033:チャレンジ☆素焼き!
そういえば、こっち側に来てから雨に出くわすのはこれでまだ二回目だったな。
ふとそんな事を思い出しながら、俺はアオイ、ゲイリーの二人と共に、屋根を付けた中央の焚き火――実質調理場か――を囲んでいた。
いや。正確には並んで、か
辺りには雨が地面を打つ音と、屋根の葉っぱがそれらを弾く音が響いている。
ゲイリー達の予想どおり、日が沈んで完全に真っ暗になるのと同時にそこそこ強い雨が降ってきた。
正直屋根を付ける必要があったかどうか自信がないが、
「足だけ湯に浸ける事にどれほどの意味があるかと思っていたが……これは……悪くないな」
結局流木一本しか加工できなかったが、考えていた物はどうにか一つだけ完成させることができた。
他の煮沸用の物同様削ったものだが、今回はそれほど深くは削っていない。
水を多く貯めるより、裸足を入れた時に不快感を覚えたり怪我したりしないよう、石で延々となめらかになるまで削った甲斐があるというものだ。
ただの器ならひたすら削るだけだったが、今回の一番の目標は違和感なく足を置けること。
よって細部には滅茶苦茶こだわらせてもらった。
今回は沸騰させる必要はないので、一番危ないのは焼いた石を水に入れた時の水の跳ね上がりと温度差で石が破裂する危険性くらいか。
一応、温度を保つ意味で真ん中位にくぼみを作って、穴を開けた樹皮で仕分けた石起き場があるが、ここに足を近づけなければ問題ない。お湯が熱いと思ったら火箸で取り除けばいいし。
で、暗くなりつつある所を急いで川まで水を汲みに行って石を焼いて……まぁ、今に至る訳ではある。
「にしても、わかってはいるつもりでしたけど大分汚れていたんですねぇ」
おそらくここにいる全員が、最低でも二日に一度は川の中に入って身体をしっかりと洗っているのだが、それでもやはり限界がある。
全員それは分かっているのだろう。
足限定だが、しっかりと湯に浸けて布――のかわりに紐を束ねた物で拭うのを繰り返したおかげで、かなり垢が取れている。
肌の色がしっかりと見えるようになった足を見て、アオイが深いため息と共にそんな事を言う。
「トールさん、やっぱりお風呂って無理でしょうかぁ?」
「ゲイリーの所みたいなバケツ方式ならできなくもない……だろうけど」
「いや、あれはキチンとした個室を用意しないと……すぐさま冷えるぞ?」
「ありゃま」
それはちょっとなぁ。
今はまだ一応温かいけど……。
「というか、湯を被って身体を洗えば、今よりはマシになるんだ。むしろ、大量の湯を沸かす方法を考える必要がある」
「……加えて、安定して水を貯めておける容器がいるなぁ」
今やっている焼いた石の投入では非常に手間がかかるし、それに危ない。
事前にゲイリーが教えてくれたおかげで気を付けているが、うかつに石を熱すると物によっては爆発するらしい。
一応ゲイリーから熱したら駄目な石の特徴を聞いて、そういうのは避けるようにしているし燃やす時も気を付けているが……。
容器の方も、正直バケツは作るのに滅茶苦茶時間がかかる。
まずちょうどいい木材を見つけるのが難しいし、それの加工に死ぬほど時間がかかる。
なるだけ柔らかい木材があればいいのだが、それはそれで強度に問題が出てくる。
「となるとあれか? 金属の何かを探す必要がある?」
頭によぎるのはアシュリーのサバイバルパックだ。
話によると手の平より少し大きめの金属製で、いざという時は小型のフライパンとしても使えるとか。
容量はともかく、ちょっと湯を沸かすには結構良いのではないか。
「いや、さすがにそれは難しいだろう……他に生活の気配があるならまだしも、現状では徒労に過ぎない」
まぁ、だよなぁ。アシュリーのサバイバルパック一つのために全労力を割く訳にも行かないし、それなら罠増やした方がよっぽど役に立つ。
「まぁ、ひょっとしたらアシュリーが何らかの発見をしているかもしれないが……期待は出来ないだろう」
「となると他の方法だけど……なんかある?」
「……あまりスキルに頼るのもどうかと思うんだが……トール」
「ん?」
「君のスキルで、粘土を探し当てる事は出来るかい?」
粘土? なんで?
「あぁ、焼き物の器ですかぁ」
それに対していち早くアオイが反応する。あぁそうか、そういう物もあったか。
「とりあえずな。それで器を作る事が出来れば、今まで以上に生活の幅が広がると俺は思う」
「なるほど」
悪い話じゃない。というか、土器の存在を全く思いつかなかった。
土器というか、いわゆる焼き物って単純に器ってイメージが強くて火にかけるイメージがなかった。
……あぁ、でも土鍋って一応そうか?
