065:炭焼きとは職人芸である

「つまり、炭焼き自体は作業工程を観察しただけなので、できるだけ同じになる様に工夫したと」

「……うん」

「器具自体は触った事があったので大体の工程は分かっていて、それを再現したのがあの山だと」

「……うん」

「で実際にやってみたら、木炭になったのは極々わずかで、たくさんの灰と燃え残りを作る結果になったと」

「……うん」


 とりあえずかなりの食糧を持ち帰ってきてくれたゲイリー達と共に、飯の準備をすることになった我々サバイバルグループ。

 とりあえず落ち込んでるクラウはテッサに任せて、俺たちは煙で燻された鹿肉や、近くの川に仕掛けた罠から回収した魚を捌いて調理をして――まぁ、いつも通りの食事会に移った訳だ。


「ちょっと貴族様、木炭やら泥炭やらはアンタらよく使うでしょう。原因分かるんじゃないの?」


 煮詰めた海水を木匙ですくい、ちょっと鹿肉にかけてからまた少し火で炙るという作業を繰り返していたアシュリーが、ようやく肉を口にしながらそう尋ねる。


「無茶言うな。確かに木炭の原料になる木はウチからも多少は伐採されているが……木炭を作っていたのは後方の山岳領地の連中だ」

「? ゲイリーさんの領地には炭焼き小屋がなかったんですかぁ?」


 元々は山育ちだったらしいアオイが首をかしげると、ゲイリーが頷いて応える。


「前にも言ったが、俺たち魔術師にとって自分のテリトリーの保護管理は重要でな。特に戦争状態だったために、いざ戦闘時に不慮の事態でマナ・リソースを減らすような事態は避けねばならない」

「……ん~~~と、つまり?」

「森林火災を引き起こしそうな物は僅かたりとも許すわけにはいかなかったのさ」

「最初っからそう言いなさいよ、貴族様」


 ゲイリーの発言に対して嫌みったらしく返すのは当然アシュリーだ。

 この二人、なんというか相変わらず相性悪いなぁ。

 ちょいとしばらくは、俺とかクラウのどちらかを入れた三人で行動するようにするかぁ。

 ここらのバランスもなんとかしないと……。


「ただ、そうだな……。クラウ、炭材はそこらの物を使ったんだな?」

「あぁ。日頃回収している薪を全て使う訳にはいかないし、そこらから集めて来た」


 事実だ。テッサと一緒に落ちてる木の枝が乾いているかどうか、ポキポキ折って確かめているのを見ていた。


「炭材の伐採は俺の領地でもやっていたが、時期は大体いつも秋口から冬にかけてだった」

「寒い時期にって事ッスか?」

「正確には、樹木の成長が止まる時期にということだろう。木々が成長するということは、中での水分の流動が激しいという事だ。自然、含む水分は多くなる」


 ゲイリーは、皆で囲んでいる焚火から、離れた所で焚かれているもう一つの焚火場に目をやる。

 簡単な屋根と、細切りにした肉や魚を吊るすための物干し竿とそれを支える支柱二本。

 即興で作った燻製場だ。


「そうなると、当然乾燥には時間がかかる。小枝などが主ならまぁ、そこまで影響はないとは思うんだが……それでも多少は多かったハズだ。あるいはそれが原因で、炭化する前に火が消えたんじゃないか?」

「……うぅ……」


 ゲイリーの推論に思い当たる節があったのか、更に小さくなるクラウ。

 すると、アオイも静かに手を挙げて。


「あのー、たった今思い出したことなんですけどぉ……」

「ん? どったのアオイ?」

「いえ、そういえば山にいたお婆ちゃんが炭焼きやってたなぁと思い出しまして、それでその時の工程を思い返してたんですけど……確か地面に穴を掘って、そこで大きな焚火をしていたような気がするんですよぉ」

「穴掘って?」

「穴掘って」


 アオイと並んで首をかしげると、テッサが「あぁ……っ」と小さく手を打つ。


「土の中の水分も減らさないと、焼いてる時に水が出てきて、蒸し焼きしてる所の温度下がりますしねぇ」


 そういうテッサはアシュリーと目を合わせて、時折頷いている。

 例の脳内通信でなにか話しているのだろうか?


「科学サイドから見てなにか意見ない? そこの三人組」


 アシュリー達ならいい意見があるかも。

 そう思って声をかけると、アシュリーは皮肉っぽい負の笑みを小さくヴィレッタに向ける。

 ……あぁ、お前もヴィレッタを仲間――いや、人間と認めてない訳ね。

 いやまぁ、仕方ないけどさ。


「詳しい知識があるわけじゃないけど、木材の炭化っていうのは、たしか分解熱に寄るものよ」

「? 分解?」

「よーするに、一定温度に達するまで燃やし続ければ、あとは勝手に炭になっていくんスよ」


 アシュリーの言葉を、テッサが補足する。


「木の種類によって割合はちょっと変わるッスけど、木材の主成分はセルロース、ヘミセルロース、リグニンの三つッス。後はまぁ、数%くらいそれぞれに含まれる色んな成分があるんスけど」


 テッサが俺のそばに来て肩に左手を当て、俺の視界の中で火の明るさが届く所にカタカナで、口にした順番に上からそれぞれ書いていく。


「大事なのはセルロースっス」

「セルロースって?」

「一言で言えば炭水化物ッスよ。植物細胞の主成分ッスね」


 テッサが、上の二つを大きい丸で囲む。


「熱を加え続けるとヘミの方が早く焼けて分解していくッス。そしてそのまま燃焼していくと今度はセルロースが。で、このセルロースが分解していく時に熱が発生。ここまで行くと燃料加えなくても勝手に燃えていくんスよ。本当の意味での炭化の始まりッスね」

