007:プラス一名救助。(副題:相棒との距離が計れません)
また体――というか服を濡らすのはいやだったんだが、仕方ないので燻らせている火を消さないように気を付けながら川を渡る。
男はこちらに気付いているのかいないのか、ジッとしたまま動かない。
そうこうしている間に俺は川を渡り終え、男の傍に近寄る。
コイツもアオイ同様、日本人の顔立ちじゃない。
なにせ、素で金髪だ。そして肌はアオイ同様白い。
つーかえらい綺麗な顔してんなコイツ。格好からして男なのは間違いないだろうけど。
どう言う訳か刀持ってて日本風の着物と名前を持っていたアオイ。
対してコイツは、名前は分からないが着ている服は俺が普段着ている洋服に近い。
そして、背中には刀ではなく弓を背負っていた。……折れているが。それに矢筒も見当たらない。
「おい、大丈夫か?」
とりあえず、声をかける。
わずかにだが、身体が動いた。
大丈夫だ、生きている。
傍に近寄ってもう一度声をかけようとすると、小さく呻くのが耳に入った。
「生きてるんだな? 怪我は……」
見ると、足に刃物で裂かれたような傷が出来ていた。
ズボンの生地ごとスパッと斬られている。
そして、どういうわけかその上から、別の布が巻かれて止血されている。
この布の色には、覚えがあった。
「……アオイ?」
くすんだピンクというか桃色というか、少し地味な感じのこれは、アオイの着物のそれだ。
結び目というか、布の端を見る感じだとおそらく刀で自分の服を切り裂いたのだろう。
(じゃあ、アイツはどこに? ……まさか、すれ違ったか?)
助けを求めて仮拠点の方に向かった可能性はある。
もっとも、仮に二人で何ができるかという話だが……。
「すまん、ちょっと触るぞ」
とりあえず首筋にそっと手を添える。
そうじゃないかと思っていたが、やはり体温が低い。
とりあえず持ってきていた小火を燻らせている草の束に、適当な落ち葉を被せて息を吹きかけ、火を起こす。
(止血しているんなら、あとは体を温めて栄養取らせて、ゆっくり休ませるしかねぇ)
というか、ろくな医療知識を持っていない以上はそれしか出来ないと言うべきか。
辺りを見回して状況を確かめる。
拠点に比べて河原は狭い。ちょっと歩けばまたすぐに森だ。
シェルターを作る材料は、おそらくすぐに手に入るだろう。問題は――
(日没までそんなに時間がないな……)
血痕と足跡を見てから急いで走っていたために気付かなかったが、結構な時間を費やしてしまったようだ。
このままでは、俺もこの男もここで夜を越すしかない。
俺はまだ大丈夫だが、この男は――
(いや、簡単でもいい。とにかく、これ以上この男の体温を奪うような状況を出来るだけ遠ざけないと)
森の中は風を避けられるが、今はあの豪雨の影響か地面が湿っている。夜になれば更に気温が下がるとみた。
それよりも、ここで風を避ける壁を作った方がいいだろう。
石だらけだが、ちょっとどかせば砂と土が見える。
上手くやれば風避けくらいは作れるハズだ。
要するに、風さえ凌げばいい。
そう考えて、とりあえず俺は持てるだけの枝を森から運んできた。
まず長い奴を地面に置いて、その一本の両端を、二本の枝で挟み込むように地面に突き立てる。
(うしっ、これを積み重ねていけば……)
その上に次々と枝を積み重ねていく事で、簡単な壁にはなる。
完全に真っ直ぐの枝を探す余裕はないから隙間が空いているし、ロープやツタの類もないので本当の強風が吹いたらすぐに崩れかねないが、今のところは大丈夫だろう。――この間みたく、急に豪雨に襲われなければ。
とりあえず暗くなる前に全てを用意する必要がある。
物は試しとやってみた思考錯誤が上手く働きそうだと判断して、森に材料を探しに行こうとした時、パキッと枝を踏み折る音がした。
そちらに顔を向けると――
「トールさん!?」
昨日の朝から見ていなかった顔が――
なんちゃってサムライガールが片手を振っていた。
反対側の肩に、違う誰かを担いで。
「……他にもいたのかよ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「とにかく火はあるから、風避け急いで作るぞ! その人は怪我を?!」
「いいえ。ただ体が濡れていて大分冷えてますねぇ」
「火のそばに置いて!」
「はぁいっ」
アオイ本人も着物が所々濡れており、体に張り付いている。彼女も川に入ったのだろう。
本人も火のそばで体を温めるように言おうと思ったが、さすがに今から最低二人を安静に寝かせる場所を作るには俺一人じゃ手が足りない。
「それにしても……また全然違う感じだな……」
アオイが背負って来た人間は女だった。
だが、その服装はこの場にいる人間のどれとも似ていない。
なんというんだ? やけにピッタリと体に張り付いている……サイバー系?
