身体や臓器の機械化によってそういう事も可能といえば可能になるけど……それには当然オペ――手術が必要よ。基本的な物でも眼球を専用の義眼に、そしてこめかみの辺りにサブブレインの移植をして……今の私みたいにネットに接続が出来ない状態でもそれを可能にするには、それこそ脳を全て機械化した上で全ての知識を落として初めて――と言った所だけど……」


 専門的なワードがえらく続くが、要するに直接俺に手を加えた上で設備や環境が整っていればどうにか可能という事だろう。


「貴族様はどう思うの? 魔法でのアプローチは――」

「いや、あり得ない。魔法で人体を変異させる事は不可能だ」


 ゲイリーは、アシュリーと違い遠くから俺の姿を観察していた。

 恐らくだが、文字通りアシュリーとは見るべき所が違うのだろう。


「例えば、魔法による病気の治療というのは長く――それこそ100年単位で研究されているが未だ上手く行ったためしがない。だからこそ、医薬品に関しては薬草などの研究成果や、お前達の国に依存していた。……そこらへんの摩擦もまた、俺たちの戦争の一因であったが……」

「……そうね」


 二人して――特にゲイリーは沈痛そうに顔をしかめ、アシュリーもまた僅かに目を伏せた。


「すまない、少し逸れたな。まぁ、とにかく人間――というか生物の体に直接変異を起こすというのは非常に難しいんだ。手間暇かけずに自分に知識や技能を生やす……とはちょっと違うか。ともかく、俺たちの目からすればあり得ない事だ」 


 ……つまり、このスキルって奴に関して分かる事は何にもないって事か。


 そう尋ねると、二人とも苦い顔で頷く。


「正直、使って欲しくないな。君に万が一の事があると思うと……」

「絶対とは言わないけど、使用……いえ、使用よりも習得に関しては慎重にして欲しいわね」


 良い奴らだ!

 ゲイリーもアシュリーもマジでいい奴らだ!


「えぇ~? せっかく便利な道具使えるんだからバンバン使いましょうよぉ~。今まで問題ないなら、これから先も大丈夫ですよぉ~♪」


 そしてコイツは――残る一人であるアオイはこう言うのだ。

 うん、いや、まぁ、俺もちょっとはそう思うけどさ。

 直前の二人の発言からもうちょっとこう――こう、さ! ねぇ!?


「大丈夫ですってぇ♪ 使うのが不安なら、さっさと使わなくていい環境作ればいいんですよぉ♪」


 俺の国には『朝三暮四』っていう言葉があってだな?!

 っていうか本当にそれ意味ねぇだろうが!?


「そもそも、スキルどうこうは正直どうでもよくありませんか?」


 お願いだから少しは言葉を着飾ってくれないかな!?

 俺、繊細な日本人なんですけどぉっ!?


「なら、アナタは何が気になっているのかしら?」


 顔をしかめた――というか苦笑しているアシュリーが問いかけると、珍しく――ひょっとしたら初めて見るかもしれない真面目な顔をしたアオイが、口を開く。


「ついこの間修正されたっていう『不具合』ですよ」


 あぁ、そういえば……。

 スキルについてはかなり話したけど、そこはあんまり触れてなかったな。


「その不具合って何に関してなんですかね? スキルというシステム? トールさんの身体? それとも――」





「――この世界ですかね?」





 …………。


 その発想は無かった。


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