054:ちぇんじ!
「どうだ、目当ての木っぽいのはあるか?」
「ちょっと待てくれ、えぇと……」
「いや、別に急かしはしないって。ゴム探しは建前で本題じゃないんだから。あればラッキーくらいのもんさ」
「……あぁ、そうだ。そうだったね」
うあぁぁぁぁ……昨日はアオイに恥ずかしい所を見せてしまった。
色々といっぱいいっぱいだったとはいえゲーゲー吐く所を見せてしまった上に、気が付いたら俺のシェルターの中でアオイと一緒に寝ていた。
……あの、俺変な事してないよね? 吐いた後の記憶が全然ないんだけど。
万が一子供とかできたら、衛生面とかですっごい不安なんだけど。
本人に聞いたら、互いにグッスリ寝てたって言うけど……大丈夫だよね?
「なぁ、リーダーさん」
「んぁ? どうした『クロウ』?」
血で汚れたために俺と同様、適当な衣類――感じとしてはスーツに近いが、その上からマフラーを巻いている。
ちょっとでも素肌を隠すためだろう。
「どうして、自分を放っている?」
「殺すほどの事を……まぁ以前はやってたかもしれないけど、今はそうじゃないからな」
「アナタを喰った」
「おう、まさか内臓喰らわれるとは予想の外だったわ」
おかげでガチで死にかかったけどな! 喰っていいとは言ったけど手加減という物を知らんのかね!?
その光景もろ見てしまってリバースにずっと耐えてたわ。アオイの前で吐く事になろうとは……。
「それで? とりあえず男になりたいのか?」
「逆だね。クラウ――主人格のために完全な女の体になったけど、まだ不安定なんだ。クラウはそれでもいいと思っているようだけど」
クロウ=クラス。食人鬼、クロウ=クラス。
それが『彼』の名前だ。……まぁ、名前付けたのは俺だけど。
『彼女』の中に潜む『彼』には、ついさっきまで名前がなかった。
「体は男で心は女か。まぁ、ある話だよなぁ」
「半分だけね。……リーダーさんの所じゃ普通だったのか?」
「半分? いや、ともかく……奇異の目で見られるのは避けられねぇし辛い目に合う事も多いだろうけど……殺される所まではいかねぇかな」
「羨ましい限りだよ。こちらとは大違いだ」
彼らの住まう場所は信じられない程に巨大とはいえ、基本樹の中の世界だ。
住む所は限られるし、なにより限られた生産量で支えられる人間も限られている。
……口減らしという物があっても、おかしくない世界だった。
「最初は普通だった。両親はクラウを男の子だと思っていたし、そう育てていたようだ」
「それがどうして?」
「胸が膨らみ始めたのさ。下にモノが付いてるのにな。そして太ってる訳でもない」
それでおかしい事に気が付いたのか、クラウの両親は。
しかし――
「それだけで殺されるか?」
「殺されるのさ。実際、クラウは殺されかかった。だから、『自分』が産まれた」
話を聞く限り、多分だけど遺伝子っていう概念がクラウの世界にはあったのだろう。それがどこまで正確だったかは不明だが。
(それで、後の可能性を消すために障害持ちを排除とか……クラウの世界も中々にハードだな)
「もっとも、本人は割と最初からおかしいって気付いていたようだったね? クラウの腕は片方の爪が平べったくて、もう片方は丸っぽかったから」
「あぁ、腕も片方男で片方女だったのか」
「多分な」
「……腕や首元の縫った跡は、そこらを直したためか」
「理屈では錬金術でもっと上手くやれるはずだったんだけど……実際に喰った自分の失敗だ。クラウはいつ死んでもいいと口では言っているが、死にたいないという意識も強い」
これまでと同じくモノクルを付けたクールビューティな感じの彼女だが、口調は微妙に男っぽくなっている。
大きく口調が変わったわけではないが、雰囲気が確かに違う。
