067:水を貯める者。火を付ける者。

「つまりなに? あの人、死んでるの?」


 アオイとクラウ――じゃない、クロウと共に拠点に戻ると、深刻な顔でヒソヒソ話し合っているゲイリー達に掴まり、そのままこっそり夜中の秘密会議へと移行。またもや拠点から少し離れる事になった。


「分からない。彼女が寝ている時は、胸が上下しているから呼吸を――まぁ、ようするに生きていると言う事は一目瞭然だったから、様子を見るだけにしていたのだが……」


 先ほどとは違う場所。

 アシュリーが森側への警戒のために作ったかがり火の周りや、座るために引っ張ってきた適当な倒木の上にそれぞれポジションを取ってひそひそ話し合っている。


「いや、でも体温はあるんだ。だよな、トール?」

「うん、しがみつかれている間、確かに熱は感じた。うん……やっぱり生きてる……とは思うよ?」


 なお、今この場にテッサとヴィレッタはいない。

 ある程度茨の類で囲った上にそこまで離れていないとはいえ、拠点を本当に空っぽにするわけにも行かないので悪いが留守番。

 まぁ、サブブレインの通信機能で繋がっているけど。


「言われてみりゃ、これまでずっと眠りっぱなしなのに痩せてないなぁ。あんまり食べないってのは分からんでもないけど」


 彼女が起きてから口にしたのは、骨の茹で汁に野草をブチ込んだスープだけ。

 まぁ、栄養だけは十分にある。

 少し臭いがキツいけど、慣れると美味く感じる自分達がよく口にする物だ。


「そういえばトール君。あの子から抜け落ちた髪、例の『テンシ』とやらと同じ物って言ってたけど?」

「ん、ああ……触った感じがちょっと似てたからヴィレッタに分析してもらって判明したって所」


 スキルじゃない、元々の技術や機能なら分かる事は多少ある。

 まぁ、大したことが分かった訳ではないが……構成している物質の繊維が酷似しているってだけ。


「あと……」

「あと?」

「あのテンシ同様、サーチかけても何も分からなかった」



 ヴィレッタの件があってから、サーチをかける時にこっそりと仲間の観察をしてたりするのだが、皆キチンと種族名とか名前、所持してる物等が出てくる。


 で、あの白い子は――


「やっぱり、血文字書いたのはあの子じゃないかなぁ」


 あの血文字と同じく、「unknown」という文字が浮かび上がった。

 名前から所持品までさっぱりだ。


「まぁ、とにかく行動方針は変わらず。出来るだけ単独行動は避けること。接触ではなくこちらの動向を覗こうとしている人間がいると仮定して、用心を怠らない事」

「トールさんトールさん」


 なにかねアオイ君。


「トールさんは、あの人はどちらだと思います?」

「…………あの人っていうか、天使に関しての事?」


 なんか、もうあの化け物を天使って呼ぶの定着しちゃったなぁ。


「はい。あの怪物に取り込まれてああいう身体になったのか、それとも……」


 あぁ、うん。

 やっぱりその可能性は考えるよね。


「あの人が怪物になったのか」

「うーん……まぁ……」







(まぁ、後者だろうなぁ……。多分だけどさ)







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







「というわけで、とりあえずこの拠点の守りを固めつつもっと便利にしていくという方向性で行こうと思う。問題ない?」


 アオイ達三人は早朝に出発。道中で罠を確認しながら湖のベースに向かっている。もし肉を確保したら、中間地点までこちらから二人送って、回収する予定だ。


「えぇ、問題ないわ。でも、具体的にどうするの? 君は器作りでしょ?」

「いんや。さっきスキルで調べたらもうちょい乾燥させた方がいいって事だから、今日は俺も拠点の強化に力を入れるよ」


 あるいは、防衛か。

 トラップスキルを使って、鳴り子の様な物を――つまり、引っかかったら音がする様な罠を辺りに仕掛けようかとも思ったんだけど……。


(獲物も逃げちゃうんだよなぁ)


 いや、いっそ肉系は全部湖側をメインにして、こっちは野草とか、あるいは釣りに力を入れるか?

