031:学生と剣士の釣り日記
「釣れませんねぇ」
「釣れねぇなぁ」
今日も今日とてそれぞれが仕事に出ている。
まぁ、今現在俺たちの仕事といったら八割が食糧集めなのだが……。
アシュリーは単独で周辺の探索に出ていて、ゲイリーは今頃湖の所で例のタニシもどきを集めているのだろう。
うん、昨日泥抜き完全に終わったアレを茹でて食ったけどさ……ビビるくらい美味かった。
しっかり茹でると、黄色っぽい――あれだ、オリーブオイルみたいな物が煮え立つお湯の上にポツポツと浮かび始めたのだ。
貝のエキスなのだろうとそのまま野草と一緒にしっかり茹でて食ったら……まず、野草も煮汁も驚くほど美味しくなった。
野草の仄かな苦みと、オイル特有の甘みがマッチしてそれだけで豪華なシチューになったのだ。
そして貝自体も美味かった。
煮沸の熱で死んだ貝は、身を少し出して死んでいるので鋭い枝でほじくり出して一匹一匹食べたのだが、噛めば噛むほど中に残ったエキスが染みだして普通に美味かった。
贅沢を言うなら、クリームスープのチャウダーにして食べたかったという事くらいか。
いや、それにしても本当に美味かった。
今回はお試しという事でとりあえず取った分を泥抜いて食ったが、これならバケツ量産して泥抜き作業を日課にして、三,四日に一回は食事にコイツを食えるようにはしたい。
というか、恐らくゲイリーはそうするつもりなのだろう。
バケツもそうだし、もっと効率的に泥抜きするには水をもっと綺麗にすべきだと言ってペットボトルで作ったろ過装置を木材で再現しようと色々試していた。
で、俺とアオイが何をしているかと言うと――釣りである。
「やっぱり罠の方がいいのか?」
「いやぁ、こうして餌を動かして生きているように見せた方がお魚さんも引っかかってくれますってぇ♪ …………多分」
「おい貴様、最後になんつった」
一応アシュリーからをお墨付きをいただいているこの真っ直ぐな釣り針だが、今の所かかる気配はない。
一応捕まえたバッタを、針を完全に隠すように突き刺してエサにしているのだが……今の所成果ナシ。
「そっちの餌はどうだ? かじられた痕跡ある?」
「少し前に一度上げてみましたけどさっぱりですぅ」
俺たちがいるのは、拠点近く――つまりは湖から更に伸びる川だ。
とりあえずここで少し粘って、後々湖の罠を確認した時に湖での釣りに移行する……うん、そういう計画なのだが。
「ん~。バッタさんよりアリさんの方が食いつきが良いと思ったんですけどねぇ」
俺がバッタをまんま突き刺しているのに対して、アオイの餌は蟻だ。無論そのままではない。
ちょいと前に拠点近くに仕掛けた虫用の罠だが、どう言う訳かその罠――虫を閉じ込めておく罠の底に蟻が巣を作っていたのだ。
せっかくなので出来る限り捕まえた上で潰してペースト状にして、今こうして魚を捕まえるための餌になっているわけだ。
「やっぱり、上流拠点に仕掛けた漏斗釣り堀を作るべきか……」
「そうですねぇ……。ここ最近はリスさんや豚さんが取れたのでそっちにかなり力を注いでいましたけど、お魚さんも食べたいですよねぇ」
「だなぁ……。畜生、食えそうな奴がいるのは分かってるんだけどな」
サーチをかける前に逃がしてしまったが、まぁ焼けば食えるだろう。
……いや、ホント魚が食いたい。久々に。
そのために大事な紐も使って、短いとはいえ釣竿作ったんだから……なぁ?
頼むから引っかかってくれよ。
「やらなきゃいけない事を色々考えてみちゃいるが、ホントにほとんどが飯の事になるんだよなぁ……」
「逆に言えば、それだけ考えていれば一応生きていけるんですから良いですよねぇ」
「……さすがにそれには異議を唱えたい。ちくしょう、適当なお菓子摘まみながらゲームしてた生活が懐かしすぎる」
「ゲーム? カードとかですか?」
「いやそう言うのじゃなくて……というか、お前達の所にもそういうのあったのか?」
「たまに大会のような物があるんですよ。まぁ、ゲーム大会というよりはイカサマ大会ですが」
「それ楽しいの?」
「基本的に負けた人は骨の髄までしゃぶられる事になりますねぇ。いやぁ懐かしい」
「それ楽しいの?」
なんでコイツの話は娯楽の話ですらおぞましい気配が絶えないのだろうか。
「前に病気にかかった子供の治療を条件に私以外の管理官にギャンブルを挑んできた人もいましたねぇ。結局負けて出荷されましたけど――」
「なんでカードゲーム一つでそこまで闇が溢れてんだテメーのとこは!」
何度も繰り返すが、ホントに碌でもねーなテメーの所は!
