032:湯船の気持ちよさは反則レベル
「な、ちゃんと釣れただろう?」
「あぁ、スキルで表示されても半信半疑だったけど……まさか本当に釣れるとは思わなかった。それも三匹も」
「罠の方にも一匹かかってましたし、成果としては上々ですねぇ♪」
思わぬ戦果を挙げ、その後罠の方でも獲物を捕らえた俺たちは、早速帰って魚を搔っ捌く作業に入った。
完全に俺の知識にない未知の領域だったが、ゲイリーとアオイが分かりやすく教えてくれた。
危なくないようにと一番切れ味の鋭いアシュリーのナイフを使わせてくれたし、ホントにありがとう。
特にゲイリー。わざわざ後ろに回って、文字通り手を取って教えてくれたおかげで分かり易かった。次からは俺も自力で作業を終わらせられるように頑張るわ。
まぁ、今はもっと大事な作業があるが――
「で、近いうちに雨が降るってマジ?」
「多分、な。俺も知らない野草だが、今朝方までは確かに開いていた花が閉じている。それも全部だ。こういうのは大抵雨が来る証拠と見ていいだろう」
「えぇ、多分間違いないと思いますよォ。言われるまで気付きませんでしたが、確かに湿気が増えている気がしますぅ」
で、今自分達が何をしているかと言うと、念のためのそれぞれのシェルターの上の屋根作りだ。
「とりあえずお魚さんは内臓も骨も取ってから網に乗せて遠火でチリチリ焼いていますので、もうちょっと様子見ましょう♪ ちらちら様子は見ていますのでぇ♪」
「おう、頼むわ」
もっとがっちり落ち葉を積んだりして壁を厚くすれば良いのだろうが、現状余りに厚くし過ぎると寝ている間に暑くて無駄に汗をかいてしまいかねないのだ。
水分は補給できるが、一番不安な塩分を無駄に失う事を恐れている。
……加えて、落ち葉が腐ってもそれはそれで嫌だし。
本来なら、こういう形のシェルターは冬向けなのだとか。
「アシュリーは大丈夫かな……。迷うようなことはないと思うけど、雨に打たれたりして……」
「いや、トールが気にする様な事は多分ないだろう。以前チラッと聞いたが、急激な気温の変化にもアイツの服は対応できるらしい」
「……すごい技術なんだな、アレ」
「便利ですよねぇ。予備とかあれば一着欲しいですぅ」
いや、それはそれで……あれ、身体のラインとか丸見えだから正直心の健康に悪い。
……おいアオイ。なんだその目線は。
「まぁ、ちゃっちゃか屋根を付けよう。前に焚火の上に作った奴みたいに高く大きく作る必要がないから楽っちゃ楽だ。俺が水を弾きそうな葉を持ってくるから、アオイとゲイリーは支柱やフレーム作りを頼む」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……アシュリーにナイフを私用で使わせてくれって言ったら通るかなぁ……」
「唐突にどうしたんだ、トール」
頑丈かつ水をはじくデカイ葉のなっている木には探索の時に目星を付けていたのだ、アシュリーのナイフを使って回収してきた。
切れ味がやはり鋭い。というか鋭すぎてちょっとビビった。迂闊に扱ったら自分の指をスパッとやってしまいそうな位よく切れる。
「あぁ、今一番の悩みがあって……そういやゲイリーは全然そんなのないな」
「? 何の話だ?」
材料は十分以上に確保したのでアオイも呼んで全部調理場の屋根の下に置いて、今は屋根のフレームの下の方から順番に葉を一枚一枚設置している。
葉の根元部分の頑丈な茎をへし折って引っかける部分にして、横フレームにしている棒に次々引っかけていくという非常に地味な作業だ。
「ヒゲだよ、ヒゲ」
「………………ぁ」
たまにいるよね、すっごくヒゲが薄い男。
正直滅茶苦茶羨ましい。自分がヒゲの似合う男なら全然いいんだけどそういうわけじゃないからなぁ。
髭の心配がない人と、滅茶苦茶お洒落に髭をファッションの一部に出来る人にはマジで憧れる。
「いいよなぁ、ゲイリーは……ずっと剃ってなくてソレだし、そういう悩みとゼロだろう? こっちはちょっと放置しておくとみっともなくなるから結構注意していたんだけど……」
一応たまにアオイの刀を借りて、持ちやすい所に適当な葉っぱ撒いてカミソリ代わりにしてたんだけどどうしても限界があって、剃り残し……というか、微妙に長くのびた所と短く伸びた所がそれぞれまばらになっている。
もういっそピンセット作って全部抜くか? いや、それでも結局はまた生えてくるしなぁ。
「あぁ……えぇと……いや、ボ……俺もそれなりに悩んでいるんだ。その……ほら」
「???」
適当に話題を振ってみたが、いつになくゲイリーの歯切れが悪い。どったのさ。
アオイがいれば適当に場をかき乱して俺が突っ込みを入れて場の空気をどうにかできるのだが、魚が程良く焼けたのを確認したアオイは、火から遠い所に今は川の方に水を汲みに行っている。