「薄々自分が妙だと感じてはいたんだろう。クラウは小さい頃から、身体の変異方法について調べていた。多分、その過程に最適なのが食人というのも知ってしまったんだろうね」
それがいつくらいの時かは知らないが、子供であればショックを受けた事だろう。
このままじゃ殺されるのが分かっていて、しかし体を治すにはその禁忌を犯さざるを得ない。
「そのストレスがお前を産んだ?」
「じゃないかな? 気が付いたら『自分』は『私』の中にいた」
うーーん……。
「昨日は聞くどころじゃなかったから改めて聞くけどさ」
昨日は、しばらく呆気に取られていたクラウ――いや、クロウが俺の腹をナイフで搔っ捌いて顔を突っ込んだ時点で気を失って……起きたらクラウがナイフで自分の喉突こうとしてたので必死で止めた結果また自分に刺さって再生して……。
うん、どうにかこうに彼女をなだめて拠点に戻ったからなぁ。
「殺したのは……喰ったのはどういう奴?」
「クラウの――自分達の事を通報しようとした両親。後は、錬金術師としては優秀だったクラウをあの手この手で引き摺りおろそうとして、秘密を暴いた奴らだ」
ん? 両親……ってたしか……あれ?
「クラウは、お前――別人格が殺した事を知らなかったのか」
「あぁ、どこからか人肉を手に入れているのは気付いていたけど、殺人だったとは昨日まで知らなかったんだろうさ」
「……じゃあ、昨日自殺しようとしてたのは」
「ショックだったんだろう」
おっま……っ。それ早く言え!
えぇい、クラウに戻った時も注意が必要か。フォロー入れてやらねぇと。
「ちなみに、引き摺り落とすって何しようとしてたのさ?」
「手篭めにしようとしたり、工房で火事を起こして罪をなすりつけようとしたり……あとは違和感持った奴らがあの手この手で裸を見ようとしたりだね」
んーーーー。
ん~~~~……。
うん、よし。とりあえずはアウトぎりっぎりのセーフとしよう。
「突然俺ぶっ刺して喰おうとしたのは?」
「……その、不完全で不安定な体を安定させられる可能性が眼の前にあるってクラウが思った瞬間、思いっきり影響受けてしまって……」
「ある意味彼女の本能的な部分であるお前が我慢できなくなってしまった、と」
「……うん」
うーん、この。
まぁ被害者は俺だった訳だし許してやろう。
「今度から、俺を喰いたくなった時はちゃんと言ってくれ。用意はあるから」
とりあえず、叫び声抑えれるようにちゃんと噛む物も用意してきたし。
あと服をこれ以上血で汚すわけにはいかんし。
「……なぜ?」
「ん?」
「リーダーさんはなぜ……そこまでしてくれるんだ?」
なぜと言われても……。
「一応仲間として迎え入れたし、クラウはいい女だし……クロウも、話が通じない訳じゃないしなぁ」
実際刺された時はショックだったけど、こうして話している分には結構普通だ。
……うん、たまに喉の奥に辛くて酸っぱい物を感じるのは勘弁してほしい。
なんせ昨日の今日なのだ。
「ま、いいんじゃない? 快楽で人喰う奴はさすがにどうかと思うけど、自分も含めた誰かのために喰ってんのなら」
少なくともこの場じゃあな。向こう? まぁ、裁かれる時は裁かれるんだろうけど……。
さすがにそこまで行くと、俺の領分じゃないしなぁ。
とりあえず、スマホをポチポチ~っとタップして、スキルを発動させる用意をする。
えぇと、人目に付きそうにない場所はっと……。ん、あったあった。
(それにしても、えらくいいタイミングで習得可能になったもんだ)
あの川のほとりで意識を失って眼を覚ましたのは、服の中で震える自分のスマホの音が原因だった。
おかげで、目の前にアオイの寝顔があったのと合わせて二重の意味で驚いて眼が覚めた。
先日魔法を覚えたばかりだと言うのに、震えるスマホ。
