034:やめとけ、それ落とし穴だから
「ただいまー……ようやく帰って来たと思ったら、また何か増えてるわね……なに、かまどかしら?」
「おう、色々出来る事を増やすためにな」
アシュリーが帰って来たのは、素焼きの整形を行った翌日。
そろそろ夜の飯の事を考えようかという所だった。
今現在、形だけ作った
うん、そうなんだ。
実質焼きに入るのにはちょっと時間がかかりそうなんだ。
理想は一月みたいなんだけど、そのうち一つは一週間で一度やってみようと思う。
乾燥期間に関してはスキルもすっごい曖昧で『一週間から一月』なんて書き方してるから、ちょいちょい試してみるしかない。
「それじゃあ今貴方が作っているのは予備?」
「予備っていうか……まぁ、そうだな。スキルが色々教えてくれて補正はかかっているんだろうけど、どうやっても成功率三割を超える表示が出なくてさ。うち二つは成功率一割超えるか超えないかくらいで……」
「……大丈夫なの?」
「わっかんね。作製スキルが成長するか、なんか特化した新しいスキルでも生えてくれればもうちょい安心できるんだけど――」
実は、それこそ三つめの水瓶を……なんというか、素体? を作り上げた後に、またもやスマホが震えだしたのだ。
今回は今までと違い、新しいスキルこそなかったが二つまでスキルを覚えられるということだ。
一応昨晩アオイとゲイリーの要望などは聞いていたが、アオイは相も変わらず魔法の習得を全力プッシュし、ゲイリーはもし習得するなら『毒耐性』とかいいんじゃないかとか提案しているが……なんにせよアシュリーの意見も待ってから判断するという形だ。
二人が戻って来てから食事の準備を終えてくらいから、それぞれの意見を交えながら方向性を決める形になるだろう。
「そうだ、そっちはどうだった?」
「向こう側……アタシの中の電子コンパスだと南だけど、そっちに川をもう一つ発見したら。流れの向きはこっちの川とさほど変わらないから、ひょっとしたらもっと下流で繋がるかもしれないわね」
そういってアシュリーはメモ帳を俺に渡して来る。
どうやらほぼ完全に日本語を理解したようで、大まかな地形を示した地図には、少々ぎこちないが漢字を交えた簡素な説明が追加されている。
「ここから真っ直ぐ進んで……そうね、ホントに丸一日歩いたくらいの所には大きな上り坂が東側に向かって合って、そこが岩場になっているわ。で、その脇を抜けて更に半日南に進めば、さっき行った川に辿りつくってわけよ」
「川でなにか発見しなかったか?」
そう聞くと、アシュリーは非常に苦々しい顔になって、
「ダムというか、建造物のような物があったわ」
「人の痕跡!?」
「いいえ……小動物だったわ」
ゲイリー絡みで最初の頃のピリピリしていた時を除けば、いつもニッコリ笑みを浮かべているアシュリーにしては珍しい顔をしている。
「流木や木の枝を積んで、川……そうそう、それなりに広い川なんだけど、その真ん中に住処を作っていたのよ。イタチみたいな動物で、捕まえれると思って石を頭に投げつけて確保した後、一応スケッチしてから焼いて食べたんだけど……」
あ。
うん、なんとなく――なんとなく分かった。
様子を聞く限り、俺の世界のビーバーかそれに近い生き物なんだろうが……。
「美味しく……なかった?」
「酷い臭いと味だったわ。タンパク質を補給する必要があったから無理矢理食べたけど、二度と口にしたくないわね」
そういってアシュリーは、腰のツタに引っかけていた毛皮を俺に渡してきた。
「そんなに大きくないからそのまま焼こうかと思ったけど、毛皮なんていつ何に使うか分からないから向こうでなめして来たわ。石の尖った所で無理矢理切ったからちょっと杜撰だけど……まぁ好きに使ってちょうだい」
「アシュリー、本当にありがとう。それと、お疲れ様」
いやホントにマジでありがとう!
こっから先の事を考えると、使えそうな物はキチンと確保しておく必要があるし地図も含めて超助かる!