「あぁ、そういや俺の世界でも髭が大人の証みたいな文化の所もあるって聞いた事あったような……ゲイリーの所もそうだったのか?」
「あ、あぁ、そうなんだよ……」
「うわぁ、それだと体毛薄いと大変だなぁ」
まぁ、ゲイリーの顔立ちで髭はちょっと似合わないしなぁ。
ちょろっと顎先とか口の上に生やして整えるくらいならば案外合うかもしれんが。
「刀借りた時は一歩間違えば自分を斬りそうだったからさ、アシュリーのナイフなら片手サイズだからまぁ、なんとかなりそうなんだよなぁ」
「……その、よく分からないんだが……髭ってそんなに不快なのか?」
「あぁ~、もうちょっと柔らかい奴ならそうでもなかったんだろうけど、微妙に固いからさ。ちょっと顔触った時にカリカリすんのが鬱陶しくてな」
パキッ、パキッと茎をへし折り、引っかける部分を作って行く。
樹液でかなり手が汚れている。後で手を洗わなきゃ……ついでに水浴びもしておかねーと。
「顔もそうだけど、身体を洗うのにお湯使いたいな……」
「それに関しては俺も同感だが……。大量の湯を沸かすのには現状どうしても、な……」
「バケツもう一個あれば……いやぁ、沸かすために結構な数の石焼いて入れてくのもな」
「身体を洗うためなら煮沸させる必要は……あぁ、念のためにかい?」
「そそ」
やっぱり身体を思いっきり洗いたいという欲求を互いに強いのだろう。
特に、ある程度食糧面の問題が解決されつつある現状では。
「もういっその事、この近くに温泉湧いてこないかな……サーチスキルで頑張れば見つけられないこともない気がする」
「温泉?」
「そっちにはなかった? 地下のマグマで暖められた湧水。ウチの国じゃあ、名物になってる所があったんだけど」
「へぇ。俺の領地にはなかったなぁ……」
「というか、そっちじゃあお風呂ってどうなってんのさ? やっぱりキチンとお湯に浸かってた?」
「いや、基本的には蒸し風呂だった。蒸気で満たした部屋の中で、汗をしっかり流しながら布で体を拭って垢を落として、その後ぬるま湯や水を浴びてもう一度布で身体を拭いておしまいだった」
「うわぁ。シャワーすらないとか自分には辛すぎる」
「ない事もないが……バケツの底に穴を開けて、付添いの人間が台に登ってお湯を継ぎ足していくという――」
「メンドくさ!?」
風呂の時間というのは一人でのんびりスマホで動画やラジオ聞きながら、夏ならそれにキンキンに冷やしたコーラ持ちこんで暑い暑い言いながらラッパ飲みする癒しの時間であるべきだろうが。
「逆に君の所の方が凄いと思う。一般階級でも身体が浸かる程のお湯を沸かしていたのだろう?」
「それに驚かれるとは……」
「俺たちの生活だと、まず湯を沸かすのにそれなりに気を配らないと悪いから……特に冬の時期は」
あぁ、そうか。ゲイリーの所は自然を可能な限り保護しながらの生活って事は、基本的に燃料の無駄遣いはアウトになるわけか。
アシュリーの所は普通にガスとか石油とか使ってそうだけど。
(なんかもう、ちょっとだけでいいからお湯を浴びたい)
こう、思った以上に身体がべた付いているのが分かる。
水浴びに加えて、お湯で濡らした布で身体を拭く事で最低限の英才は保っているが、やはり限界がある。
服も着替えなんてある訳ないから、Yシャツはまだ綺麗なウチに脱いでもう保管してある。今はその下の薄いシャツ一枚だ。
「風呂作れねーかな……」
「どうやってだ」
「こう、湖から水引けるように穴掘って、ため池みたいなの作って……そこに焼けた石を入れる場所仕切って――」
「湖からここに水を引いてくるのは不可能だろう。ここは湖よりは高地だぞ?」
「ですよねー。じゃあ上流の方から真っ直ぐに」
「その作業だけで一月近くを使ってしまうのが目に見えているな」
「ですよねー」
「というか、かなり頑張らないと風呂と言えるレベルにまでお湯の温度を高めるのはかなり苦労しそうなんだが……」
「分かってる。分かってますぅ」
「アオイの口調が移ってきてるぞ」
ちょっとくらい夢を見たかったんだよちくしょう。
屋根作りの作業はもう三人分は終わっている。後はもう一つ作れば組み立てるだけだ。
まだ時間はあるので、もう一つくらい作業は出来そうなのだが……。
「決めた。風呂作る」
「……どうやってだ?」
すいませんゲイリーパイセン、そのジト目でこっち見るの止めてもらえませんか。
男にしちゃ美人なんで妙にゾクゾクするっす。
「まずは適当な木を探そう。ゲイリー、悪いけど屋根の組み立て作業始めておいて!」
「あ、オイ!」
畜生、こうなったら絶対作ってやる。
とりあえずちょうど良い流木を……最低でも二つは見つけよう。
肩まで浸かれるのが無理だというなら、もっとサイズを小さくすればいいわけだ。
(足湯くらいならどうにかなるだろ)
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