「で?」
「あん?」
「食糧の調達以外にはどんな事を考えているんですかぁ?」
「そうだなぁ……」
ふと、隣に座る女の格好を見る。
淡いピンクを主体にした、派手の装飾のない着物――いや、浴衣に近い服だ。
いやホント、朝とか寒くないかソレ?
「この間の豚の皮がいい感じに丈夫な紐になりそうだから、骨で縫い針作れたらお前さんの服ってか上着を作ろうかと思ってる」
「? 私のですか?」
「万が一気温が激下がりした時、今のお前さんの格好じゃあ危ないだろ」
というか、もし今この場に布があって裁縫道具があって、俺に技術を補うスキルがあれば真っ先に作っている。
ただですら薄っぺらい服なのだ。アシュリー同様スレンダーよりの体系とはいえ……いや、だからこそか? たまにチラチラして精神衛生上大変よろしくない。
丈が長いとはいえたまに足でるし、胸元とかあぶねーし。
……いや、うん。寒さとかも気にしてるよ? うん。
「…………ほぉう。そうだったんですか気にして下さっていたんですかぁ」
「ねぇ止めてくんない? その生温かい目止めてくんない?」
ねぇアオイ君、君たまにはその勘の鋭さ休めてもいいんだよ?
「まぁ、それはさておき……健康や衛生に関して態勢を整えておきたい。帰るにせよ住むにせよ、ここで生きるには迂闊に病気にかかる訳には行かない……って、前にも言った事あるな」
「具体的にはどうするんですかぁ?」
「……どうしよう」
「おい」
アオイが思わずと言った様子で珍しくツッコんでくるが……だってしょうがないじゃない。
「サーチで薬草とかを探しまわる手もあるけど、さすがに効率が悪い。次スキル習得する機会があったら『野草知識』とか落とし込んで薬草取ってみるか……腹痛に効く薬草とかあったら取っておきたいし」
「基本的にトールさんは、帰る手段は後回しなんですねぇ」
「そういうつもりじゃないんだが……」
「あぁ、いえ! 決して悪いわけじゃありませんよ!? むしろ私的には嬉しいくらいなので!」
着物の袖をヒラヒラ振ってそう言うアオイは、本当に何かを否定しているつもりはないようだ。
いつもとおんなじ胡散臭い笑顔だ。……あれ? それいいのか?
「私は正直、あんまり帰りたくないのでここでこうして生活しているの好きなんですよねぇ」
「お、おう。お前は……まぁ、そうだろうけど……」
話を聞く限りでは『悪の帝国』という言葉がまんま当てはまる世界というか国に帰りたいと思う奴はまぁいないだろう。
それに、もしアオイがその世界にマッチしている奴だったら、初対面の時点で俺殺されて身ぐるみ剥がされた気がする。
「俺は帰るつもりなんだよ」
「でも、悪くないとも思っているでしょう?」
「……お前らとの生活は好きだよ」
アオイの言うとおり、悪くはない。
アオイは言動こそぶっ飛んでいるが、慣れてきたおかげか今では話しやすいし、ドライな所はあるが根はいい奴だと思う。
ゲイリーも頼りになる同性だし、アシュリーは悪戯っぽいというか茶目っ気のあるお姉さんって感じか。
なんだかんだで上手くやっている四人での共同生活は楽しいが……。
「けど、これまで住んでた所を捨てるってのもなんか違うだろ」
「でも、離れたがっていたんですよね?」
思わず、目線を川面からアオイへと向ける。
アオイはニコニコしたまま、川面にギリギリ餌が浮くように竿を調整しながら言葉を続ける。
「よく分かりませんけど、お家……いえ、御家族の事がそうとう苦手なんじゃないですかぁ?」
「…………」
ナンデワカルンデスカ。
「トールさん、御自分の世界での事を話す時にお爺様のお話はよくされますけど、お父様やお母様の話はほとんど出てこないので……出てきても子供の頃のお話がほとんどですし」
「お前……ホント……目ざといというかなんというか」
まさかそこを気付かれるとは思わんかったよ。
別に話必要ないかと思って何も言わんかったけど。
「まぁ、別に詳しく聞こうとは思いませんけど」
「うん、まぁ、そうしてくれると助かる」
