012:男二人の語らい


「随分と手慣れているな」


 スキルを習得してからの作業を見て、ゲイリーは意外だという目をしながらそう呟いた。

 うん、まぁ、そういう目にもなるだろうな。

 傷だらけのゲイリーと違い、土すら弄った事がほとんどない俺の手でそうなるとは思っていなかっただろう。


「ちょいとズルをしたんだ」

「君がこの間言っていた奴かい?」


 ゲイリーが隠した自分の足跡と血痕を発見した時のことか。

 あぁ、そういえばあの時にもズルという言葉を使っていたな。


「うん、まぁ。色々とあって話すタイミングを逃してしまったけど、皆が揃った時にそれについても話すよ。正直、相談したかったし」

「…………魔法について尋ねてきたのはソレ絡みか?」


 やっぱり、鋭い。


「あぁ、そうだ」

「なるほど……」


 ひょっとしたら、この時点でなんとなく察したのかもしれない。

 小さく、だが何度も『なるほど、なるほど』と繰り返すゲイリーはしばらくそうしてから、二人で作った道具の数々に目をやる。

 全部不格好だが、それなりにしっかりと作った石斧二本。

 適当な流木に細い溝を削り、そこに薄くて出来るだけ鋭い石を嵌めこんでいったナタ一本。

 程良い強度の樹皮を折り、サーチスキルで見つけた接着剤代わりのネバつく樹液で四角い器の形に固定した採取用の皿一つ。


 今日一日で作ったにしては、十分すぎる量だ。

 ゲイリー曰く、石斧二本と+もう一つくらいで今日は終わると思っていたそうな。


(やっぱり、スキルは強いな……)


 例えば石斧を作る時だ。

 どの枝が十分な強度があるのか、どこに石を固定すれば一番安定するか、ロープ代わりのツタをどこにかければいいか。

 そう言った物が指示されるのだ。

 サーチスキルを使った時の様に、突然発生するVR風の視界が発生し、自分が作りたい物を思い浮かべるだけで必要な手順をある程度教えてくれたり、時には文字や画像で指示してくれるのだ。


「しかし、掘る道具を真っ先に作らなかったのは……失敗だったな」

「ですなぁ。いやぁ……アオイ達が帰りつかなかったのはある意味で運が良かった」


 ついさっきまで、俺たちがやっていた作業は穴掘りである。

 もっと正確に言えば――トイレ作りだ。


「思った以上に地面が硬かったからな。出来れば壁まで設置したかったが」


 こっちの方は作業が進まず、穴を掘って真っ直ぐな枝や木を並べて一応座れるようにしただけである。

 正直、現状違う所の方が用を足しやすいだろう。

 ……ゲイリーも言っていたが、掘る道具はやっぱり欲しい。


(ティッシュも残り少ないし……何か対策を考えとかないと……)


 ひょっとしたらそういう物の作り方も分かるんじゃないかと頭の中で紙の作り方を探してみるが、どうやらスキルの対象外だったようだ。ウンともスンとも言わない。

 マジでどうしよう。割とこっちも死活問題なんだけど。


「アイツら、明日には帰って来るかな……?」

「アオイという子は知らんが、アシュリーがいるからな。アイツなら、多分程良い距離で寝る用意をして、明日の日没までには帰って来るよう計算しているハズだ」

「……よく知っているな?」

「アシュリーという女は知らんが、敵工作兵の事は良く知っている」


 沈みかけた太陽のオレンジの光に闇が混じり出し、焚き木の炎が俺とゲイリーを照らす。

 つくづく思う。火はいい。なんというか、見ているだけで落ちつく。

 正月の時に、神社が去年までのお守りとかを燃やす焚火――お焚き上げ? の火とか大好きだった。


「そんなに戦争は酷かったのか?」

「……魔法の使用には、精霊に捧げる魔素が必須だ。そしてその魔素を産み出す要素は限られている。木々、海や湖、火山……特殊だが沼地などだ。そう言う所を焼き払われたり、汚されたりすると、その土地での魔法の行使に影響が出る」

「……そういう事をしていたのがアシュリー達か」

「少し違うが……まぁ、そうだ」


 なるほど。前にゲイリーは、領地が最前線だったとか言っていたし、そういう連中とは何度もやり合っていたのだろう。

 仲良くなるのはやっぱり無理かも。

 せめて仮面を被ってくれていればいいんだが……いやぁ、そしたら互いのストレスもあるし。

 なんとか考えておかないと不味いか?


「まぁ、現状では頼りになる女だしなぁ。俺個人としては信じているし」

「あぁ……なぁ、トール」

「ん?」

「君とアオイは全く違う世界。間違いないんだな?」

「あぁ、絶対だ」


 統一国家なんか、俺の世界であってたまるものか。

 奴隷が当たり前の国なんて――まぁ、まだまだあるのだろうが……少なくとも自分からは遠い世界だ。


「? 何か引っかかる事が?」

「ん、あぁ」


 ゲイリーも自分と同じように炎を見つめながら、渇いた枝を二,三本放り込む。


「俺とアシュリーは同じ世界から来た。男と女が一人ずつ」

「…………」

「箱庭みたいな場所だと君達は言っていただろう?」


 言っていた。

 特にアオイやアシュリーは、実際の自身の体験や経験を元に感じた不審点からそう推測していた。


「……あぁ、荒唐無稽な話だとは思っているさ。思ってはいるが……」


 放り込んだ枝が『パキッ……パキッ……』と音を立てる。


「俺たちをここに放り込んだナニカは、世界から対になる存在を放り込んだんじゃないかと、そう思ったのさ」

「……俺の世界に、そんな話があったな」


 ノアの方舟。

 神様が汚れた地上を洗い流す前に、清浄な人であったノアにだけは伝え、巨大な箱舟を作らせる。

 そしてあらゆる動物の番を乗せて、ノアとその家族、選ばれた動物の番達は大洪水を逃れる。


 大雑把にだが、子供の頃に読んだ漫画版の聖書の話を思い出しながら教えると、ゲイリーは苦笑をして、


「仮にこの森がその箱舟の代わりだとしても……ま、戦争なんかしている俺たちはまず選ばれないだろうしな」

「俺もだ。不真面目で成績も中の中から下の間を行き来している奴を選ぶ神様なんて、どう考えても目が悪い。眼科を紹介する必要がある」


 なんとなく思いついたフレーズは、ゲイリーにはツボだったようだ。

 珍しく大きな声を上げて笑っている。


「全くだ。そもそも神様がいるのなら、もう少し丁寧な仕事を心がけてもらいたい物だな」

「あぁ、せめて一月前にはアナウンスをしてくれよ」

「その通りだ」


 くっくっく、と声を抑えた笑いにしながら、ゲイリーは二本の枝を箸のように使って、火のそばで熱し続けていた石を掴んで、水の貯め場となった丸太の中に放り込む。どうやら温くなっていたようだ。


「しまった、灰を払うのを忘れていたな」

「どうせ明日の朝には一度水を捨てて入れ直すんだ。気にするなよ」


 一日がまた終わる。

 この生活が始まってもう一週間が過ぎているが、相も変わらずヒントもなにもない。

 ただ、終わりが見えないこの生活も、意外と悪くないのかもしれない。

 水を飲んで、『酒が恋しいな、ちくしょう』とボヤくゲイリーを横目に、俺はそんな事を考えていた。


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