059:『エゴ』
さて、ヴィレッタを中に誘い込んだわけだが――
「なるほど、確かに精神の中だな」
自分とヴィレッタを囲んでいた木々は消え去っている。少なくとも、今の自分の視界からは。
ちょっと広めの……多目的ホールくらい? 公民館とかのちょい広めほどの大きな部屋に俺はいる。
四方をくすんだ白い壁で囲まれていて――で、子供がクレヨンで落書きしたような絵や無意味な線、なにかを塗りつぶした痕などがちらほら見える。
なんというか……幼稚だ。
(ホント、俺の中だなぁ……)
一番近い壁まで近寄り、壁を直接手で触ってみる。
そこに描かれているのはどこに続いているのか分からない線路。そして何かの変身ヒーローやロボット、怪獣など……まぁ、自分がかつて大好きだったものだ。
(和紙みたいな手触りだけど、分厚いな。……自分の精神の暗示だっていうんなら、脆そうで面の皮が厚いって事か?)
あ、よく見たら俺の手が戻ってる。
……そりゃそうか、俺の大本は男な訳で……。
もし、ここにきてまで俺の姿が女だったらそれこそ大問題――
「トール……タケウチ……っ」
あ、起きた。
「よう、いらっしゃい」
「ぬけぬけとっ!」
いや、先に手を出してきたのお前なんだからな? まったくもう――!?
「あぶなっ!?」
攻撃を受けたわけではない。逆だ。
自分の中――腕の中から黒い何かが飛び出し、ヴィレッタさんに向かって真っ直ぐに向かう所だった。
突き刺すつもりか? とっさに掴みあげられたのは運が良かった。
……というか、俺こんなに運動神経よかったっけ?
「なんだこりゃ?」
「テッサが……あの雌が貴様の中に仕込んだカウンタープログラムのアバターだろう」
「カウンター?」
「侵入者を制圧するプログラムだ!」
あぁ~~~。
そういやテッサの奴、プログラム渡してくれた時にボソっと恐ろしい事言ってたな。
二度と変な事ができないようにとか、なんとか。
うん。
これもちょっと違う……なっ!
「ふんっ!」
ただ牽制としては確かに有効だ。
自分の腕から引き抜けば、多分この黒い触手みたいなナニカ――プログラムは消えてしまうのだろう。
だから――自分の腕に突き刺す。
「……っ? なっ……??」
(ま、テッサからの贈り物だしなぁ)
それを無碍にするという訳にもいかない。
やはり実物と言う訳ではなく、あくまで俺の精神の中でのアバターだからか痛みは感じない。
自分の腕から出ているナニカは、とりあえず自分の首元に刺しておいた。
「な、なんのつもりだ!?」
「これがお前に刺さったら、会話どころじゃなくなっちまうだろうが」
自分に刺したらどうなるか少し不安だったけど、どうやら問題はなさそうだ。
いや、それどころか身体が更に軽く感じる。
「会話だと!?」
「そうだよ。お前自身の口から、俺はなんにも聞いちゃいねぇ」
一度『つながった』時に、ある程度の背景は読めた。
こいつやこいつの後ろにいる連中が人間じゃない事も、共存なんて考えていない事も、俺たちどころかアシュリーやテッサも味方と見てないってことも。
だけど、そいつは俺が勝手に覗き込んだだけだしなぁ。
「白々しい! 貴様に麻酔毒を打ち込んだ時点で、敵対以外の選択肢があるのか!?」
「あり得るだろう?」
「…………っ??!」
そも、刺された上に喰われてから仲良くなったクラウって前例はあるし。
というか――
「確実に俺を殺さなきゃいけない、仲間を殺す、あるいは取り返しのつかない事をしなきゃいけない。そこに至るまでは、お前は俺の仲間だよ」
一歩手前まで来てるけどな!
ただ――そうだよ、一歩手前なんだよ。まだ一歩前なんだよ。
「私は貴様たちとはちがう。人類種ではない」
「あぁ」
「貴様ら達人類種の敵対者だ」
「そうみたいだな」
うん、そこは知ってる。さっきちろっと分かった。
……で?
「結局、お前は俺をどうしたいのさ」
「
言い切りやがったなこんにゃろう。
「貴様は、多様性を武器とする人類種の中でも特に外れている存在だ。故に、我々は貴様を解析し、理解する必要がある」
「……おかしな事をしている自覚はあるけど、思考そのものはそこまで外れているつもりはないんだけどなぁ」
うん、まぁ。
いきすぎてるってのは自覚しているけど、欲求そのものは普通……だと思う。
おい、なんだその腕から飛び出した針は。
それあれか。俺のと同様にお前のプログラムがそういう風に見えてんのか。
……ちくしょう、やっぱやる気か。
「なぁ、ヴィレッタ」
「なんだ」
「待ってもらう事は、できないのか?」
「なに?」
それにしても、実体ではなく精神というかアバターだからか、普段よりもヴィレッタの表情が豊かだ。
というか、顔に出ないだけで実際はこんな感じだったのか?
「貴様を傀儡にする事をか?」
「……あぁ。いや、まぁ、それもあるけど」
「人との……皆との敵対、ちょいと待ってくれないか?」
俺がそう言うと、ヴィレッタは顔をポカンとさせる。
『何を言っているんだこの馬鹿は?』
そんな感じの顔だ。
「状況を理解していないのか。止める理由がどこにある?」
「……分かっている。分かっているが……そもそも、なぜ人類を敵視している?」
「知らん」
おい。
「私が製造された理由は人類種に紛れこむ事。情報を収集し、指示が出た人類種を暗殺する事が私の存在理由だ。それ以上は知らない。要らない」
……くそっ。
具体的になんで人類と敵対しようとしたのか分かれば止めるための手掛かりにくらいはなると思ったんだけどな!
「俺を狙うのは――」
「貴様が余りに異質だからだ」
「何を理由に俺が異質だと?」
「逆に聞くが、貴様は自分が普通の人類種だと思うのか?」
「………………」
まぁ、確かに普通ではない。
普通の人と違うから。
出来そこないだから。
他の人間に認められることなんて何もないから、だから――
「自分が理解できない理由で他人を害せるか?」
「他の個体の全て理解した上で害する存在を認識したことがないのでな」
「……」
だよなぁ。あぁ、だよなぁ。そうだよなぁっ!
くそ!
「やっぱり、駄目だなぁ」
「なに?」
やっぱり俺ってやつぁ、どうしようもなく大事な物が抜けている。
もし俺がそうじゃなければ――本当に本物の『立派な人』なら、きっとコイツを止められる。
言葉だけで。きっと。きっと。
だって『立派な人』なのだから。
「やっぱりここらが俺の限界なんだよ! 出来そこないのてっぺんなんだよ!」
あぁ、くそ。くそっ。くそっ!
もうこうなったしょうがねぇ!
「皆仲間でいいんだ! そうであってほしいんだよ! アオイもゲイリーもアシュリーもテッサもお前も!」
こんな訳わかんねぇ場所に集められて!
互いに譲れない物があって! それでも協力が必要で!
「俺が! 俺が痛い目に合うだけならよかったんだ! それでなにか『嫌』な事が止められるんなら! 止まるんならそれでよかったんだ!」
気が付いたら、涙がボロボロ零れてた。ひょっとしたら、最初っからそうだったのかもしれない。
自分の中だからか、感情が安定していない気がする。
「皆が物騒な事考えてるのはなんとなく分かってた。アシュリーがまだ諦めていない事も、テッサが裏でなにか企んでるのも」
そうだ、分かっていた。
というか、当然の話だ。そう簡単に心を改めろと言われて改められる人間がそうそういるはずがない。
「今もそうだ。俺ぁ、お前と喧嘩なんざしたくねぇ」
「喧嘩だと?」
「喧嘩だよ。喧嘩にするんだよ!」
そして今、行動を起こそうとしているヴィレッタを止めるには自分しかいない。
ここで自分が落ちたら、多分次にコイツが狙うのはテッサやアシュリーだろう。
それだけは……それだけは止めないといけない!
ここが
「ここはきっと俺の最深部だ。ここさら先はない」
「だろうな」
「つまりだ……」
ヴィレッタが、恐らくスキルかプログラムを示すだろう黒針を構える。
「ここでお前が俺を終わらす事が出来なければ! もうお前には手がない! 俺を操る手段がない!」
「そんなことが可能と思うか!」
「思っちゃいねぇ! 思えねぇ! だからこうしてビビってる! 手も足もガクガクだ!」
武器なんて、この使っちゃいけないテッサ仕込みの何かだけ。他に道具なんてなにもない。使えるのは手と足だけということだ。
技術はない。経験もない。
人を殴った事なんて、ほとんどない。
精々がじゃれあいの肩パンくらいだ。
だけど――
「それでもやるしかないんだよ! くそったれ!」
「そうか……なら」
瞬きをした次の瞬間、ヴィレッタが視界から消えていた。
いや、違う。目の前、懐に――
――どすっ
拳が、黒針が突き刺さる。
「あ、がっ、あ゛あああぁっ!!!」
やはり着ている衣類もここでは自分の一部なのだろう。
刺された所が、まるで墨だらけの筆を突き立てた習字紙のように黒い何かに犯されていく。
痛い、苦しい、気持ち悪い、痛い、痛い、痛い、あぁ……。
でも! 苦しいだけなら! 気持ち悪いだけなら! 痛みだけなら!
「こん……っのぉ!」
「なに!?」
俺の腹に一撃加えて勝利を確信していたヴィレッタ。
そうしてニマニマとしていた所を狙って、突き刺されたままの腕を掴む。
「エゴだ。エゴだよ。どうしようもない俺のエゴだ!」
「馬鹿な……浸食が遅い……いや、干渉されているのか!?」
当然咄嗟に引き剥がそうとするヴィレッタだが、ここは現実とは違う空間。違う世界だ。
運のいい事に、ひ弱な俺でもヴィレッタに対抗できている。
「皆と仲良くやっていきたい! それだけの……あぁ、そのエゴのために!」
なにが切っ掛けかは分からないが、部屋の一部が燃え始める。
炎の熱が肌をチリチリくすぐるが――今はそんな事どうでもいい。
拳を握りしめる。
「ここで!」
多分、初めて。
あぁ、初めて強く意識して――拳を突き立てる。
ヴィレッタの横顔に。
「ここで絶対に!」
今振るっている拳は、現実とは違う。
だけど――痛ぇ……。
「絶対にお前を止めて見せる!」
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