幕間~貴族と革命家~

「まさか、ゲイリーさんと組むとは思わなかったッスねぇ」

「いや、そうでもない。もしトールがお前達三人組の中で一人選ぶのならば、おそらくテッサ。君だろうと思っていた」


 昨晩、もはや就寝前に突如判明した地下空洞の存在。

 トール曰く、これまでのサーチで分からなかった地中のもう少し深い部分に金属の反応があったので、慌てて調べたところ、分厚い金属――種類は読めなかったそうだ――の向こう側に空洞を見つけたと言う事だ。

 所々に、部屋の仕切りのようなものまで確認したという。

 それ以上のことは分からなかったが……。

 そして今、こうして二人一組での探索が始まった訳だ。

 目的は、見つけた空洞への出入り口。

 まぁ、発見を期待している訳ではなく、あくまで周辺に見落としがないかの確認という意味合いの方が強いだろう。


「トール君の話じゃあ、結構広範囲に広がっていそうって話ッスよね」

「あぁ。……どう思う?」

「この近くには多分ない。……とは思うんスけど」

「同感だ」

「でも、ここらはあり得ない地形があったりするッスから……あの岩場とか」

「……警戒だけはやはりしておくべきか」

「変な感じに隠された洞窟……とかがあってもボク驚かないッス」

「それに関しても同感だ」


 それこそ、ゲイリーの背中にある矢筒の中身。

 その中の数本に仕込まれた矢じりの原料が取れるあの岩場など、どう考えても不自然な事この上ない。

 まぁ、そこは今頃トールとクラウのペアが、スキルとクラウの知識を活用して探索しているのだろうが。


「む~~。この世界のヒントになりそうな物を発見出来たのは嬉しいッスけど、引っ越しがちょっと遅れそうなのが残念ッスねぇ」


 周辺の草むらや大きな岩の下などを調べながら、テッサがぼやく。


「せっかく綺麗な海を楽しめると思ったんスけど」

「あぁ。……そうだな」

「んお? 『海を汚した貴様らが言うな!』くらいは言われると思ってたんスけど」


 科学が支配する大陸と、魔法が支配する大陸の争い。その理由の一つが広大な海の汚染だった。


「海の魚は美味しいって昔の本には書かれてたッスけど……ボクらの世代で海の――いや、海に限らず食べられるお魚は限られてるッスからねぇ。食べた事ある人がどれだけいるか」