 今の自分ならある程度自由に『スキルを作れる』んだし、最悪『栽培』とか『農作業』的なスキルだって習得できる。

 思うようにいくかどうかわからんけど。


「で、何をしようって話なんだけど……」

「罠を増やすのはどうッスか?」

「……川に仕掛けるタイプの罠ならともかく、動物用は増やし過ぎてもなぁ」

「? ボクや隊長なら、罠の場所マッピングしてるんで問題ないスよ? トール君もやろうと思えばできるハズッスけど」


 こんな複雑なモンいきなりパーフェクトに使いこなせるハズがねーだろうが!

 正直通信機能ですらえらく感覚的で、スマホかガラケーそのまま使わせてくれと何回思った事か!!


「あー、まぁ……スマン。とりあえず動物用の罠はそっちに任せるよ」

「テッサ達が罠をやるなら、俺は弓で狩りを……あ、いや、今は単独行動は不味いんだったか」


 うん、今はね?

 それに万が一こんな時に迷子になったりとかで行方不明者が出ると大事だし、捜索にもかなり手間になるし、その間は食糧の調達よりも捜索を重視するから当然備蓄が減るし……。


 まぁ、つまり大変な事になる。


(この間の天使の一件も、もしあのまま皆が連れ去られてたらどうなってた事か……)


 正直あまり想像したくないことだが、皆を助けるためと言ってヴィレッタを完全に道具にしていたかもしれない。

 あの時点で、もう完全にヴィレッタは俺の言う事に逆らえない状態だったし、人間追いつめられれば何をしてもおかしくない。


 不安や恐怖を解消するために、望むスキルをヴィレッタに詰め込め、道具として酷使し、ひたすらアオイや皆を追い掛ける。

 一切休ませず、一切労わらず……追跡のために、実の安全のために、自分の欲望のままにひたすら使い倒す。


 あり得た未来だ。

 正直、そうなったかもしれないと思っている。


(冷静であるためには、やっぱり力的な余裕は必要なのか……)


 武器、そして防備。

 狩猟の道具と武器は別だと、正直考えている。というか、思うようにしている。

 ただ、万が一、アオイや皆に危害が加えられる可能性を考えると――


(あぁ、違う違う。今は行動予定について考えないと)


 一回これは置いておこう。

 今はとにかく、人数増えた事も踏まえて効率的に物を集めないと悪い。

 食糧、水、木材、石、土、粘土、その他。


「……とりあえず、拠点内に大きい穴を掘ろうと思う」

「穴? 何に使うの?」

「ん~、コイツの使い道を色々考えてたんだけど……」


 手に取った石を掲げて見せると、白い髪の女性以外は「あぁ……」と納得し、昨晩と同じく俺のそばをチョロチョロしている彼女は首をかしげている。


 同性のアシュリーあたりと組ませてみるか。

 上手く色々聞き出せるかもしれん。


「ちょっと、水溜められる場所を作ろうと思う」


 現状、ある意味で一番の問題だからなぁ。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







 素焼きの器が全壊し、折り畳み傘は針金のゴミになった今、水汲みは今まで以上に厄介な作業になっていた。

 端が少しやられたとはいえ、水に強い布である折りたたみ傘の生地。

 これの端をまとめて掴んで袋状になる様にして、えっちらおっちら一番近い水場である小さい泉からここまで汲んできて、そのまま紐で縛って吊るす。

 うん、当然すぐに無くなっちゃうけど、これを削った丸太の中に入れて燃やした石使って煮沸。

 その水を胃袋水筒に詰めてそれぞれ活動……。


(思い返すと、めちゃくちゃ危なかったな……。アシュリー達は何も言わなかったけど、食べ物よりも水を優先するべきだった)


 どうにかなっていたから探索――というか警戒を優先していたけど……。


「それにしても、ただただ穴を掘るというのも結構疲れるものだな」


 昨晩試しに作ったスコップを握りしめたゲイリーが、額の汗を拭いながら土を掻き出す。

 うん、やっぱりシャベルの方が良かったな。

 あと、器ももっと早く作ればよかった。

 もう汚れるのは仕方ないとして、バックパックに編んだ草を敷きつめて使ってるけどさ。


 ゲイリーと一緒に、俺も堅い木の枝を使って地面を掘って……掘って?

 もうこれ耕してると言った方が正しい気がする。

 とにかく土を柔らかくして、そしてその土を撤去する作業に没頭する。


「にしてもため池か。確かに、安定した水場が近くにあると便利だ」

「一応今回は試しだけどな。大量の水を運ぶのも大変だし」

「……早く、器が焼きあがればいいんだが」

「もうちょい待ってくれ。ちくしょう、まさか土器が全部お亡くなりになるとは完全に予想外だったぜ」


 失くして改めて理解するが、運搬道具って滅茶苦茶大事。超大事。

 もうね、スーパーとかコンビニの袋でいいから今欲しいもん。


 いっそゴミ袋くらいの大きさのビニールがあれば、リュックサックの中で広げて水の運搬に使うのに。


「とはいえ、水って貯めておいてどれくらいで腐るんだろう?」

「あー……まぁ、一応ある程度は流せるようにするし、入れ替えにそこまで苦労することはないだろう」


 毎日消費するものだしな、と。

 それこそ水筒に口をつけてゲイリーが言う。


「どちらかというと、蓋の方が大事だと思うな」

「蓋……いるか?」

「ほうっておくと日光で蒸発してしまうし、虫が大量に浮いたり沸いたりするだろうから痛みやすくなるし……まぁ、あった方が良いだろう」

「……んじゃあ、雨の時だけ開けておくか。あるいは雨だけ上手い事入る仕掛けとか」


 雨水の確保も大事だ。

 なにせ川の水よりも信頼できる飲み水。

 正直、色んなものを口にしているせいかちょいちょい腹を下すので、少しでも安心できる物にしようと色々工夫している。


 あの天使に全部ぶっ飛ばされたが。


「そういえば、トール。浄水器はどうなった?」

「砂、小石、砂、小石、灰の5段階で一度試すつもり。ペットボトル浄水じゃあ、一度に詰め込めるものに限界あったし、ちょっと大がかりなモノを作ってみた」


 ただ単に大きい三角錐を6個作って石でコーティング。

 それぞれの先端をちょっぴり砕いた後に抗菌作用のある針葉樹の葉をフィルター代わりに敷きつめ、それぞれに砂やら小石やら灰を詰めて――


 まぁ、ようするにあれだ。

 超シンプルに描いたクリスマスツリーのイラストを逆さにしたような感じだ。


 一番上の三角錐は水の注ぎ口、その下の三角錐一つずつに砂や小石をギッシリ詰めて、それぞれ突き刺していく形だ。

 一応それぞれ紐と木の枝を使って崩れないように支えたり吊るしたりしているが……今度大がかりなモノを作る時は強度と安定性は課題だな。


 いや、もういっそなんとかたるのような物を作るべきか。


「今はアシュリー達が、木材集めるついでにちょいちょい水を流し込んで洗ってくれてる」


 本当ならばその下に水を貯めておく容器を置いて、ある程度綺麗になった水を回収する仕組みなのだが……。

 今はその前の準備段階と言う訳だ。


「あの子、向こうに預けて良かったのか?」

「いやぁ、女性陣に預けた方がいいというか……他に選択肢がないというか……」


 正直、泣きじゃくる美人には勝てん。


「いやもうホント……ゲイリーがいなかったらある意味で心が折れてたわ」

「ん?」

「女所帯に男一人とか、肩身が狭すぎて死ねる」


 それも全員それぞれ綺麗だし可愛いし無防備だし、それぞれ腹に一物隠してて、隙あらば暗躍して、結果俺が斬られたり喰われたり刺されたり……。