「いいわよ、君こそまとめ役お疲れ様。アタシがいない間、アオイとゲイリーは大丈夫だったかしら?」
「あぁ、特に問題はない。……むしろ、色々と汚れる仕事をやらせてしまって申し訳なかった」
「野外での生活なんて、汚れる事前提だからあんまり気にしても仕方ないわよ」
「とはいえ、泥いじりだからなぁ」
どうにかして衣類を作れない物か。
乾燥させた骨を砕いて縫い針作ろうとしてみたけど、これが凄く難しい。
加えて毛皮は針が通りにくいし、今の状況じゃあ活用が難しい。
一応、スキル発動させたら、毛皮を使って靴を作るって方法はあったけど……。
「まぁ、とりあえず休んでくれ。今足湯を用意する」
「足湯?」
「あぁ、まぁ、風呂の代用品? と言えるレベルじゃないけど……ちょっと待ってて、今軽く石を焼くから」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「へぇ、見かけに反してこれいいわね。君の所ではよくある物なの?」
「あー、温泉で有名な地域だといくつかあるかも。なんかそういうのを雑誌とかで見た記憶があって……本当は足だけじゃなくて、膝下位まで浸かる物だったはずだ」
「やっぱり、君の所の国って興味深いわね。すっごく娯楽に溢れてそう」
相変わらず温度の調整が難しいが、とりあえずちょうどいい湯になったお湯に並んで足を入れる。
もちろん、事前に水で落とせる汚れは落としてだ。
「アシュリーの所はどうだったのさ? 遊びとか、さ」
「んー、戦時中って言うのもあったし微妙な所ね。一応君の所にあるようなゲームもあるけど、そのほとんどはゲームっていうよりシミュレーターだったし」
「シミュレーター?」
「戦闘のよ」
「……あぁ~、FPSか?」
「前に君が話していたゲームね? えぇ、そんな感じね。ただこっちは指だけじゃなくて身体全体を動かすけど」
「センサーとかで身体の動きを探知してって形?」
「あるいは、五感をそのまま仮想世界に放り込んだりとかね。まぁ、そこら辺は脳に繋いだサブブレインの性能や機種によるけど」
「興味はあるけど、そこら辺が凄く怖いな……アシュリーの国は」
未だに経験こそないが手術ですら想像しただけでも恐ろしいのに、頭に機械を埋め込むなんて怖すぎる。
「そうかしら? いえ、そうね。確かにアタシも、子供の頃は電脳化やサブブレインの移植手術は怖かったわ」
「正直、アシュリーと話しているとロマンに溢れる話は多いけど、それと同じ位恐怖を感じるよ」
「ふふっ」
ちょっと失礼な事を言ったかと思ったが、アシュリーは思い当たる節があるのか、なにかを思い出すように小さく笑う。
「……そうね。君達と出会って、違う文化や思考、思想に触れて……衝撃を受ける事が少なくないけど」
白い足でお湯を小さくかき混ぜながら、アシュリーは少しだけ俺に近づく。
「君の様な男の子が育つ国なら、一度その文化に触れてみたいわね」
「思春期の男の子にそういう事言うのは止めなさい。心臓に凄く悪いから」
すっごいね、ドキドキするの。
アオイもそうだけど妙に距離感近くて本当にヤバいの。
ただですら極限状態で色々悶々とすること多くて、この間なんざ同じ男だっつーのにゲイリーの横顔に一瞬クラッと来た時は死のうかと思ったわ!
「あら、本当に女慣れしていないのね。君の年頃で学生なら、交際している人くらいいると思ったんだけど」
「そりゃそういうのも周りにゃいたし、友達の中で誰々に惚れただの言う話はあったけど……」
「へぇ……。友達の方はどうだったの? 好きな人とは上手くいった?」
「告白して撃沈一回、告白する前に恋人が出来たの二回、成功したけど付き合い方が分からず二カ月で別れたのが一回……こうしてみるとアイツ結構チャレンジャーではあったのか」
「同じ学校の子?」
「あぁ、クラスメート。で、好きになる相手はそれが先輩だったり後輩だったりはあったけど、基本的には同級生で――」
ふと、口が止まる。
というのも、アシュリーとの会話は基本こんな感じだからだ。
たわいもない事を俺が話して、アシュリーが相槌を打って続きを促して……。
うん、なんというか、アシュリーは聞き上手なのだ。
こうして雑談していると、ついつい自分だけが喋って終わってしまう。
「なぁ、その、なんだ、アシュリーの方はどうだったのさ?」
「え、アタシ?」
「あぁ。いつも俺の話ばっか聞いてもらってるからさ」
「他にも色々聞きたいんだけど……君の事、もっと知りたいし」
「つってもなぁ……」
年上のお姉さんと話した経験なんざそうそう碌にあるもんでなし、おまけに違う世界の話だ。
まぁ工作員として活動していた期間が長いならそうそう話せる話題も少ないかもしれないが。
「結構、君との会話ってアタシにとっても重要なのよ?」
「そんなに?」
「えぇ、だって君の国って詳細はともかく、それなりに上手く回っている国だもの。そういう国の政治体制や経済に関してはアタシも仕事柄興味あるし、そういう事ってこんな雑談でもそれなりに分かる事が多いのよ」
「まさかの調査!?」
こんなバカみたいな雑談も仕事の内って訳かよちくしょう!
「個人的に気になる話でもあるし、それにアタシにとって、君の国の話って希望なのよ」
「希望?」
「いつか、戦争が終わった時に……君の国のような生活が待っているんだってね」
「…………」
「素敵じゃない?」
「あぁ……そうだな」
そうだよな、アシュリーとゲイリーの二人は現在休戦中だけど、一方で二人の国は今も戦い続けているハズで……。
「なぁ、国に帰りたいんだよな?」
「正しく言葉を選ぶなら帰らなければならない、ね。……誰だって、戦いは怖いわ。でも、やらなきゃいけない事がまだ残っている」
「……もし、ここで残らなきゃならないってなったらどうする?」
正直、ここでの生活を続けているとそんな考えが浮かんでくる。
この生活が続く事に――その、食糧とかいずれ来るだろう冬とかに対しての恐怖はあるが、不思議と不安は湧かない。
アオイ達がいてくれるからだろうか……。
「そうね。今まであった物を捨てなきゃいけないってなると……さすがにちょっとは泣いちゃうかもだけど」
アシュリーは、やはりいつもと変わらない笑顔を浮かべて、
「君達と一緒なら……君達が一緒なら、この生活も悪くないわ」
そう言っておどけるように肩を竦めて見せる。
それが本心なのか、何かを隠すための嘘なのか、あるいは強がりなのかは俺には分からないけど――
「だから、もしアタシが泣いちゃうような時が来たら……君の胸、貸してね?」
そう言って笑う、この銀の髪を持つ女性の笑顔を、心から綺麗だと思った。
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