058:いいひと
(ちっ、意外と防御が固い。……テッサか?)
直接接続によって、トールの中の意識を侵略する。
サブブレインとは、しょせんは便利な外付けに過ぎない。
それしか持たないトールに対して、本来ならば不可能な侵略を可能としているのは「スキル」の恩恵に他ならない。
スキル『精神汚染』。
それがヴィレッタが習得した数あるスキルの内の一つだった。
(トールの様子から、自分にも最適な装備が増設されると思っていたが、まさか電子頭脳や各種センサーに変化が起きるとはな)
今見えている光景は普通ならばまず見えないものだ。
トールの精神、あるいは意志の壁とでも言うべき物が視覚化されており、そこに自分のアバターを潜り込ませて探索している。
「的確なブロッキングとダミー……この迷路がトールの防衛機構と言う訳か」
えらく細くて別れ道の多い、レンガやツタで作られた迷路。
それがトール=タケウチの精神の防壁なのだろう。
(くそっ、最初は単純な別れ道程度だったのに、瞬く間に壁が増えたな。……テッサめ、短期間でよくもまぁ仕込んだ物だ)
ヴィレッタの習得したスキルは、習得したばかりなためか問答無用で相手を支配下に置けるような物ではなかった。
このスキルを使用したのは今が初めてだが、一応使い方はスキルそのものか、あるいはスキルの
サブブレインの防御機構でもあるこの迷路を突破し、使用した対象の最深部に到達する事。
そこで精神――『心』とやらの最深部に達しないことにはどうにもならない。
「あぁっ……あっ……あ゛っ……あっ」
トールはどう見ても意識がない。
目は虚ろで、目や口からだらしなく涙や唾液を垂れ流しながら身体をのけぞらせて意味のない言葉を零している。
腕も脚も力が入らないまま、だらりと伸ばしたまま痙攣している。
(この状況下で……しぶとい。捕縛用の麻酔毒を打ち込んだのに、ここまでしっかりした防壁を維持しているとは)
これまで、他人の電子頭脳を書き変えて支配下に置いた事は何度もあった。
電子頭脳戦において、意識を混濁させる事さえできればそれを勝利とほぼ同意だ。
魔術師という存在と戦争を続けている彼らのほとんどは、電子戦の訓練を重視していない。
だからこそ、自分達は暗躍を続けられるのだが――
(そこらの将軍や政治家よりも守りを固めているのが自称一般人か。笑えんな)
つくづく、想定を上回る存在である。
だからこそ、その想定以上の存在をここで抑える事に意義がある。
スキルの事があったために手を出しあぐねていたが……いまやスキルは自分の手の内にある。
ならば、イレギュラーにイレギュラーらしい扱いをしたところで問題あるまい。
サンプルはサンプルらしく、情報さえ提供していればそれでいい。
最低限の生命活動くらいは保障してやろう。
「ちっ、機械の精製とやらを先に取るべきだったか?」
それにしても手ごわい。
途中から先に進むのが非常に困難になってきている。
壁を壊して――つまりセキュリティそのものを破壊して突き進む事は可能なのだが、リカバリーが中々に上手い。
いっそ直接、脳を電子頭脳に置き換えられればもっと早いのだが。
(やけに出来のいいセキュリティプログラムにいくつもの補助が付いている……)
軍用のソレよりもはるかに性能のいいプログラムを、これまでサブブレインという技術に触った事もない男に作れるハズがない。
自分側の人間が関与したのだ。
最終手段として人格への介入を考えていたアシュリーではない。当然自分でも。
残るのは一人だけだ。
(やはり、先にアイツから手駒に加えるべきだったか)
ある程度時間に余裕があるとはいえ、余り遅くなっても全員に不審がられるだろう。
(目標は全員の電子頭脳化、及び支配下に置いた上での帰還)
自分達の世界の人間である事に加え、地位や技能の有効活用が出来そうなアシュリーにテッサ、そしてゲイリー。
見知らぬ世界の、錬金術という特殊な技能を持っているクラウ=クラス。尋常ではない体術と剣術を持つアオイ=Y=レスタロッセ。
手駒にすれば、これ以上なく役に立ってくれるだろう。
だからだ。だからこそだ!
彼女たちを手にするために、ここでこの男を――
――ギュッ
「…………なっ……?!」
そう思った瞬間、腕を掴まれた。
反射的にセキュリティの解析作業を停止し、視界が普段の物に変わる。
「よぉ……。そこまでにしといてくんない?」
目に入ったのは、虚ろな目で痙攣を繰り返す少女の姿ではない。
まだ幾分かぼんやりとした、だが確かに意志を持った目と言葉。
「貴様、トール! なぜ!?」
「お前が思った以上に……っあ……あ、アイツは色々と……対策、して、く、く、く、くれてた……ぁ、みたいだな」
「――っ、テッサ! あの雌!」
再度スキルを発動し、この人間の動きを封じようとするが上手く作動しない。
意識を取り戻した事で防壁が強固になったため、侵入する隙が見えない。
「アイツの口ぶりから……二人が動く事は予想出来ていたけど……っ! 俺一人の反撃で焦るたぁ、少なくともアシュリーはこっちにゃ来ないようだな!」
「く……っ」
向こう側にいるアシュリーと示し合わせている。そういう風に思わせられれば、あるいは隙を作れたかもしれない。
そして、そういう疑念を抱かせるために虚言を口にしようとしたが、この目は確信している目だ。
だが、なぜ――
「貴様、まさか私のメモリーを!」
今まさにトールのこめかみに突き刺さっている端子。
そうだ、今私とトールは――繋がっている!
