064:整地魔法の活用……活用?

「浄水のためのろ過装置?」

「あぁ。リーダーさんのスキルなら、前使ってたあの透明な器の奴より効率的な作り方が出来るんじゃないかって『私』は考えてるみてぇなんだよ」


 ここ数日のテッサ達の頑張りのおかげで少し湖の拠点に似てきた新拠点。

 罠の方も徐々に機能し始め、どうにか手に入った魚や野草,果実でお腹を満たして夜の作業をしていると、クラウ…いや、クロウが声を掛けてきた。

 俺? 再び激痛に耐えてとりあえず男に戻って少し休んだ所だ。

 女になる時よりも痛みが凄くて、今日は碌に動けなかった……。


「そもそもペットボトルは持ちこんだ物だし……。んー、煮沸じゃ足りないか?」

「消毒って意味だと大丈夫だろうけど、いろいろ余計な物が混じっている事には変わりねぇからな……。ある程度ろ過した水をさらにガッツリ煮沸消毒する方が安全じゃねぇかな。現にリーダーさん、最近は大丈夫だけどちょっと前までちょいちょい腹下してたんだろう?」


 本来の人格である『クラウ』のトレードマークであるモノクルは、今は鼻の上ではなく彼女のポケットの中に入っている。

 クロウなりの合図なのだろう。今は『クラウ』ではないという。


「朝露みてぇに綺麗な水ならともかく、川の中にゃ色々いるからなぁ。手洗いとかも、湯ざましした水よりも川の水でちょいちょいと済ませる方が多いし……」

柄杓ひしゃくみたいな物もさっさと作るか」


 襲撃によってほぼゼロからのリスタートとなった拠点設営は、当初の計画を大幅に変更し、ここ最近はとにかく運搬に必要な道具と罠に労力を全振りしてた。


 なにせ一番頼りにしていた陶器の類は全滅。使いにくくはあったが頑丈さでは一番だった学生鞄もおしゃかだ。

 前に洞窟で拾ったバックパックも一つやられたが、まぁこちらは補修して今も利用している。

 その結果、一緒に拾った服――つまりは貴重な布を使ってしまったが。


「しかし水の浄化か。一応、ペットボトルを使ったろ過装置もあったんだけど……」

「大きさ的に一度に濾せる量も微妙だったし、なによりそれでもリーダーさん腹壊してたんだろう?」


 うーん、日頃から魚や肉は可能な限り火を通しているし、野草とかもしっかり煮て……あれ? やっぱり水か?


「俺のろ過装置が失敗だったってことかなぁ」

「まぁ、自分や『私』なりに考えてみた今度のろ過装置は、前よりは多少安全になると思う。煮沸と組み合わせれば尚更」

「なにか仕掛けを追加するのか?」

「いんや、物を追加する。錬金術をこっちで再現するのに必要だったし、ちょうどいいタイミングだった」




「という訳で明日さ、『自分』か『私』で木炭を作ろうと思うんだ」







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇








「おい、クラウ。お前なに作ってんだ?」

「傍から見ると、謎の儀式みたいッスね……」


 本日の食糧調達班はアオイとアシュリーの二人。ゲイリーとヴィレッタは途中まで作業を手伝いながら、その後湖周辺や例の不自然な岩場で黒曜石や使えそうな石を拾い集める役。

 特に、道を拡張するための綺麗な白い石は集めておいてもらいたい。

 ただの石でも出来なくはないのだが、やっぱり白い道の方が分かりやすくていい。


 俺とテッサはもう一度素焼きを作れる環境を作り直してる。

 窯は一応形は出来ているので、早速新しい素焼きの壺を作り始めている。

 テッサは必要な粘土や水を一緒に回収してから、今は形作った壺を陰干しするための場所を組み立てている。


 で、ちょっと離れた所で作業をしているクラウ。

 今彼女が何をやっているかというと、これまでの生活で回収していた薪の中からやや長い物を地面に突き立て、そこに次々に薪をたて掛けて……なんだろう? 小さな塔? それっぽい物を作っている。