「俺たちの大陸での川釣りが、君達制圧部隊の最大の楽しみだっていうのは本当だったのか」

「お魚釣って帰った人は皆から一目置かれてたッスよ。アシュリー隊長とか、釣りが下手で悔しがってましたもん」

「ほう、いい事を聞いた。今度それでからかってやるか」


 ニヤリと小さく笑うゲイリーは、少しずつ以前の調子を取り戻してきたようだ。


「まぁ、直接海を汚したのは君ではないし、なにより俺たちの前の……その更に前の世代の事だ」


 科学側での様々な生産活動により汚染水の排水、様々な用途に合わせた海上施設の建設、あるいはその解体。

 環境への影響を理解していなかったわけではない。

 そのための汚水の処理には実験に実験を重ねて、細心の注意を払っていた。

 だが、それは結局分かる範囲での処理でしかなかった。


 単純な見落としだったのか、あるいはコンピューターへの入力ミスか、はたまた本当に想定外だったのか。


 一見分からない程の微細な違いは、長い年月の間に海を浸食し――そしてある日、海が『狂った』。


「当時は雨までおかしい事になって、川も山もヤバかったらしいッスね」

「あぁ。領主の任をついで過去の文献を見たが……よく人間が生き残れたものだ」


 突如として起きた大きな自然の反撃に、当時の人間は知恵と技術を絞りだし、それぞれの方法で難局を海乗り切った。

 互いにどうやって乗り切ったかは知らないままだが。


「テッサ」

「ういッス?」

「ここは、楽園だな」

「……そッスね」


 争いの種はやはりある。自分達がそうだということを、少なくともここにいる二人は痛感していた。

 だが、それ以外では……。


「自然が豊かで、空気や雨に怯える必要は全くない。空からお前らの戦闘機のエンジン音はしないし、そこらの茂みや木陰にそこまで恐れる必要もない。そして」


 言葉を続けようとしたゲイリーは、思わずと言った様子で言葉を詰まらせる。


「……そして、適切だろう統率者がいる」

「? トール君に不満でもあるんスか?」

「いや、そうじゃない。むしろ助けられている。あぁ……助けられてばっかりだ」


 ゲイリーは、先ほどまでの笑みは消して、表情を失くした顔で空を仰ぐ。


「テッサ、お前に聞きたい事がある」

「うッス、なんスか?」

「統率者とはなんだ?」


 空からテッサへと視線を戻したゲイリー。

 その顔に、話が長くなると思ったのかテッサが近くのほどよい倒木に腰を下ろす。


「トール君は、アナタが思う理想からは外れているッスすか?」

「いや……結果だけを見れば理想なのだろう。少々、甘すぎるのはどうかと思うが……だが、確かに彼は俺たちを治めている」

「つまり……過程が気に入らないんスね?」

「そこまで言うつもりじゃない」

「言ってるようなもんスよ、それ」

「む……」


 ゲイリーは、困ると顎に触れるか、適当な小さい食べ物を口に放り込む癖がある。

 今回は前者だった。


「俺は、その……貴族だ」

「知ってるッス」

「戻った時に戦況がどうなっているか分からんが……俺には領民の期待に応える義務がある」

「やっていたじゃないッスか。一番無難な統治をする領地って噂は聞いてるッス」


 嘘は言っていない。

 テッサは嘘は言っていない。


「違うんだ、テッサ」

「何がッス?」

「……まつりごとをしていたのは、俺じゃ……僕じゃないんだ」

「そうなんスか!?」


 ここで嘘を付いた。

 わざと驚いて見せた。

 おおよそを知っていたにも関わらず。


「領地を実質仕切っていたのは伯父だ。僕は、父に跡継ぎがいなくて……お前達も気付いていると思うが、僕は女だ」

「あぁ……まぁ驚かないッスよ。ゲイリーさん美人ですもん。男にしては……っていうか、女でも」


 テッサは事前に知っていたという点を上手く隠しながら、それでも本音を言っていた。


「僕は、自分の価値が欲しいんだ。お飾りじゃない、自分の自身の……」

「つまり……ゲイリーさんは理想の領主を目指しているんスねぇ」

「……僕は、理想の姿をトールに重ねかかっている。だが、あの自分の身を犠牲にする狂気だけが理解できない」


 理解できていたら、そもそもあんな事件にはならず、今頃アオイと共にトールの横に並び立っていただろう。

 テッサはそんな事を考えながら、適当な相槌で続きを促す。

 するとゲイリーは、


「僕は……そうだ、トールになりたいんだ。きっと。でも、納得できない事が頭の中でグルグルしていて………」


 やめるッス。死ぬッス。


 咄嗟にそう言いたいのを必死にこらえたテッサは、とりあえず違う言葉で開いた口を誤魔化そうとする。


「なるほど。いやまぁ色々と言いたい事はあるッスけど、ゲイリーさん。とりあえず質問を間違えてるッスよ」

「…………え?」

「統率者とは何かじゃなく、僕がトール君をどう見てるかって事ッスよ。本当に聞きたいのは」


 テッサの言葉に、ゲイリーは恥じるように俯く。


「で、まぁ……僕なりにトール君を述べるとッスね」


 テッサはしばらく、誰にも聞こえない大きさの声で色々呟き、その中でしっくり来る物が見つかったのだろうテッサは、微笑んで問いに答える。




「偽物の統治者ッス。トール君は」




「……にせ……もの?」

「そッスそッス」





「……本物よりも怖いかもッスよぉ? 覚悟決めちゃった偽物は」




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