053:クラウ先生の錬金術講義(準備編)
「なるほど、確かに奇妙な地形だ」
「だろう? なにかあるなら絶対ここだと思ったんだけどなぁ」
二人組での探索を提案したのは見落としを防ぐという意味もあったが、同時にもう二つ意味があった。
クラウといいう新人さんとある程度距離を詰めておきたいってのが一つ。
もう一つは、ゲイリーと三人組との関係改善の機会を用意すること。
……テッサなら多分大丈夫だろう。
万が一のため、留守番に見せかけてアオイに後を付けさせているし。
(今度はヴィレッタさんとアシュリーの二人とも話しておかなきゃなぁ……)
で、俺とクラウが来ているのは例の岩場だ。
ついでにできるだけ黒曜石を回収していこうと思って、バックパックも持ってきている。
クラウなら、他にも有用そうな、俺が気付かなかった石を見つけてくれるかもしれんし。
(探索って意味なら、このコンビ結構いいかもしれないな)
意外にクラウは体力もあるし、それこそ今度『健脚スキル』とか取って自分自身の行動範囲を広げればもっと色々できるかもしれん。
……いや、ほんと。引っ越しの日までには『健脚』欲しいなぁ。
なんでかアシュリーは『性転換』をこそっと進めてくるけど。……顔ちょっと紅くして。
あれはなんなのそういうことなのそういう趣味なの丁重にお断りだこの……この……
……女になったらアシュリーが色々優しくしてくれるかもしれないのかぁ。
「どうしたのかね? 一人でころころ表情を変えて」
「あ~~~。ごめん、見なかった事にしてくれ。ややこしい年頃なんだよ」
「?? あぁ、分からないが分かったよ」
「すまん」
いやホントさ。なんというか俺も年頃な男の子な訳でして。
美人や可愛い子がピッチリしたスーツ着てたり薄い着物っぽいヒラヒラした服で胸元とか足とかチラチラされるとすっごいキツい。
夜な夜なこっそり抜け出す俺の身にもなってくれ。
「しかし、私から見てもこの……小さい山を二つに割ったような地形はなにかおかしいと思うのだが……特に何もないね?」
「おぉ、まぁアッサリ見つかるハズはねぇと思ってたんだけどさ」
クラウは石に興味があるのか、さきほどから様々な石を拾っては観察したりしている。
……使える石ない? 特に砥石。
刃物の手入れは現状かなり重要なんだけど。
「今の所成果と私が言えるのはこれくらいだよ、リーダー君」
そう言いながらクラウがしゃがんでナイフで切り取ったのは、以前はよく見てなかったとある野草だった。
紫っぽくて、なんとなく毒っぽいと思っていた。実際、食用ではなかったし。
「コレは我々の世界の植物だ。煮汁を精製した物が防腐剤として有用でね。建築用の木材を取り扱う連中には人気の商品だったのさ」
「幅が広いな、錬金術師」
「まぁね。私が結構手を広げている錬金術師だというのもあるが、基本錬金術で食べていく人間には幅広い知識が必要とされる物さ。素材を自分で取りに行くなら、その分の体力や技術も含めてだね」
俺には出来なさそうだっていうのはよくわかったよ。
「なんというか……エリートか」
「ふむ、職人として尊敬の目で見られる事が多いのは確かだね?」
うわぁ、美人で上位の職業についてるとか勝ち確やん。
「おまけに家庭的とか……彼氏いただろ?」
「む? 特にそういう人間がいた事はない。社交的なタイプでもないし……私は家庭的かね?」
「料理めっちゃ美味いじゃん」
昨晩のケバブだってちょうどいい味で、今晩もちょっと楽しみだ。
塩もなしで、いくつか味見した野草と鹿の血だけでちょうどいい味に仕上げて程良く焼き上げて……安定しない火だから難しかっただろうに。
「それはあれだよリーダー君。料理というのは、じつは錬金術の練習にはちょうどいいのだよ」
「……あれか、人工調味料みたいなもんか」
「まぁ、そういう方向に技術を特化させる者もいるが……理想の味を作るために素材の特性を把握し、適切な分量を計算し、軽量し、適切に加工する。錬金術だろう?」
「なるほど」
料理は科学であるって言葉もあるし、確かに練習にはもってこいかもしれない。
「ちなみに、食べ物自体を変化させるってことは出来るのか?」
「あぁ、可能だ」
とりあえずこの下に空洞がないかどうか、サーチを発動させて地面の下に意識を向けて歩きまわる。