「リーダー君には昨晩アイ――その、言っただろう? 木炭を作るのさ。なにせ、使い道が色々あるからね」


 作業を始めた時は、突き立てた支柱以外の枝が崩れない様にと慎重だったが、今では割と気軽にポンポンと乗せていっている。


「ひたすら焚火場で燃やし続けるのかと思ってたよ」

「それだと、炭よりも灰が多くなってしまうんだ。まぁ、草木灰にも使い道は色々あるがね」


 もう十分だと判断したのかクラウはそっと立ち上がる。

 そして、今度は用意していた枯れ草や枯れ葉で完成した枝の山を覆い始める。


「木炭を作る作業というのはだね、単純に言えば木材を蒸し焼きにする事なんだ。リーダー君テッサ君、ちょっと手を貸してもらっていいかい?」

「あ、大体は終わったんでいいッスよ!」

「おぉ、二つ目が出来た所だし別にいいよ」


 やはり、ちゃんとした薪ではなくてもそれなりに重量のある木の枝や木片を朝から運んだり積んだりしていたので疲れたのだろう。

 いつも涼しげに微笑んでいるクラウが、額の汗を袖で拭っている。


「テッサ君は私と一緒に、おおよそでいいから厚さが均一になる様に枯れ草や落ち葉……要するに火種をかけていってくれ」

「うッス!」


 ピッと敬礼して胸を張るテッサに、微笑んで応えるクール系の美人。

 絵になるなぁ。片方俺を喰ったけど。


「んじゃあ、俺は?」

「泥を作ってほしいんだ。別に素焼きに使うような物でなくていい」


 ってことは、ここら辺に適当な穴掘って水ブチ込んで混ぜ合わせりゃいいか。


「蒸し焼きって言ってたけど、分量はどうする?」

「水はそこまで多くなくて構わない。ようするに、木材を火種で覆った後にその上から更に泥で包み込みたいんだ。水が多すぎれば、最悪火が消えてしまう事があるから……」

「要するに、ちょっと粘り気がある位のを作ればいいんだな? オッケ、分かったよ」


 とりあえず、湿り気の強い土ってレベルの物を作ればいいのだろう。これなら枯れてる草木をキチンと押さえられるだろうし。


「で、木炭を作ってそれをろ過機に入れるって事だけど……肝心の器はどうするんだ? 素焼きを使う?」


 以前まで使っていたペットボトルは、学生鞄と共に吹き飛びグシャグシャになってしまった。

 今ではただの透明なゴミだ。


「それなんだが……基本ろ過機……特に木炭は度々入れ替える必要があるんだ」

「数日に一回は中身変えなきゃいけないって事ッスか?」

「そこまで頻繁にとは言わないがね。まぁ、掃除も含めたメンテナンスをしやすくした物が必要になると思う。加えて大きさも。そこで、リーダー君」


 そういうと彼女は、クロウの方が昨晩作っていた、複数の樹皮を繋ぎ合わせた中の抜けた円柱状の物を取り出す。


「リーダー君、君の土魔法というか石魔法だが……地面ではなくこれの内側か外側を意識して発動させてみてくれないか?」







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







 声が聞こえた。

 人の声だ。

 そうだと分かった瞬間、自分の体が硬くなるのが分かる。

 人はダメだ。

 人は怖い。

 だけど――


「うぐぬぬぬぬぬぬ……っ!」

「あっちゃぁ~。今度は樹皮を押しつぶして石の板にしてしまったッスねぇ……」

「型ならいくらでも作れるから問題ないが……やはり難しいかい?」

「ちょっと待て、ちょっと待ってろ! やっと土魔法に整地以外の道が見えたんだ! 絶対に成功させて見せる!! クラウ、次の型をくれ!」

「……うーん、ドハマりしてるッスねぇ。とりあえずトール君が作った壺は乾燥場に運んでおくッスよ」


 男が一人、女が二人。

 この数が逆だったら、どう動くのが正解なのか考えが及ばず、ただただ寝た振りを続けて身体を震わせていただろう。

 ただ、同性が異性よりも数が多い。

 些細なことだが、大事なことだった。


 不思議と記憶に残っている自身の感覚よりも軽くなっている体に、力を込め――




 ――女が、眼を覚ました。


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