038:嵐の前の――
正直失敗するだろうと考えていた初の素焼きは、意外な事に成功した。
手の平三つを横に並べた位の幅の円柱の壺。
これが俺たちの初めての焼き物になるわけだ。
「ほう。大したものだな、トール」
「あぁ、予想よりもしっかりしている。もっと強度に不安が出るような仕上がりになるんじゃないかと不安だったんだけど……」
水分を均等に抜け切るために陰干しにしていた型を、煙突のようになっているかまどの中へと置いてガッツリ火を焚いた。
いつもの焚火と違い火が集中する様に作ってあるので、その火力は段違いである。
少々深く掘った穴――釜戸の底には熱が下がりにくいように石も敷いてあるし、空気もキチンと入る様に横穴もある。まぁ、ここは薪を放り込む場所なんだけど。
昨日はかまどと、その受け皿を安定させるためにテストも兼ねて思いっきり火を焚いてみたが、結果受け皿は綺麗に固まり、煙突も丈夫になった。
で、それなら壺ももう大丈夫だろうとアオイと一緒に燃やした結果――大成功という訳だ。
……三つの内一つは。
「成功率三分の一。悪くはないだろう?」
「まぁな、あと二つくらい成功してくれればとりあえずは十分だ。あまり多すぎても、今度は移動の際に困っちまう」
とりあえず、もう不安定な折り畳み傘を使った水汲みをする必要は無くなった。
こっから先はコイツを使って水を汲みに行こう。
一度に組める量は少々心元ないが、それでも安定していると言うのは大事だ。
「そうか……そうだったな。なんだか最近では、ここでの生活をより良くする事に没頭していたが、いずれはここも離れるんだったな」
「もうちょい先だろうけどな」
ある程度下流の様子を確かめたうえで、ここらに新しい発見が無ければ――
あぁ、でも何が惜しいって上の罠場が結構いい狩り場なんだよなぁ。
今度はそんなに離れず、戻ろうと思えばすぐにここに戻ってこれる位の距離にした方がいいのだろうか?
今度こそ本当の探索拠点として……。
「下の方で安定した食糧の確保が確定しているなら、結構川を下ってもいいと思ったんだけどなぁ……」
「? どうやって移動するつもりだったんだ?」
「イカダ作って荷物乗っけて、一気に下流に行くって案があったんだよ」
水の流れを使えば、徒歩よりもかなり早く移動できる。難点を言うなら、何かあった時にここまで戻ってこれなくなるという事か。
「ゲイリー、弓の方はどうだ?」
いつもどおり布の服の上に丈夫なマントを羽織っているゲイリーは、更にその上に新しい得物を背負っていた。
ゲイリー自身が木を削り、組んだ紐を使って造り出した弓だ。
「悪くないな。完成してから矢を何本か作って試してみたが、しっかり飛ぶ」
ゲイリーが作った矢は、俺の知っている矢とは少し違っていた。
俺のイメージする矢と言えば、矢をつがえた時に指があたる所に羽が付いていたのだが、ゲイリーのそれは羽ではなく、まるで蛇が巻き付いているかのように柔らかめのツタがくくりつけられていた。
一応これで安定するらしい。
あと、先端を削って焦がしただけの矢じりだが、そこに更に粘土で作った球を差している。
これが重りになって、さらにバランスが安定するとの事だ。
やはり、こういう知識においてゲイリーはかなり頼りになる。
「今作っている矢筒が完成したら、一度森の調査も兼ねて狩りに出てみようと思う」
そして今、ゲイリーが行っている作業は矢筒造りだ。
長めのツタを四本、米の字を書くように交差させ、それをベースにして他のツタを使って編み上げる。
最初の一本を根元になる交差部分に結び付け。その後はベースになったツタの間を内側、外側、内側、外側とくぐらせていくのだ。
無論、形を作りながら。
「アレだな。もっと細かい木の加工や接着が出来ればマシな物が作れるんだが……」
「それは仕方ないだろう。接着は……出来なくもないが樹液を集めるのも一苦労だし、木を削るのはともかく切るのには一苦労だ。……例の骨ノコギリ、一つはもう駄目になったんだろう?」
それな。
普通に枝打ちに使ってたらあっさり刃がかけてしまった。
そもそも、使用頻度の高い石斧とかすでに何本も壊れて作り直してるし……。
道具の消耗考えると、もっと何か手段考えないとなぁ……。
「矢筒の方は長く持ちそう?」
「……正直、間に合わせだな。本来基礎になる部分には、もっと強くてしなやかな枝などが良いんだが……それだと背負うには大きすぎる形になってしまうからな。今回は強度よりも便利さを優先させた」
「なるほど。ちょうどいい材料を見つけたら、俺もなにか作れないか試してみるよ。矢筒もそうだけど、籠とかあれば便利だろ」
最初の頃に作って樹皮の採取箱とか正直あんま役に立たないし。
大は小を兼ねる。うん、昔の人は正しかった。
「そうだな。魚を捕まえた時も、今のままじゃあ不便だし」
「大体は素手で掴んで運んでいるからなぁ。まぁ、大量にかかるって事が今の所ないけど」
「今後は可能性があるぞ。今頃アオイ達が罠を増設しているだろう?」
「あぁ、仕掛けは昨晩の間にもう作ってたし、すぐ終わるだろう」
最も、罠と言えるほどの物ではない。
一本の長い紐に、大体四,五本の紐をくくりつけて、その先端に釣り針と餌をセットする。
で、適当な枝を杭代わりにして長い紐をくくりつけ、もう片方の先端には石をくくりつけて湖や川に沈める。
……うん、これ罠って言えるのか? まぁ、釣りもある意味罠だけどさ。
「仕掛けは何本作ったんだ?」
「えぇと……六本かな」
「となると六に四から五……三〇近くの針が仕掛けられている訳だ。前回からチラホラ成果の上がってる魚籠も含めると、大漁の可能性だって出てくるさ」
「……まぁ、少なくとも空腹のまま寝る可能性が減るのはいい事か」
食糧を得る機会が増えたのはいいのだが、だからこそいざ野草と果実だけの生活に戻ると士気が下がるのだ。
「あ、そうだ。ゲイリー」
「なんだ?」
「最近、妙な気配や痕跡を目にした事無い?」
「? つまり、どういうことだ?」
「アオイが、誰かに見られている気がするって言うんだ」
昨日、アオイとの雑談の中で出てきた感じる視線というのは、正直かなり気になっている事だ。
肉食動物がこの周辺にいる可能性は減っているし、そういう獣が様子をうかがっていると言う事は無いだろう。
一応念のために、拠点近くにある身を隠せそうな茂みは石ナタを使って切り払っている。
仮にどこかから俺たちを見ているとなると、恐らくもっと遠くだろう。
「なるほど、アオイが……」
「一応アシュリーにも言っておくけど、もしこちらとの接触を躊躇っている人がいるなら、こちら側から声かけた方がいいかなぁと」
全員が拠点を空けたタイミングに来られて食糧奪われてもアレだし。
いや、今拠点に残してある食糧となると天日干しにしてある野草しかないんだけどさ。
一応完成した肉や魚の燻製は、葉っぱで包んで上から縛り上げて袋状にして、ここから離れた場所の木の上に吊るしてある。
簡単な屋根も付けて、念のために超頑張って落とし穴とか中型から大型の獣用の罠も仕掛けたし肉を狙った獣が近づいたらかかるはずだ。
「分かった。一応、俺も気にかけておくとしよう。とりあえず、今日は残りの時間を矢筒作りにあてるつもりだが、君はどうする?」
「そうさねぇ」
アシュリーは前回の探索で気になる点があるって言うし、アオイは罠の方を見て回ってるし……
「一応、アオイの方の後を追ってくるよ。もし獲物がいたら呼びに来るって言ってたけど、それじゃあ二度手間だしな」
「分かった、道中気を付けてな」
さて、今日の飯は何になるか。
せっかしだし、魚がいいなぁ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「? なんだアシュリー、戻って来ていたのか? ちょうどいい、トールからも聞くと思うが、アオイが――どうしたアシュリー?」
「アシュリー?」
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