やっぱり、使用後の硬直? 時間が減ったのは大きいな。
「例えばだが、家畜の改良。これも錬金術師の仕事だが、直接家畜を変化させるのは難しい。そのため、餌にまず手を加える」
「へぇ。太らせたりとか?」
「あぁ、卵の産む量を増やしたりとか……そのせいか、卵が少々小さくなってしまって関係者が必死で改良中だとか」
「卵小さくなったの錬金術のせいだったのかよ」
やはり、食べる物は自然が一番だな。
……いやまぁ、自分達が食ってた物の内、完全に自然な物がどれだけあったか怪しいけどさ。
「ちなみに、改良ってどうやるんだ?」
「む? そうだな……私の専門ではないが」
クラウは、俺の後ろで思い出しているのかちょっと間を置いてから、口を開く。
「小さい動物での実験で色々な物を食べさせて蓄積した研究結果をもとにある素材の加工品を選んで、少しずつ他の餌に混ぜて様子を見ていくんだ」
「ある素材って?」
「その動物の一部さ。骨とか肉とか」
「……それ大丈夫なの?」
うろ覚えだが、ウチの世界では確かそれヤバかったハズだ。
共食い繰り返させている内に、その家畜自体がヤベー病気にかかったとかなんとか。
「ん? 少なくともおかしくなったという話は聞いていないな。一応家畜の専門家も様子を見ているし、そもそも錬金術で微妙に変えている」
「あぁ、そっか。でもなんで同じ物なの?」
「望んだ変異を起こすには、変えたい対象と似通った血肉を使うのが一番なんだ。すぐに定着するし、誤差も小さい」
「……分かるような分からんような」
要するに自分と同じ種類の肉を媒体にして消化・吸収させるというより、その対象の体の中に『溶かす』というか『混ぜる』というか、そんな感じのイメージでいいのかな。
「へぇ、一応理解はしたようだね」
「ん? あぁいや……なんとなくだけど」
「顔を見れば分かる。自分はこれでも人の表情は多く観察している。リーダーさんの横顔だけでも、大体考えていることは分かるのさ」
「マジでか」
便利な能力だなそれ。俺も欲しいわ。
……だからって改造はNGな。スキルなんて方法で改造している俺が言うなって話なんだけど。
「しかし、リーダーさんのスキルってのはすごいものだ。今、君がやろうと思えば自分の体の代替品を用意できるんだろう?」
「見たいだな」
いや、なんでこんなスキルが出来るのか分からないけど。特に性転換。
今使ってるサーチとかは、あの時確かに『知りたい』という欲求があったから不思議ではないけど……。
それにしても地下になんも反応ねぇな。
「スキルを持っているのはリーダーさんだけだ。つまり、君の中に可能性があったってことじゃないか?」
性別を自由に変えられる可能性って眠ってる身体って嫌なんですがそれは。
「いやはや、多くの可能性が眠る体。自分にはとっても素晴らしい物に見える」
? どったのクラウ、抱き付いてきて? え、そういう感じだった?
―― トスッ
……あ?
「君……あぁ、もういいや面倒くさい。アンタの体、すっごく興味があるんだ」
冷たい物が当たったと思った。
でも同時に、覚えがある物だった。
あの夜に、これに近い物を感じた。
「『私』は必要ないと思ってるみたいだけどさ、もっともっと調整が必要だと『自分』は思うんだよ」
気が付いたら地面に倒れている自分を、クラウが引っ張り、仰向けにする。
まだそこまで汚れていない長袖。
そこから覗くその腕は――ツギハギだらけだった。
「なぁ、リーダーさん」
あぁ、そうだった。
この人、俺をリーダー君って呼んでたじゃん。
じゃあ、コイツは――誰?
「ちょいとアンタを――食わせてくれよ」
クラウは俺にまたがり、俺の右腕を片手で封じ、左腕にナイフを突き立てる。
思わず出そうになった絶叫は、その上からクラウ――いや、クラウじゃないクラウに口で塞がれた。
痛いとかじゃなく、火傷しそうな熱さを感じながら……口を開く。
泣け叫ばなかったのは良かった。
パニックにならなかったのは僥倖だ。
アオイに斬ってもらった時で、ちょいと慣れたんだろう。
「……っ……いい……よ……っ」
「………………………………………………ぇ」
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