「お前が真っ直ぐ俺を見るっていうんなら――俺にもお前が見えるのは当然だろうが!」
トールがそう言った瞬間、目の前に突然半透明の文字が現れる。
――最重要観察対象者からの浸食を確認。
――被浸食者のスキル取得傾向チェック。
――『気配遮断』
――『消音』
――『暗殺』
――『精神汚染』
――『ガンスミス』
――『ガンスリンガー』
――『毒物精製』
――第██次████実験までの累積データと照合。
(なんだ……なんだこれは!?)
突然、自分が習得したスキルが一気に表示されて来たかと思えば、突然訳の分からない言葉と数字が流れ出す。
視界の片隅では何かの作業の進歩具合を示す四角いプログレスバーがいつの間にか現れている。
おおよそ四割ほどが埋まったバーはじりじりと半分を、そしてその先を目指して空白を徐々に埋めていく。
(くそっ! まだだ! 今ならまだ!)
スキルはまだ発動している。
トールの精神の中に、自分の存在を感じる。もう一歩踏み込めば――
だが、妙にスキルを通して発動しているハズの自分のアバターが……重い。
「貴様……何をした!?」
「あ……ぁっ!? なんのことだ!?」
男――いや、女の姿をした男は、自分の腕を掴みゆっくりと立ち上がる。
片方のこめかみから滴る血が顔を汚しながら、それでも立ち上がる。
「俺はただ、お前を追い出そうとしているだけだ……っ」
「ちっ! ならばこれは……」
一あまりに多くの処理を一度に行おうとすると優先度の低いタスクが遅延するように、スキルに関するタスクが遅延しているのか。
あるいは――スキルそのものに干渉されている!?
―― ※警告※ 敵性対象のオートマチック・カウンタープログラムの発動を確認しました。
「くそっ! こんな時に!!」
今度はスキルではない、自分の頭脳が警告を出す。
おそらくテッサが仕込んでいたのだろう。
ある一定以上の深度まで達すると、逆にこちらの電子頭脳やその周辺機能を抑え込むプログラムが発動するようになっていたようだ。
それも、おそらくこれは――
(侵入者を支配下に置くようなカウンター・プログラミングか! 悪趣味な!!)
元々そういうプログラムには長けている。破壊工作専門のテッサに後れを取るわけではない。
……同じタイミングで行動を開始していればだ。
攻撃に回ればカウンターの浸食が防げず、カウンターの防御に回ればその間にトールは態勢を立て直すだろう。
「テッサとはかなり訓練をしていたけど……お前のは随分と違うな!」
「うるさい!」
そんな事は分かっている!
スキルだ! スキルが融合したおかげで扱いそのものが変化している!
その誤差修正のタイムラグが更に広がり、決定的な有効打を打てない!
いや、そもそも……セキュリティとその補助が的確すぎる!
「これなら押し切れる。うん、押し切れそうなんだけど」
一度接続を解除しようと試みるも、カウンタープログラムにそういう物が組み込まれていたのか、接続が切れない。
ならば物理的にとトールのこめかみに突き刺さっている接続端子を引き抜こうとしても、その手はトールがしっかり掴んでいる。
引き抜こうとするでもなく、むしろ更に深く刺せと言わんばかりに自分の腕を引っ張っている。
「あぁ、でも……なんだろうなぁ」
薬の効果が切れつつあるのか、呂律は元に戻っている。
「違うな、これ」
そう言うのと同時に――自分の邪魔をしていた壁が消えていく。
「…………っ?! き、貴様……何を!?」
「いや、だからさ」
自分に迫りつつあったプログラムも、どう言う訳か抵抗が緩くなる。
実際には存在しない光景が明るくなる。そして――
「違うんだよ。俺が思う『いい人』は。俺がそうじゃなきゃいけない、そうならなきゃいけない『いい人』ってのは、相手をただ撥ね退けたりしないんだよ」
明らかな異変が起こった。
視覚情報のみだ。現実にそれが起こっているわけではない。
だが、先ほどまでの迷路と同じ、半ばスキルと連動したおかげで見える『仮想疑似空間』というべき物はしっかりとその光景を見せつけてくる。
闇だ。
自分の手首を掴むトールの手を伝い、闇が自分を包み込む。
「別種の浸食?! 違う、貴様!」
あの時とは状況が違う。
人質のゲイリーはいない。それを取り押さえるアシュリーも、どちらの味方か分からないテッサも、血に濡れた刀を構えるアオイもいない。
自分と、この性別の入れ替わった男だけだ。
違う。全く違う。
場所も時刻も優劣もなにもかもが違う。
「自分の中に私を招くつもりか!?」
ひとつ、同じ物があるとすれば。
「そうだよ?」
トールがまた――嗤っている。