架空の近未来とかを舞台にした創作にありそうな格好だ。
人型ロボットのパイロットスーツとか。
それから二人でどうにかこうにか枝を集めていた。
想像通りアオイは丸一日ほぼ飲まず食わずだったようなので弁当箱に詰めてた煮沸水、木の実と果実の詰め合わせに本気で喜んでいたが、ゆっくり食べる暇はないといくつか口に含んですぐに作業に移っていた。
「そもそもなんでこんな状況になったんだ?」
「獣が通るならやっぱり水場の近くだろうと思ってあちこち探し回っていたら、流されている人影を見つけましてぇ……」
それで、どうにか一人――男の方を回収したもののもう一人の女の回収には失敗し、とりあえず男の血止めだけして女の後を追ったらしい。
(……と、いうことは……あの足跡と血痕は男の物だったのか?)
スキル使用時は青くハイライトされて分かった血痕だが、それ以外では足跡も含めてさっぱり分からなかった。
そのためスキルで見えていた足跡の向きなどから方向を予測して全力で叫びながら走りまわった訳だが……。
(とにかく、こいつら助けて話を聞くのが一番か……)
もう日光はオレンジ色の物になっている。もうじき更に暗くなり、そして夜になるだろう。
先ほど二人がかりで大きめの倒木を引き摺って離れた所で火を付けた。
作業中の光源としては――まぁ、さすがにライトには負けるがなんとかなるだろう。
理想としては風上に対して『コ』の字の形に簡易壁を作って。出入り口というか開いた方向に火を置くという計画だった。
が、こうなっては時間が足りないために計画を変更し、『コ』ではなく『ヘ』の時にする事にした。
要するに三角形だ。下の辺を消した。
正直、隙間風が結構強いのだが石や泥、あと適当な草などで隙間を塞いで誤魔化す事にした。
とりあえずこの二人が動けるようにならないと、こちらとしても移動ができない。
「どうしましょうかトールさん。一応拾いましたけど捨てますかぁ?」
おい。
「いや犬猫じゃないんだから……捨てるなんて言えるなら、なんで助けたんだよ?」
「いやだってほら、目の前でちょろちょろしてる物があると気になっちゃうじゃないですかぁ」
おい。
おい。
「いやぁ、私も最初は何か知っているかもと思って回収したんですけどぉ……この人達も、多分私達と同じですよねぇ」
「……まぁ、多分な」
服装の統一感がなく、かつこの森の中を歩くには不適切な服装……いや、男の方はまだあり得るが。
おそらく俺やアオイと同じく、突然この森に放り捨てられた人間だろう。
……というか、お前さん結構ひどいな。
「いやだってぇ、食糧や水をキチンと分けてくれる上に知識の引き出しが多そうなトールさんは居てくれなきゃ困る人ですけど、下手に食いぶち増やすなんて面倒じゃないかぁ。拾った私が言うのもなんですけどぉ」
……そうだったわ。そういえばアオイさんってば世紀末みてーな世界の国で奴隷の管理とかしてた人でしたね。
そりゃあ考え方もシビアですわ。
「……人手が増えれば、出来る事も増える。助けた借りはキチンと返してもらうから今は全力を尽くそうぜ」
「わかりましたぁ♪ トールさんがそう言うならぁ♪」
「…………」
あの、すみません。一人じゃないって言うのはありがたいんですが……えぇ、本当にありがたいんですが……。
同行者が爆弾すぎて放り投げたいです。
……泣ける。
二人は藁と落ち葉を敷いた上に寝かせて、俺たちも余った藁と落ち葉の上で睡眠を取ろう。
ホント、顔はいいし普通に話している分にはいいんだが……。
この娘たま~~~~~に怖いッス。
【幕間~侍ガール~】
奇妙な二人組を回収し、明日には壊すだろう拠点――とも言えないような、ただの風避け場。
結局二人を助ける事にした男は、焚火の前で膝を抱えたまま仮眠を取っている。
今、起きているのは一人だけ、薄い着物を身に纏う女――アオイだけだ。
体力がかなり消耗している二人を凍えさせる訳には行かないと、トールは先ほどまで火の番をしていたのだがさすがに限界が来たらしい。
わざわざ自分達の分の寝床を作ったのも、キチンと自分を休ませるためだったのだろうとアオイは推測していた。
実際、アオイが横になってしばらくしてから、音を立てないようにソーッと身体を起こしたトールは、そのまま何も言わずにずっと焚火の様子を見て、小さくなりそうになると枝や枯れ葉を継ぎ足していた。
せっかくの気遣いだと、そのまま仮眠を取り、そして目を覚ました時にはトールがうつらうつらとしていたわけだ。
キチンとある程度の大きさを保っている炎の様子からして、本当についさっき眠り出したのだろう。
うつらうつらとしている男に変わって焚火の中に渇いた枝を一本、二本と静かに差し込んだ女は、男を起こさないように静かに立ち上がる。
恐らく、この周囲に危険はないだのだろう。
女はそう判断して、だが一応念のために男の横に獲物を――刀を置いておく。
今も寝ている二人が襲いかかる可能性は確かにあるが、確かに手当てを受けた痕跡が残っているのに目の前の知らない人間に問答無用で襲いかかる事はおそらくないだろう。
ただ、それでも可能性は可能性。
出来る事ならば男を守るために張り付いていてかったが、アオイにはしなくてはならない事があった。
辺りは小石だらけで、普通ならば歩くだけで石が擦れる音が響くのだが、足を森へと向けて運ぶ彼女の足元からは音が一切しない。
それは、彼女が完全に足音を消す術を心得ているからであった。
チラチラと時折トールの様子をうかがいながら、アオイは森の中へと姿を消す。
焚火の炎と月明かり以外に灯りなど無いのに、まるで昼間のような気軽さでひょいひょいと森の中を歩く。
まるで、一度ここを歩いたかのように。
「……確か、ここら辺……だった……はず」
そうして、もはや焚火の灯りすら届かなくなった場所。木々が生い茂り、碌に足元すら見えぬ場所でアオイは何かを探していた。
探すこと、およそ三〇分。そして――
「あ、あったあった」
茂みの中から何かを見つけたアオイは、それを引き摺りだす。
「……腐ってはいるけど食われた形跡はない。やっぱり、獣どころか虫もいない?」
引き摺りだしたそれには、手が二本あった。足が二本あった。顔が一つあった。服を着ていた。
――そして大きな切り傷があった。
――刀で斬られたのであろう、傷が。
「まさかトールさんがこっち側に来ちゃうのは予想外というか……風が吹かなくてよかった。目的のついでにコレを処分しておこうとしたら面倒な事に……。まったく、やっぱりアイツら捨てておけばよかった」
獣がいない以上、恐らく適当に穴を掘って埋めれば当分は隠せる。掘り起こされる気配はない。
それこそ、しばらくすれば腐敗が進んで死因が刀だという事も分からなくなるだろう。
この転がる死体を作ったのが、アオイだと言う事も。
「別に全部バラしちゃってもいいんですけど、もうちょっと様子見はしたいですし……やっぱり埋めよう」
そうしてアオイは、ここにたどり着くまでの間に見つけておいた適当な倒木の一部を使い、穴を掘る。
自分がこの世界に来てから――初めての殺人の痕跡を、隠すために。
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