「今すぐスキルで皆男にしようかなぁ。出来るよなぁ、多分。うん、皆男でいいじゃん。なぁゲイリーそうは思わないか――」

「落ちつけ」







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







「――で、一番近い水汲み場はここ。一応トール君がここまで道を引いてくれたけど……今度看板を書いておかないとね。さっきの分かれ道は左が水場、右が湖の拠点よ」


 アシュリーは話でしか聞いていないが、かつてトールは大雨の際に流されかかって死にかかっている。

 そのため、湖の時といい今の海側拠点としい、出来るだけ水場――特に川や海からは距離を取っていた。

 どちらの拠点も、水がある所よりも高い場所を選んで、大雨が降っても安全に逃げられるようにしてある。


 この水場は例外で、拠点を築いた後に発見した小さい泉である。


(アオイちゃんが本当に山育ちなら、川の怖さを知らないハズがないわよねぇ。まだ出会って間もない頃の話だっていうし……わざと一緒に危険な目に合って、トール君に自分との連帯感を持たせようとした……ってのが正解かしら)


 やはり抜け目がない女だと静かに嘆息しながら、アシュリーは自分の腕にしがみついている白い髪の女の腰を抱く。


 白を基調としたスーツ。ドレスほど派手でもないし、色気を漂わせるようなものではないが、セレモニーなどで身につけるような服を着ている彼女は、常に誰かの腕に掴まっている。

 最初はトールに、その後はテッサとゲイリーに、そして今はアシュリーに。


「ぁ……、はい。……大丈夫です、覚えました」


 口が上手く動かなかったのか、碌に喋らなかった女も徐々に喋る様になっていた。


(……ヴィレッタの事で頭が痛いのに、この女からも目を離すわけにはいかないのよねぇ)


 なにせ、あの怪物と構成が似通った身体を持っている固体だ。

 もう一度怪物になるという可能性は十分にあるし、それを強調した上でヴィレッタのように排除を唱えてもよかった。


 実際、自分達が押せばトールも断りづらかっただろうし、上手く立ちまわればアオイかテッサに処分させる事も可能だったハズ。


 少なくとも、アシュリーはそう考えていた。


(さっさと処分しちゃうには惜しいのよねぇ。貴重なサンプルなんだし)


 トールのスキルの特徴が多様性なら、あの怪物の能力は単純に強力だった。

 実際に交戦したヴィレッタの視覚情報を共有しているアシュリーとテッサは、直接対峙したトールとヴィレッタの次に怪物の詳細を把握している。


 飛行能力もそうだが、自分達が抵抗できなかったある種の催眠に近い能力、そして地形が変わる程の衝撃波。


 催眠で取り込めなかった存在は物理的に排除する。

 実に分かりやすく、強力な存在。


(もし、この子がもう一度アレになるのなら……なれるのなら……)


 危険な賭けになるとはいえ、ちょっかいをかけるだけの価値はある。

 アシュリーにとって、ヴィレッタやテッサは完全に信用できる存在とは言い難い。

 同胞の振りをしていたガイノイドのヴィレッタは言うに及ばず、テッサも命令に絶対服従するタイプではない。


(問題児を集めた部隊の隊長なんて碌なモノじゃないっていうのは分かってたけど、ここまで異常な事態で足元が揺らいでるのはマズいわ)