「ちなみに、粘土を集めてからどうやればいいんですかぁ?」
アオイは当然と言える質問をゲイリーに投げかける。
まぁ、自然の中に住んでたゲイリーならやりかたも当然――
「………………………………」
おいこっち見ろやゴルァ。
「……ゲイリー?」
「し、仕方ないだろう! 俺は一応は貴族だったんだ、職人ではない!」
「うん、それは分かっている。分かっているんだが、だったらなおさらどうして土器を思いついたんだ」
「いや……以前……父上の視察に付いて行った時に器をかたどった粘土を窯の中に入れているのを見たから……出来るかと思って」
窯。
「……つまり、なんにせよ密封した空間で焼く必要もあるのか」
土を盛ってそれっぽいのを作る――いや、穴掘ってその上で火を焚いた方が早いか?
ん~~~。ピッタリ当てはまるイメージが湧かない。
「い、言っておいてなんだが、なにかのヒントにはなっただろうか?」
「ん? あぁ、大丈夫大丈夫。なんとなくの工程は分かったし多分スキルも反応してくれるだろう」
実際に粘土を見つけて観察すれば、恐らくスキルの方が発動してくれるだろう。作ろうとしているのは明らかな道具だし。
だからそんな不安そうな顔をしなさんなってゲイリー。
むしろ普段君にどれだけ助けてもらっているか。アオイやアシュリーもそうだけど。
(しかし粘土って……)
正直、工作用の油粘土や紙粘土くらいしか思いつかない。
小学校の時に理科の授業で自然の粘土を実際に触った様な記憶はおぼろげにあるが、どういう感触や見た目だったかはもちろんどういう所にあるかすら定かではない。
うん、なんかすんげー柔らかくてちょっとこねたら粘りが出る……んじゃないかなぁ、多分。
そもそもどういうところで取れるんだっけ? 崖みたいな地層丸出しの所だっけ? 河原だっけ?
(というか、ここらへんの土じゃあ出来ないのかね)
なんとなく、今日は一度しか使っていなかったサーチスキルを作動させる。
対象というか、注視するのは地面の土や転がっている石だ。
一応念のために、ここらの土を意識してサーチしてみる事でどういう風に作用するのか試しに……おろ?
「……ゲイリー」
「なんだ?」
「わざわざ探さなくてもどうにかなるかもしんない」
「……なんだと?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そして翌日。
ここ最近無駄に早寝早起きになった俺は、ほぼ夜明けと共に目を覚ます。雨はどうやら上がったようだ。
結構早く上がったのだろう。地面は多少ぬかるんでいるが、思ったほどではない。
雨水を貯めるために開いて逆さに放置していた傘の中身を流木器に注いで、とりあえず火を大きくして昨晩軽く燻した魚を焼いて食って、さっそく今日の仕事に取りかかっていた。
「おい、トール。本当にこれで出来るのか?」
「……多分?」
スキル先生に頼りっきりの現状ではそれしか言えない。
今俺が何をやっているのか、説明しろと言われたら滅茶苦茶簡単だ。
ちょっと深めに掘った穴から、色の変わった赤い土を掘り出して泥遊びしている。
……いや、ホントにこうとしか言えない。
「まぁまぁ♪ トールさんも半信半疑とはいえ、スキルが発動しているということですし信じましょう」
「いや、その、決して疑っているわけじゃないんだが」
そんなお茶濁さなくていいってゲイリー。俺自身がこれで良いのか凄く不安なんだから。
試しにとスキルでサーチかけたら、俺たちの真下から都合よく粘土が出てくるなんて怪しい所の話ではない。
同時に完成できるのかどうかも正直不安で不安で仕方ない。
「その、ゲイリー……アオイもすまんな、かなりの汚れ仕事をさせてしまって」
粘土を掘り起こす時に出た普通の土を、俺と同じように水で練っている二人に俺は頭を下げる。
アオイはツタを使って袖が汚れないように上手い事縛り上げて――なんて言うんだっけ、たすき掛け? で、ゲイリーも腕まくりして手首の辺りまでを泥で汚している。
「いや、構わん。というか、こっちの仕事の方がまだ俺にも理解できる」
「この土で『かまど』が作れるっていうのも驚きですけどねぇ。かまどってもっとこう……レンガとかしっくいでガッチリ作っている物だと思っていましたぁ」
同じく。
前にピザ窯ならそれを売りにしている店に言った時に見た事あるが、完全に煉瓦製だったからそういう物だと思っていた。
…………。
あれ、ひょっとして窯と釜戸って違う?
