062:結局湖は重要だった件について
「というわけで、ね。とりあえずは食糧の調達にまた力を入れようと思うんだ」
結局、あの白い『天使』は完全に姿を消してしまった。痕跡すら一切ないとか怖すぎて泣ける。
ぶっちゃけ、ヴィレッタには感謝している。
あの夜の戦闘、もしヴィレッタが俺を引っ張って回避したりしてくれなかったら、今頃問答無用で吹き飛ばされて即死していた気がする。
現実ではなかったあの世界では何回殺されても自己再生が動いてくれたが、さすがに即死したら多分ダメだろう。
「まぁ、その前にトールさんは男の子に戻りましょうよ。明日には戻れるんでしょう?」
「戻るよ! ちゃんと戻るから!!」
テッサが繕ってくれた女の時用の服は、やや大きめではあるもののダボダボのままよりはかなりマシである。
……やや大きめに作ったのは、万が一この服のまま男にすぐ戻る事がある可能性を考えたんだろうか?
うーん、トールくんポインツ追加。
「まぁ、君の身体が変な事にならないのならそれでいいんだが……つまりはどうするんだ? 罠を増やすとか?」
ここ数日の間でもっとも多くの肉を、その弓矢の腕で持ち帰って来たゲイリーがそう尋ねる。
まぁ、それでも小柄なヤギ一匹のみで十分な量とは言えない。
……ぶっちゃけると、ここ数日の唯一の成果と言っていい。
「あぁ、ゲイリーが獲物を仕留めてくれたおかげでとりあえずはなんとなかなってるけど……ぶっちゃけ大分ピンチだ」
当初の予定よりも探索というか調査に時間を割いてしまった事もそうだし、なにより罠の設置数が足りていない。
ゲイリーやアオイに食糧調達に出てもらったり、罠の増設を頼んでいるのだが……余り成果が上がっていないというのが実情である。
土魔法ならぬ整地魔法で道を作っている時に木の実や山菜を結構見つけたのが幸いだったか。
「そうですねぇ。一応川にもお魚さん用の罠を仕掛けてますけど、あんまり引っかかってませんからねぇ」
「というか、先ほどリーダー君が持って帰ったあの小さい小魚だけだろう。肉がほとんどない……」
その通りでございます。
ぶっちゃけ、出汁になれたかも怪しいしな。
湖の時の拠点と同じく、屋根付きの焚火場でグルリと円になって鍋を囲んでいる。
違う点は、湖の頃に比べて食事がショボい事か。
……土器をやられたのが痛かった。
それに、茹でて食おうとしていた保存食も結構吹き飛ばされてしまったし。
「まぁ、トール君が探索がてら道作りを頑張ってくれたおかげで湖までほぼ一直線で行けるようになったッスから、また向こうに戻る……とまでは行かなくても、罠を設置して時々回収しに行くというのは可能ッスよ」
「そうね。辺りは一応安全だろうって答えが出たんだし、なんなら2グループに別れて活動するのも悪くないんじゃない?」
それな。
というか、脆かったからしゃーないとはいえ水汲みや料理に使う水瓶が全て破壊されたから作り直さなアカンし……。
湖の方の拠点、シェルター以外の設備は残しておいて良かった……。
「とにかく、この拠点を充実させよう。この場所を選んだのは探索に適しているからだし、実際飯のタネは豊富なんだ」
アオイとかゲイリーを伴って探索している時に海の中に対してサーチを何発かブッパしたのだが、ちゃんと食える魚が泳いでいて、貝や海藻が転がっている。
……今思えば、砂浜に貝とかを意識してサーチかけておけばよかった。
明日から時間があればやっておこう。
「そうね、アタシとしてもここを拠点にするのには異議はない。けど、せっかくなら、やっぱり湖も有効活用したいわね」
「湖を?」
「えぇ。ほら、地下の件があるし」
「……あぁ」
結局入口が見つからなかった地下空間。
あの後も出来るだけ調べてみたが結局侵入できそうな場所は見つからず。
もうちょっと本格的に調べるかどうかで意見が割れたのだが、結局より広い範囲の地理を把握したほうが全体的に特という流れに。
(まぁ、海に凄く期待していたのは確かだけど)
正直、適当な魚くらいすぐに釣れるんじゃないかと思ってた。
ダメ。全然ダメ。まったくもってダメ。
もうね、全然釣れないの。海。
今の所一番の漁場は湖と、その出入り口になる川の辺りだったわ。
「まぁ、とにかくそういう訳で、食糧対策に一旦全振りしようと思う。シェルター作製に作業場までは出来た訳だし、本格的な探索に入る前にここを万全の状態にしておこう」
具体的には、飢えたり凍えたりせずに住むくらいには。
移動が失敗だった気がしなくもないが、決めて行動してしまったからには仕方ない。
「さて、作業の分担をしよう。さっきテッサが言ってたけど、湖までの移動時間が当初に比べて確実に短くなってる。それで――」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「楽しみではあるけど中々にキツいんだよなぁ、罠作り」
元の湖まで戻ってきた俺たちは、一度は回収した罠を設置し直していた。
以前は魚用のがほとんどだったかが、今回はテッサの提案で獣用の罠も増設している。
まぁ、実績があるため確実な魚用の罠を仕掛ける方に専念してるけど。
「口よりも手を動かせ」
「いやいやヴィレッタさん。自分も動かしてはいるけどアンタほどの速度では出来ないって」
本気のヴィレッタの作業スピードに追いつけって、それ人間止めろってのとほぼ同義だからな?
……あれ、ひょっとしてスキルで俺もそうなれるのか?
「そういえばさ、ヴィレッタ。マジで俺の言う事には全部逆らえないの?」
「…………一応そういう事も出来るが、この身体が望みか?」
「んなわけあるかぁっ!!」
コイツは人をなんだと思ってやがる!
俺がそういう人間だったらとっくに手を出してるわ!!
…………。
イコール、その場合とっくに俺、死体になってどっかに転がってそうだな。
「そうですよぉ! もしトールさんがそういう人だったら、とっくにそこらに転がしてますぅ♪」
ほら。
(まぁ、こういう躊躇のない所は間違いなくアオイの良い所でもあるんだよなぁ)
なんというか、言動こそ確かに胡散臭くはあるが信じられる。
やると言った事はやるし、やらないと言った事はやらない。
だから、アオイにはなにかと頼りっぱなしな所が多いのだが……。
(かといって代わりに何かしてあげようとしても、身体も頭もスペック負けしてるからなぁ)
ちょっと前に大きくて重い石を使ってそれぞれの体力というか腕力を比べたのだが、ぶっちぎりで自分がドベだった。
なんとなく納得いかなくてクラウと腕相撲してみたけど……瞬殺されたなぁ。
うん、なんというか……まぁ出来るだけ波風は立てないようにしよう。
スキルで強い力手に入れて~っていうのもなんかアレだし。
状況次第では考えるけど、身内にソレはあんまりやりたくないなぁ……。
「それにしても……。トールはともかくアオイ、貴様まで私を放置するとは意外だったぞ」
「? そうですかぁ? まぁ、お話を伺った時はたしかに首をはねようとしましたけどぉ」
知ってた。
あの説明会の時、なんとなくそう動くんじゃないかなぁと思ってお話の時にはさりげなく間に立ってたのは正解だったんだと今確信した。
「まぁ、今では完全にトールさんには逆らえないというのは間違いないと、この目で確かめましたし」
まぁ、不意打ちで皆の前で土下座させて謝罪させたからなぁ。
俺が一通り説明した後に「とりあえず、改めて俺と皆に誠心誠意謝るように」って言ったその瞬間、その場に膝付いて土下座したのにはマジでビビった。
テッサは予測していたのか驚かずにいつも通りニコニコしてたなぁ。
まぁ、テッサ曰くアイツも俺に仕込んでたセキリュティの影響か、ヴィレッタをある程度は管理できるようになったらしいし
「トールさんに二度と危害を加えられないのならば、まぁ……特に、今後またあの怪物と遭遇することがあれば、トールさん同様にあの『声』が効かないヴィレッタさんは貴重な戦力で、便利な道具なんですからぁ♪」
さりげなく人扱いしないという意思表示はおやめ下さい。
実質ロボットらしいけど、それでも人だから。人だと俺は思ってるから。
(大体、俺を何度も殺すって意味じゃあクラウも同じだしなぁ。今更というかなんというか)
肉や内臓食われた時点で俺はもう死んでるのと一緒だし。
まぁ、悪意の有無ってのはデカい……いやもう考えるのメンドくせぇな。
「はいそこまで。とりあえず、ヴィレッタはハンディっていうかペナルティ背負ってやり直し。それで今回の一件は決着……ということにしてくれ」
アオイが言ったとおり、これから先万が一があった時にヴィレッタの力が必須になるのは間違いないんだし。
(まぁ、確かに危険人物と一緒に生活するのを強制してるっていう形になってしまうしなぁ……)
なんらかの分かりやすいペナルティを追加してもいいというか、そうするべきなんだろうが現状では思いつかん。
精々が飯抜きと労働の追加くらいか。
……一応ロボットであるヴィレッタに飯抜きって有効なんだろうか?
あるいは人間以上に致命的なのか……。
うん、やっぱキリキリ働いてもらう方向にしよう。
「はい! トールさんの判断に従いますっ! というわけで、これからも頑張って働いて下さいね?」
めちゃくちゃイキイキしてるアオイと、対象的に淡々としているヴィレッタ。
……うん、まぁいいや。
なんとかなるなんとかなる。
……なんとかしよう。うん。
「とにかく、罠の設置急ごう。テッサの言った通りかなり早く来れたし」
まだ目印程度の整地とはいえ、最短ルートを迷わず進めるおかげで予想よりも早く湖に到着できるようになった。
もっとしっかり整地すれば、かつての拠点との行き来もかなり楽になるだろう。
……野生動物の巣になるのが怖くてシェルター壊したけど、今思えばしっかり蓋をするとかでも良かった気がする。
「そうですねぇ」
そういってアオイは、魚の罠の目印として立てる長い木の枝を使って、とある場所を差す。
「まぁ、ここも期待できる狩り場になったようですしねぇ」
そこはなんて事のない地面だ。
だが、そこに転がっている物は俺たちにとって貴重な情報だった。
何かの糞と、蹄の跡。
獲物の痕跡が、確かにそこに残っていた。
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