 アシュリーは今、便利な道具を欲していた。

 最悪、トール達がこちらに敵意を持ったとしても完全な敵対は避けるような切り札――いや、見せ札をだ。

 今は友好的な態度をそれとしているが、このままではいざという時に自分の意見を通す事が難しい。

 そういう考えが出るほどに、アシュリーは静かに焦っていた。


 ただですら、アシュリーはトールに敗北しているから。


「ねぇ、貴女。そろそろ名前くらい教えてくれないかしら」


 敵意や悪意を感じさせない笑顔の作り方は慣れていた。

 優しい仮面という、アシュリーが磨き続けてきた己の武器は強力だ。


「あ、はい……。グレース……グレース=ミュレーズ」





「フランスという国で、歌手をやってました」




 歌手。




 歌い手。




 ――歌を歌う者。




「へぇ……」



 女は、心の中で舌舐めずりをする。



「もう聞いてるでしょうけど改めて、私はアシュリー。アシュリー=エア」



「よろしくね?」







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







 これから先、大量の木材が必要になる。

 トールの判断にテッサは納得し、アシュリーと共に白い髪の女への周辺案内も兼ねて、木材集めやその他の日課を請け負った。


 彼女の手には細長い雑草の葉が握られている。

 まるで剣のように細長く、そして鋭いその緑の葉は側面が汚れていた。

 薄く色がついた液体がこびり付いている。


「浅かったッスかね」


 誰に言うでもなく、テッサは呟く。

 その目に映っているのは目の前の光景ではなく、『自分』に向けて多少固い笑みを浮かべる、白い髪の女の顔。


 テッサは、密かにアシュリーの視界をジャックするために暗躍していた。

 万が一に備えて。


 この女が、トールに――テッサが可能性を見た男に危害を加える事態に備えるために。


 自分の職業――歌手について尋ねられたのが嬉しいのか徐々に口が軽くなる白髪の女の首筋には、うっすらと赤い線がついている。

 真っ直ぐ、鋭く、浅く。


(いや、今回は神経毒だし効果はあるはず。まぁ、寝たきりの時に口から色んな毒飲ませても効いてなかったから、期待はしてなかったッスけど)


 手にしているのは、小さな瓶。

 かつて、ヴィレッタがアシュリーを暗殺するために持っていた小瓶。

 ゲイリー達魔術師が矢や石に塗る毒物だ。


「……いっそ心臓ぶち抜くか崖から突き落とすッスかね。隊長の内心はともかく、トールくんは説明すれば……いや、無抵抗じゃさすがに駄目ッスよねぇ」


 アシュリーが焦っていたように、テッサも内心で焦っていた。


「トールくぅん……。なんでアオイさんを向こうにやっちゃうんスかぁぁ……」


 テッサにとってアオイという女は、ある意味競争相手であるのと同時に、ある意味で絶対信頼できる女だった。

 トールという男の害になることはまずやらない。

 甘やかしているように見える所もあるが、それでも彼を絶対に裏切らない存在だ。


(いやまぁ、考えてることは分かるッスよ。アオイさんやボクを重用しすぎると、余計な火種になりかねないって判断したんだろうって事は。でも……)


 誰かいる。誰かがいるのだ。

 常に警戒をしているテッサや、特別勘の鋭いアオイの目を抜けた何者かが。

 出来る事ならば、最低でもヴィレッタはこちらに残して欲しかった。


 トールとテッサ。


 銃火器という強力な武器を作りだせるアレをコントロールできる二人が揃っていれば、大抵の危機はどうとでもなる。


(ボクなら……ボクだって、君の邪魔をする奴を手にかける覚悟をしてるッスよ。トールくん) 


 テッサの世界は、テッサ達の国は、強固な階級社会だった。

 アオイの国よりもかなりマシだとテッサは思っていたが、それでも自由な国と言うには窮屈で、厳しくて、弱者に厳しい国だった。


 テッサは最下層の出身だった。


 金銭どころか食う物もなく、週に一度の配給だけが頼り。

 汚水をすすり、わずかな食糧を奪い合い、奪われない様に隠れ住む。


 ……あるいは、友人知人は人買いに売る。

 それが自分の親や――子供でも。


「トールくん……」


 毒を塗った葉を、先ほどメタルマッチで点けた小さい火種の上に置き、燃やしつくす。

 細い白煙はすぅっと上り、すぐさま立ち消える。


「大丈夫ッス、大丈夫ッスよ」


 隠し持っていた拳銃を引き抜き、クルクル回して素早く構える。

 テッサの現状唯一の切り札。

 本来ならば、アシュリーを暗殺した後にヴィレッタの電脳を破壊するためのモノ。


「君は、ボクにとっての希望なんスから……」





「守らせて欲しいんスよねぇ。ボクにも」



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