「……ちなみに何℃くらいかわかる?」

「そうねぇ、アタシ達と単位が違うけど……水の沸点が100℃だったわよね? じゃあ……えーと、280℃前後くらい……かしら?」


 アシュリーが、今度はいつも通りの小さな頬笑みを浮かべて応える。


「まぁ、アタシ達の世界の物理が同じように働くならばって前提だけどね。多分そこまで温度が上がりきる前に火種が燃え尽きちゃったんじゃない?」


 クラウは、ただでさえ小さくなっている所を、更に両手で真っ赤になった顔を両手で覆う。


「火種の量は間違いなく私のミスだ。それに、地面に大きな穴を掘るという発想は私にはなかった」

「……なんで?」

「確かに炭を焼く時は屋外だったが、つまりそれは大きな枝の上に運び出した土を敷いているんだ。なにか物を突き刺したりはしていたが……それなりに厚みはあるとはいえ下には神樹の一部があるんだ。だから、その、穴を掘るという行為はだね?」

「――あっ」


 クラウが羞恥心全開で口にしている弁解に、テッサが咄嗟にという感じで口を開く。


「クラウさんクラウさん」


 出会った当初はえらく警戒していた割に、最近はクラウに対してえらくフランクなテッサ。

 なにか心境の変化でもあったんだろうか。

 ……あるいは、クロウに気がついたか? アオイが教えたのかもしれない。


「そちらでの雨ってどうだったんスか?」

「む? 普通に雲から落ちていたが?」

「……ひょっとして、結構上の方に住んでたんスか?」

「ああ」

「……水って重力に従うじゃないッスか」

「……ああ」

「クラウさん、自分が住んでる――いや、外側の作業場でしたっけ? 要は、大きい枝とか葉っぱの上に土をとにかく盛っているって感じッスよね?」

「……あぁ。場合によっては平らになるように削ってからだが」


 クラウの額に、汗の粒が浮かびだす。

 というか、増えた。


「ひょっとして、ただですら地面の中の水分っていうのが全部下に抜けるようになってて、そちらの環境の土ってここと比べてかなり乾燥していたんじゃあ……」


 ついに、顔を押さえたままその場にうずくまるクラウ。

 なんというか、ある意味ゲイリー以上に男っぽく見えるクラウが、今は滅茶苦茶可愛く見える。

 いいね。

 いいよ。


「リーダー君すまない……っ。多くの木材を無駄に消費してしまった……」

「いやまぁ何事もトライ&エラーだし、取り返しがつかないってレベルでもないしいいんじゃね?」


 薪なんて毎日集めてるし、それこそ二,三人で全力で動けば一日で十分な量を確保できる。

 灰だって使い道はあるし、さっきサーチで調べたらこれでも水の浄化に使えるようだ。


「それに、作業全体で見れば成果はあったしなぁ」


 先ほど手先が器用なテッサに頼んでおいた物があった。

 大きめの木材を削って作った、スコップだ。

 俺はそれを左手で掴み、右手で適当な大きさの石を掴んで、魔法を発動させる。


 次の瞬間には、掘る部分が石でコーティングされた、比較的頑丈なスコップになっていた。


「ん~~、やっぱりちょっと重いな。いっその事シャベルにした方が良かったか」

「いや、これはこれで使い道は多いッスよ。探索の時なんか超助かるッス」


 元々木炭を作ろうとしたのは、浄水装置の作製のため。

 そしてその浄化装置作製のために、薄い樹皮を綺麗に石でコーティングして頑丈なパーツにするという訓練は、この二日でようやく形になった。


「ただ、このままじゃあ鋭さに欠けるッスね」

「それこそ、平らな石に水をかけて砥石代わりにしてみてはどうでしょうかぁ?」

「……それだけでちゃんと磨ける?」

「まぁ、刃物みたいにとはいきませんがぁ……多少は掘りやすくなるんじゃないでしょうか? 石斧と一緒ですよぉ♪」


 とりあえず作ってみたスコップが、グルグルと皆の手で回されていく。

 なんか、幼稚園の頃にボールでこんな遊びをやったような……。


「使えるとは思うが……いっそのこと全て石で覆うか、あるいはグリップにあたる木材はもうすこし堅い物がいいな」


 最後にゲイリーがスコップを受け取り、重さや使い回しを確認する。


「あ、わりッス。とりあえず試しって事で、削りやすい木を選んだんスよ。大きい木材もそんなにないスから」

「だろうな。まぁ、これだけでも十分に使える」


 そうしてグルっと一週してスコップが戻ってくる。


「ナイフとかも作ろうと思えば作れるんじゃないか?」

「あー、実は黒曜石の破片を集めてちょっと試したんだけど、こっちは上手くいかなかったよ。なんていうか、丸みを帯びて貼りついちゃってね、刃物になる様に削ろうとしたら、薄すぎて一気に全部砕けちゃったんだ」

「あらま、やっぱりそうそう上手くはいかないわね」


 とりあえず石を使った加工についての話題に移ってから、少しはクラウも気を取り直したようだ。

 木炭作りは、錬金術にも使うらしいからまた考えないと悪いけど、まぁ、いいチャレンジだったという事で――





――パキッ





「んお?」


 後ろの方で、小枝が折れる音がした。

 同時に、自分の視界に文字が走る。

 ヴィレッタからのスキル使用要請だ。

 はやい、はやいよヴィレッタ。


「おやぁ、ようやく目が覚めたんですねぇ♪」


 アオイがいつもの読めない笑顔でひらひらと手を振った先、俺の後ろの方に、


「…………ぁ………ぁ……の……」


 あの白い髪の女性が、立っていた。


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