「そう、そうだねそうだよそうだった。『いい人』がいきなり他人を拒絶するなんておかしいじゃないか、そんなの『いい人』じゃない。『いい人』は他人を理解してあげられる人だものなぁ」
身体が動かない。動かせない。
気が付いたら、トールの片方の手が自分の頬を撫でている。
チャンスだ、チャンスのはずなのだ。
先ほどまで決して入り込めなかった場所に、自ら招き入れてくれる馬鹿がいる。
だが暗い、暗い……闇が――
「離せ! 貴様トール、離せっ! 離して――」
「だぁめ」
「ほら――おいで」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(ん~~~~。予想してなくもなかったッスけど、また斜め上にいったッスねぇ)
「? どうした、テッサ? 手が止まってるぞ」
「あ、わりッス! ちょっと考え事してたッスよ」
「別に悪い事じゃないけど、作業は止めないでくださいねぇ? 確かに寝る所が……特に風を避けられる所がないとここは辛いですぅ」
「まぁ、森の中に比べて風強いッスからねぇ……虫の問題が一気に減ったッスけど」
「何気に大きいな、ソレ」
森の奥の方から、アシュリーとクラウの二人組が運んできた分厚い苔をシェルターフレームに積み上げていくという何気に辛い作業。
これさえ終えれば、作業はほぼ終了したといってよかった。
もっとも、この作業こそもっとも体力と時間を使う作業だ。
近くではその二人組も同じ作業に入っている。
材料は十分だと判断したのだろう。
事実、分厚い苔やら藁やら、屋根や壁に使える材料は近くにどっさり積まれていた。
火起こし用の薪もだ。
(さて、どうするッスかねぇ。一応トール君の手助けにいくか、あるいは邪魔をしないように接近して万が一に備えるか)
そしてその作業に加わりながら、内心でテッサはこの場にいない二人について考えていた。
(電子戦に自信のあるヴィレッタさんが絶対先走るって予想は当たり。それに特化したカウンターウイルスも起動したのは間違いないッスけど……どうにも変な事になってるッスね。トール君のスキルが関係して変異した? あぁ、ありそうッス)
テッサにとって、トールという存在は絶対に生きてもらわなければならない存在だ。
身体的な意味でもそうだが、精神的な意味でも。
そのために、現状取れる対策は全て取っていた。
(隊長がヴィレッタさんの行動を掴んでいるかどうかッスね。下手に隊長から目を離して、向こうに加勢されるわけにもいかないし)
もし、全てがテッサの想定通りに進んでいたのなら、今頃ヴィレッタは忠実な操り人形になっているはずだ。
トールの。
(トール君がブロックした瞬間に、モニターできなくなったのが痛いッスねぇ)
防衛用の『盾』は何重にも施してあった。
短い期間で万全を整えるために、自前のセキュリティプログラムを念入りにクリーニングして渡し、トールとの模擬電子戦を幾度も行い癖を把握し、それを補うように補助プログラムまで組んで渡してある。
相手が無警戒だったのならば、一秒と経たずに逆に飲み込める自信がある。
(大体、ヴィレッタさんも隙だらけなんスよねぇ)
テッサは、彼女の生い立ちを知っていた。
いつの日か来る、彼女達が起こす革命。科学も魔術もない、平等な新世界。
その世界のために、必要な情報はあらゆる所から入手していた。
企業、市民、学生、犯罪者、同僚、将軍、政治家。
向こう側の大陸でも同様だ。魔術を行使する中にも、新時代を望む同志がいる。
そして――
(まぁ、全人類の支配なんて思想持ったイカレたAIの作った試作スパイ機なんてそんなもんスか)
彼女の世界のコンピューターやネットワークからも。
(いやはや、ホントに脇が甘いというかなんというか)
だからテッサは知っている。
自分達の中に、いや、すでに向こう側にも――人類共通の敵がいる事を。
テッサは知っている。
それが、新しい時代を切り開く革命に利用できる事を。
なぜなら、
(自我を持ったAIから派生していった電子生命体。それが完全に一枚岩だなんて、なんで思えるんスかねぇ)
その中にすら、テッサの同志はいるのだから。
「あ、ゲイリーさん。一回シェルターの内側に入ってもらっていいッスか? キチンと風を防げているかちょっと気になるッス」
「ん? あぁ、分かったちょっと待……ん?」
土まみれになっている手を軽くはたいたゲイリーが、動きを止めて耳をそばだてる。
「ゲイリーさん、どうしかしましたかぁ?」
「ん? あぁ、いや」
「歌が聞こえた……気がしたんだが……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます