006:三人目
「あんの野郎……どこまで行ったんだゴルァ……っ!?」
夜が明けても、アオイは帰ってこなかった。
念のために夜の間も常に火を焚き続けて、たまに大声で名前を叫んでみたりもしたが反応なし。
「……行くしかないか」
アイツがどの方角に向かったかは覚えている。
問題があるとすれば、どこまで探すかだが……。
(暗くなってからじゃあ身動きが取れない。かと言って日暮れに戻る範囲だけ探索してても見つかる可能性は少ない……っ!)
昨日水を汲むのに使った弁当箱。とりあえずそれを一度水で洗い、中を清める。
(昨日の時点で、取れる木の実は少なかったけど……もうしょうがねぇか……)
下手したら、アオイがあれから何も食べていない可能性がある。
念のためにもう一度石を焼いて、煮沸させた水を弁当箱の一段に、もう一段には木の実や果実を後で詰める。
(アイツが言うには、この森には獣の気配がないとかいう話だった)
となれば逆に、不自然な個所があればそれがアイツの通った道と言う事になる。
昨日の今日だ、そうそう簡単に痕跡は消えないだろう。
例えば足跡。例えば枝なんかを折ったりした跡。
「世話かけさせやがって……ん?」
とりあえず自分の分も含めて食糧を取りに行こうとした時、今まで反応しなかったスマホが震えていた。
一瞬復活したのかと思い手に取ると、そこには最後に見た時と同じ白い文字が浮かび上がっていた。
たった一言。
『最適化のためのアップデートが完了致しました』
とだけ、書かれていた。
(……何の最適化?)
まるで意味が分からない。
「……もっと色々必要なアナウンスがあると思うんだけどなぁ。おい」
この森に放り捨てられてからずっとポンコツ仕様のスマホを放り捨てたい気持ちになるんだが……この感情、間違いでしょうか?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「まいった……この森を舐めてた」
何も気配がないのならば、あっさり痕跡を追いかける事が出来るんじゃないかと思ったが、開けた河原から大体の方向を決めて森に入って10数分ほどだろうか。
全く持って痕跡が見当たらない。足跡すら見つけられないとかおのれおのれおのれ!
「あんのアマぁぁ……発見した時に元気だったら梅干しの刑かくすぐりの刑に処してくれるわぁぁぁぁ……」
鞄の中身は全てシェルターの中に放り込み、中には零さないよう地面と水平になる様慎重に入れた、水と果物、野草の御浸し入りの弁当箱が入っている。
どう足掻いても水は多少零れてしまうだろうがこの際仕方ない。
どうせ服も鞄も汚れまくっているのだ。ちょっと水浸しになろうが些細な事。
それをツタのロープを適当にくくりつけて肩にかける紐としたうえで、青々とした草木の束に僅かに火を付けて燻らせた物を手にしている。
自分がここにいるという目印と虫よけを兼ねての物だ。
(それにしても……どこをどう探したもんか。)
何度も叫んで居場所を探っているのだが、返事は全く帰ってこない。
ちくしょう、煙も炎もなんの役に立ってねぇじゃねぇか! 何のために一日火の番してたんだか!
「はぁぁぁぁぁぁ………………っ」
色んな意味で深い――深~~~~いため息が出る。
ようやく活路が見えてきた瞬間になんでこんな事になっているのやら。
「アオイ~~~~~!! …………頼むから返事してくんねーかなぁ、オイ」
自分がここまで動けたのは、孤独の限界が来る前にアオイと出会った事が大きい。マジで。
最初の一日から、割とギリギリだったのだ。
初めて光のない暗闇に覆われた時点で叫びたかった。
アイツは獣の痕跡がないと言っていたが、その時の自分には分かるはずもなく、変な生き物の余計な注意を引いたらどうしようと内心ビクビクしていたものである。
(マジでアイツ、どう動いたんだ?)
日帰りで行ける範囲――少なくともその範囲で探索しようとしたハズだ。
実際、日が暮れる前には帰ってくると出発前に言っていたし……。
仮に自分ならどう動くか。
道に迷わず、万が一時間配分を間違えて、多少暗くなっても確実に帰ってこれるのは――川に沿うルートだ。
実際、水が流れる音が近くに流れているってのはすごく安心できる。
ただ、そこを真っ直ぐ行ったとは思えない。
土自体がおとといの雨を蓄えているのか、全体的にぬかるんでいる。
そのため、足跡が非常に付きやすいのだ。
現に、自分が通って来た跡は足跡がしっかり残っている。
(でもなぁ……こっち側に来たはずなのに全く痕跡ないってどういうことだ?)
少なくとも最初の方向は合っているハズだ。
(アレか。俺が手掛かりを見落としていたのか?)
癪だがアオイの言うとおり山――というか自然への適応が低い俺では十分にあり得る話だ。
(サーチスキルをもう使うか?)
約10時間のクールタイム。一日に一度か二度しか使えないという制約から使うのを渋っているのだが……。
「……しゃーなしか」
せめてまずは痕跡を見つけて追跡、途中で見失った時などに使おうと思っていたが、始めの一歩すら見つけられないのならもう使うしかない。
スマホを取り出し、指でノックするようにタップする。
すると白い文字がふわぁっと浮かび上がる。
『スキル:サーチ』
そう書かれている部分をタップすると、使用するかどうかを意味する『Y/N』という文字がその下に出てくる。
そしてYをタップすると、またも世界が一変し、周囲の状況を詳しく教えてくれる。
生えている樹木や草の特徴。これはいつも通りだ。
問題はそれ以外だ。
他に何か、見なれない物が目に飛び込んでいないか辺りを見回す。
そして――
『血痕を発見』
『葉や枝を使用した、足跡の隠蔽工作の痕跡を発見』
俺が、スキルによって目に見えるようになった落ち葉の下の足跡と血の跡が続く方向に走ったのは、当たり前だろう。
向かった先は、やはり水の音がするほうだった。
もうスキルの効果は消えているが、血の跡を見る限り怪我はそこまでひどいものではないだろう。
だからこそ、足跡を消す余裕があったのだと思うが……
「アオイーーーーーーーーーーっ!!!」
先ほどから叫んでいるが返事は帰ってこない。
(あんの馬鹿! 怪我したんならこっちにくりゃいいのに!)
怪我の原因が分からないが、枝とかでやられたとかならもちろん、もし獣に襲われたとかならこっちには火がある。
そりゃあ熊レベルの物ならどうしようもないが……。
(ひょっとして、マジでそれか?)
刃物を持っているだけでは戦えそうにない獣に襲われ、それでとにかく逃げ回って帰ってこれなくなったとか?
(足跡隠す余裕があるなら、足が速い犬とかじゃあないとは思うが……)
そうして、ついに森を抜けた。
そこは、俺たちが仮拠点としている場所に少し似ていた。
緩やかにカーブを描く川。拓けた、石だらけの河原。
その向こう側――川を超えてまた森へと続く場所の一か所に、明らかに違う物がある。
マントだ。
緑色のマント。
それを羽織った、地味な色の洋服を身に纏った――男がうずくまっていた。
「…………………………………………誰!!!?」
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