幕間~まだ見ぬ二人~

「なーるほどぉ、あれが目標の男の子ッスか。……無精ヒゲが個人的にマイナスですけど、それでも結構いい男ッスね。うんうん、超ボクの好みッスよ」


 一人の少女が、やや高い木の枝に寝そべり、双眼鏡を目に押し当てている。

 セミロングの金髪をオリーブドラブ迷彩色の軍帽の中に押し込めた少女は、小柄な身体にしては豊かな身体を、自分の体を支えている枝に押し付けながらつぶやいていた。


「おい、一応近づくなという命令だ。気をつけろ」

「まーたまたぁ、そんな命令聞くつもりがないくせにぃ♪」


 藍色の髪を後ろで束ねた女――ヴィレッタは、その木の根元に背中を預けて腕を組んでいる。


「で、隊長様はどうするつもりなんスかね?」

「あの少年の意識をこちら側に傾かせた上でグリューネヴァルト領領主、ゲイリーを確保するつもりらしい」

「あのいい感じの男の子……トール君でしたっけ? はともかくゲイリーなんて放っておいて良いんじゃないッスかねぇ。魔法が使えないのならば尚更」

「……仲間が何人もアイツやアイツの部下に殺されているのだぞ」

「僕の親しい人が殺されたわけじゃないで別にいいッス」

「貴様……っ」


 軽薄な調子の少女に思わず激昂しかけるヴィレッタだが、深呼吸をして気持ちを落ちつける。


「まぁいい。しかし、計画が大幅に狂ったな」

「ッスねぇ」


 双眼鏡を懐にしまい込んだ少女は、スタッと身軽に地面に飛び降り、「んーーっ!」と伸びをする。


「陸軍情報局第七課所属、アシュリー=エア特務曹長。近年本土で多発する内乱を誘発させていると見られる地下組織との関与の疑いアリ。今回の任務が終わり次第拘束、尋問せよということだったが……」

「実質アレですよね。後で公開するそれらしい証拠でっち上げた上で隊長を暗殺しろって事ッスよねぇ」

「…………通達された極秘任務はあくまで武装解除と拘束だ。曖昧な境界の上に立つ我らだが、軍人が政治に深入りして良い事はない」

「魔術師がよく使う毒薬を用意しておいてッスか?」

「……敵との交戦で倒れることは、軍人には珍しくない。私達のような存在なら、なおさらな」

「そッスねぇ」


 表情を一切変えずに淡々とそういうヴィレッタに対して、少女の方をニコニコと笑顔で口を開く。


「いやぁ、でもこのままだと、どっちにせよトール君とは仲良くできるッスよね? いやぁいいなぁ。報告聞く限り偉そうにグチグチ言うタイプじゃないっぽい所か超優しそうだし……もうさっさと隊長暗殺して知らない顔であっちのグループに潜り込まないッスか?」

「私情よりも任務を優先しろ、馬鹿者」

「ぶぅ……。絶対そっちの方がシンプル且つ実利がてんこ盛りなのに」


 頬をリスのように膨らませる少女しばらくそのまま膨れているが、ヴィレッタが延々無視する様子を察すると「ぷすーっ」と空気を吐き出す。


「ま、なんにせよ帰る方法見つけないとこのままじゃあ暗殺とかその後の展望とか以前に、生活というか生死の問題が関わって来るッスからねぇ。口に出来るものなんかは基本的に隊長経由でトール君がスキルとやらで判別した物が入ってくるッスけど」

「なんですでに対象の男子と距離が近いんだ……」

「だって、実質ボク達の命を繋いでくれているのってトール君じゃないッスか。いやまぁ可食テストして一個一個何が食べられるのか試すって方法もありましたけど、そういった手間を省いてくれたのはトール君ッスよ?」

「……いや、感謝する理由にはなっても距離が近づく理由にはならんだろう」

「かーっ! これだから頭の固いガチガチの理屈系は」

「おいテッサ、お前よほどぶん殴られたいようだな」

「お願いするッス!」

「……お願いするのか?」


 両手をバッと広げて「さぁ来いッス!」と待ち構える少女――テッサの無駄にキラキラした笑みに、ヴィレッタは恐れおののくように後ずさる。いや、ようにではなく実際に恐れたのかもしれない。

 理解不能な変態はいつだって最強なのだから。


「相変わらず貴様は読めん」

「いやぁ、完全に人を理解できちゃったらその人気持ち悪いッスよ。落ちてても拾いたくないレベルで」

「人は落ちてるものじゃないだろう」

「ヴィレッタさんは相変わらずネタにもマジ返しばっかッスね……」


 テッサはどこからか取り出した桃のような果実に被りついてモグモグしはじめる。


「お前、それどこで取ったんだ?」

「ボクが昇ってた木ッスよ。トール君がサーチ済みの食べられる果実だって分かってたので……あ、ヴィレッタさんの分も取ってきたッスよ」

「……いただく」


 なんにせよ、現状の選択肢は二つ。

 アシュリー=エアの命令のままに動くか、否か。

 二人の女はしばし、果実の甘味で精神を回復させる作業に没頭し、


「なんにせよ、今隊長を殺すのはやはり不味い。どういう流れになるが分からないが、スムーズに向こう側と接触した上で事故にあってもらう方がまだいい」

「……ぶぅ、まぁそうッスよねぇ。帰る道筋見つけるまでは隊長の存在は色々と利用できそうですし」


 ヴィレッタは、頑丈かつ透明な容器を揺らして中のトロっとした液体を確認する。敵である魔術師達が矢に塗ったりして使う――その毒薬を。


「あぁ、そうだな」

「ヴィレッタさんはこれからどうするッスか?」

「とりあえずのベースキャンプを作る。少年達はどうやら下流の方を気にしているようだし上流側の、それも対岸側に作ればまず発見はされまい」

「隊長にも見つかっちゃダメッスよ? 『ボク達』のベースなんスから」

「分かっている」


 そうしてヴィレッタは――暗躍の火種になり得る女は、一度も動かなかった表情を一瞬だけ緩めると、木々が生い茂る森の中へと消えて行った。



















「いやまぁ、そう簡単に隊長に死なれるとボクも困るんスけどねぇ」














「ちょうどいい身代わり人形が出来たんだから、キチンと色々おっ被さって皆の前で死んでくれないと……ねぇ?」



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