まぁいいや。
「要するに炎の熱を一方に集め、かつ風や冷たい外気から守ればいい訳だからな。言われてみれば村落などはこんな感じだった気がする」
「へー」
「……トール、仕事を指示した君がそれでどうする?」
「いや、俺にとってもかなり未知の領域なんでちょっと……」
昨晩、足湯を満喫しながら試しにとサーチを作動させると、詳しい地下の様子が判明したのだ。
いや、正しくは足の下にある土の特色というべきか。
今まで俺たちが踏みまくっていた普通の土の下に、粘土がある事もそれで判明したのだ。
「問題は受け口ですねぇ。トールさん、一応確認しますけど、そっちの赤い粘土じゃなくても大丈夫なんですね?」
「あぁ、むしろそっちの方が都合がいい……と、思う。スキルもそう言って……書いてるし」
水が多すぎないように調整しながら練った泥を、アオイは今適当な石の上に更に葉っぱを敷き、その上で練りまわしている。
今二人が作ろうとしているのは釜戸だ。基本的には泥を中空洞の煙突みたいな形に固めてその下で火を起こして上の口の部分で調理したりする物だが、今回必要なのは火力が集まった『中』で焼く釜戸。
つまり、焼く対象を火力が密集するちょうどいい所に乗せるための受け口,受け皿が必要だった。
「あぁ、大丈夫。とりあえずはそれで頼む!」
「了解しましたぁ♪」
川から拾って来た平らな石。その上に大きめの葉を置いたさらにその上に、アオイは泥を積んでいく。
葉の上に積まれた泥をアオイはこねながら大きな塊にし、そして少しずつ形を整えていく。
やや分厚めの――厚さおよそ4,5センチ程の丸い板の形に整え、そこに適当に穴を開けていく。
「んー……水が少なすぎましたかね?」
「いや、多分大丈夫だ。とりあえずそれをベースにかまどを進めておいてくれ、こっちもそろそろ形作りに入る」
敷いていた葉っぱごと適当に開けた場所にそれを置いて、受け皿になるそれの大きさに合わせて目印の石を周囲に敷く。
それから受け皿と葉を一旦引き抜き、そこから少しずつ円を絞る様に――中が空洞の富士山型と言えばいいのだろうか? 泥で固め、土台の石を積みまた泥で固めを繰り返す。
ちなみに受け皿となる泥の塊は、一度乾燥させるために近くに放置だ。
で、俺も似たような作業をしている。
スキルの提示通り少ーしずつ水を加えて、ちょうどいい固さになった泥――いや、粘土を使ってまずは底を作る。
薄すぎると火に入れた時に割れてしまうので要注意だ。
適度な厚さを意識して戸の平二つ分くらいの大きさの円を作り、その後同じ粘土を手で擦り合わせて太く長いひも状にして、その円のふちに乗せていく。
一本、二本、三本と重ねるように乗せて、少し高くなったら形を崩さないよう丁寧に指でこすり、ただの紐の重なりを薄い壁にしていく。ようするに壺というか瓶というか、そういう物の側面だ。
ムラが出ないように均等になる様に紐を作り、乗せて、境目を潰していく。
(……ロクロが欲しい……あのクルクル廻る奴)
一応すぐ台代わりに使っている石を回転させれば方向は変えられるが、今一番欲しいのは綺麗に回転させられる道具だ。
そういうのがあれば、そもそも底を作る時などもっと楽だったろうし、今やってる側面作りももっと綺麗に出来る自信があった。
(真っ直ぐで軽い板とか石を見つけたらなんとか作ってみよう)
多分、スキルが補助してくれるだろうが基本的には自分の手先が物を言うのだ。
罠作りもそうだ。アレからスキルを使って何度か自分の手で作っても見たが、怪我した事は一度や二度ではない。
最近ではかすり傷程度で、あの時みたいに血が流れ出るような傷はもうないが。
「あ、かまど造りはそこまで急ぐ必要ね―から。コイツも乾燥させてからじゃないと意味ねーし」
「あ~、それじゃあ雨避けも兼ねて乾燥させる場所を作った方がよさそうですねぇ」
「なら、かまど造りは俺が続けておこう。アオイはそっちを頼んでいいか?」
「了解しましたぁ♪」
「あ、試作ってか試行錯誤を兼ねていくつか作るつもりだから、ちょいと広めというか多めに頼む」
俺の言葉にアオイは「は~い♪」と手を振って応える。
(さて、これだけ大規模な仕事をさせる事になったんだし、上手くいってくれると良いんだが……)
ちょっとしたバケツサイズにまで大きくなった、今はまだ泥の塊を扱いながら、これが失敗した時の事を考えて不安な気持ちになる。
(この後罠の様子も見に行かなきゃいけないし、今日中にアシュリーが戻ってこなかったら一応あっちの方向に探しに行かなきゃいけないし……)
やる事が多すぎる。人手が足りない。けど増えると飯の問題が出てくる。
ホントどうしろと……泣ける。
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