最初はてっきりいつもの『不具合の修正』だと思っていたのだが、内容は予想に反していた。
『条件をクリア致しました。スキルを一つ、習得可能です』
という一文だった。
(相変わらず条件とかがさっぱりだなコレ……)
だがまぁ、助かった。
昨日帰り道で、泣きやんだとはいえ涙声だったクラウからポツリポツリと話は聞いていた。
なぜ俺を喰ったのかも、おおよその所は聞いていた。
まぁ、細かい違いは今回の『クロウ』とのトークでようやく補完出来た訳だが。
(完全な女か男にならないと殺される。だけどそうなるための錬金術の過程では、人を喰う必要があった。死ぬ恐怖と人を喰う恐怖の二重ストレスが人を喰う『クロウ』を産んだ。……こういう事か)
「クロウ」
状況は把握できた。クラウという女と、クロウという男も理解した。
だから――この言葉を言える。
「大丈夫大丈夫。多分、力に慣れる……とは思うからさ」
ちょうど辺りからは見えない岩影。
そこに入り込んで、俺はスキルを作動させる。
「う……お゛ぉ……っ……!!!!」
体が少し光る。自己再生とは違う、淡い緑の光だ。
激しい痛みとは違う、体の奥からズンズンと来るような重い鈍痛が響く。
「お……あぁ……!」
多分、それほど時間はかかっていなかったと思う。
クロウが息を呑んで見守る中、徐々に痛みは引いてくる。
(これ、下手すりゃ刺されるよりつらいな!)
手を開いて、目の前にかざしてみる。
それは、自分の知っている自分の手じゃない。
少々丸っこく、そして小さくなっている。
肩が、いや胸が少し重い。
顔を下に向けると、この間テッサに切ってもらったハズなのに髪が少し垂れる。多分、クラウやテッサと同じ位のセミロングくらいか。
気のせいか、髪の色素も薄くなった気がする。
そしてなにより、着慣れているはずのいつもの服に違和感を覚える。
「うぁ……クロウ、どう? 俺、女になってる?」
『性転換』
俺が新しく入手したスキルは、絶対に取ることはないと思っていたものだった。
「あ、あぁ……どう見ても女の子だ。その……可愛いよ?」
そんな感想はいらねぇんだよ!
「ちょっと待ってろ、すぐに脱ぐから」
一応ズボンはアオイに斬ってもらった時の奴。シャツは黒いのが無かったから、もう脱ぐしかない。……やっぱズボンも脱ぐか。血の汚れはやっかいだ。
ボタンを全部外して、絶対に汚れそうにない所に置く。
……男の時は別に何ともなかったけど、この体で裸になるの恥ずかしいな。
「ん。とりあえずスキルがキチンと動く事も確認出来た。お前の望むヒントが体の中にあるといいんだけど」
「ほれ、喰え」
とりあえずそう言ってから、叫び声を抑えるのと下手に舌を噛まないために、紐を編んだり結んだりして作った……なんだろう? まぁ、それを口に入れてしっかり噛む。
ほれ、早く喰えって。
そのためにわざわざスキル取って女になったんだから。
でもって、俺も了承したし、覚悟も決めてる。
更にいえば、クロウにとってもクラウにとっても、きっと必要な事なんだからさ。
だから――
「……………………っ」
だから躊躇うなよ。
ナイフちょっと震えてるじゃん。
あぁ、昨日もそうだったけどさ。
いいから喰えって言ってんのに躊躇いやがって……。ちょっと泣きそうな顔になって……。
なんでかなぁ。それでかなぁ。
俺、お前の事を嫌いにはなれない気がするんだ。
握り直した、見覚えのあるナイフの刃の鈍い光が自分の腹部に埋もれていく。
その光景を眺めながら、とっさに突き飛ばしそうになる腕を必死に抑えながら、
俺はそんな事を考えていた。
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