あんまり楽しくない話をするのもなぁ……。緊急性があるわけでもないし。
「それに、そいつを理由に帰る方法の捜索を止めるつもりはないぞ?」
「えぇ、それはそれで問題ありません。結局、帰るか残るかはそれぞれの判断なのでぇ」
「あぁ。ゲイリーやアシュリーも、帰らなきゃいけねーしな」
なにせ片方は領主、片方は……兵士だがそれなりの身分の人っぽいし、やはり自分達の国が気になるだろう。
「あのお二人ですかぁ。う~ん……お二人とも、本気で帰りたいと思っているんでしょうかね?」
「そりゃあ、帰りたくないって気持ちも多少はあるんじゃないか? 戦争中なんだし」
現状、多少の小競り合いというか鞘当はあるし、空腹や病気への恐怖等はあるが『殺し合い』はまずないというのは結構なストレスを減らす要因じゃないかと思う。
これは、自分が目に見える危機がテストの成績だったり内申点程度という高校生の視点だからかもしれないが。
「それもそうですが……アシュリーさん……は、ともかくゲイリーさんは無駄に慎重で……でもその割にはお二人とも迂闊ですし」
「迂闊?」
「はい」
川の流れに合わせて餌のついた釣り針を流して、ある程度いったら引いてという事を繰り返しながら、アオイは珍しく、不可解そうな顔をしている。
「お二人とも、トールさんをあまりに舐め腐っています」
「ねぇごめんそれ俺どういう反応すればいいの?」
泣けばいいの? 泣いていいの? いいんだよね?
俺あの二人にそんな目で見られてんの? 嘘だよね? 嘘だといえよコノヤロー。
「そりゃあ、トールさんは格闘技の訓練どころか喧嘩の経験もなさそうなもやしですし、頭が悪い訳でもないのに変な所でズレてて察しが悪くてカモにされやすい性質ですけど」
「本気で泣きわめくぞ貴様ぁ!」
なんなの? なんなの?! いきなりなんなの!?
そんなに人の欠点あげつらって楽しいですかコンチクショウ!
「でも、頭空っぽにして付き合える人なんですよねぇ……」
「でもの使い方がおかしい。最後のだってお前それ褒め言葉じゃねぇだろうが、おい」
なんでこんな散々に俺が貶されてるのか、ちょっと三〇文字以内で答えてくれませんかねアオイさんや。
「ん~、やっぱり伝わりませんか。すっごく褒めてるつもりなんですけどねぇ」
俺の内心を察していないのかスルーしているのか、アオイはいつもと同じくアホゲを揺らせながら飄々としている。
「私、ゲイリーさんやアシュリーさんは別に敵になってもいいと思っていますけど、トールさんだけは敵に回したくないんですよねぇ。貴方は特別なんです」
だから貴様は物騒なワードから離れよう。離れてくださいホントに。
うかつに二人を刺激してお前らで大決戦とかなったら間に挟まれて黒ひげみたいになるのは俺だからな?
に、しても……俺が特別か。
「それは……仲間としての信頼とか、か?」
「いやそんな犬の餌以下の物なんてどうでもいいんですけど」
「てめぇっ!」
ちょっとばっかし期待した俺のピュアな気持ちを返せ!
「どっちかと言うと……恐怖ですかねぇ」
「はぁ?」
「今いる四人の中で一番危ないのは私だっていうのは自覚あるんですけどぉ……」
「自覚あるんなら直さんかい」
反射的に突っ込みを入れるが、やはりコイツは俺の言葉を華麗にスルーしたままニコニコ度数100%の笑顔で、
「四人の中で一番狂ってる人は……きっと貴方ですよ、トールさん」
なんてとんでもねーことを断言しやがった。
訴訟。
脳内の裁判官が、木槌を鳴らして俺の無罪を宣言する姿をなんとなく想像していると、手に握った竿に引っ張られる感覚を覚える。
「――っ、かかった!」
「こっちもです!」
躊躇わずに思いっきり引っ張り上げる。
すると、餌と針だけなら絶対に上がらない大きな水音と共に、宙ぶらりんになりながらも元気に跳ねる二尾の魚の姿が目に入る。
今日の夕食は期待できそうだ。
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