046:ナニカの傷痕

「まぁ、見ての通りだ」

「すみませんヴィレッタさん。とりあえず説明してください」

「だから見ての通りだ」

「…………いやまぁそうなんだけどさぁ」


 住処にしようと思っていた洞窟は、完全に死体置き場だった。

 凄まじい数の――いや、すまん盛った。だが、それでも複数の白骨死体がまばらに散らばっている。


「どう思う、テッサ?」

「……衣類がばらばらッスね。と、いうか……」


 散らばっている白骨死体は、身長がバラバラだ。

 だが、子供のソレにしては骨格はガッシリしている。


「……人の額に角って生えてる……わけないッスよね?」


 ところどころに、妙な骨格がある。

 額に角と思わしき物がある頭骨、関節近くにトゲのように発達した部分がある骨、手と足がほぼ同じ長さで胴体がやや短い骨格……様々だ。


「衣類も、ボク達に近いのはないっすけど……こう、トール君の持ってる本に載ってた民族衣装っぽいものからトール君の服にかなり似てる物まで多種多様ッスねぇ」


 テッサはそう言いながら、骨が纏っている服を次々に剥ぎ取っている。


「……使えそう?」

「やけに状態がいいので問題ないッスね。っていうか、白骨化するレベルの年月が立ってるにしては……妙に布の状態がいいッスねぇ」


 剥ぎ取った服の生地を擦り合わせたりしていたテッサは、首をかしげながら目に付く状況を一個一個整理していく。


「そこらの岩肌に、奇妙な傷もあるッス。これ、戦闘の痕ッスよね?」

「あぁ、おそらく。私もそこが気になってな……」


 プロの兵士二人の会話に耳を傾け、辺りに目を向ける。

 比較的日光が入ってくる入口付近にも、それなりの傷跡が付いている。

 何かで強く突いたような痕や、引っかいた痕にも見える物が所々に残っている。

 言われて見ればそうかもしれない、というレベルだが……。


「で、この骸骨をサーチするのはいいんだけど、何を知りたい? 調べる時に意識している事で、出てくる情報も少し変わるんだけど」

「死因を調べてもらいたい」

「そッスね。白骨化しているとはいえ、自然死じゃないだろうって事は分かりますし、いくつか争った跡の様な痕跡が残っています。……まぁ、死因によってはここが危険地帯かどうかの判断もできますし」


 あぁ、確かに。

 例えば肉食獣によって殺されたとかになれば、この洞窟はそういう奴らの巣かもしれんって事になるし……。

 うし、分かった。


「OK、すぐに調べる」


 スマホを操作し、いつも通りにサーチを発動させる。

 視界にいつもの違和感を覚えて……さて、この白骨の死因は――



――『管理者候補C3A-433』死因:候補者¶§Θ―GT3∽¨200所有のスキルによる攻撃を受け死亡。



 …………。


 ん?


 んんんんんんんんん!!?







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







「つまり、この白骨死体は全員トール君みたいにスキルを使える人間……人間? まぁ、知能のある生物だったと?」

「ん、全員確認したけど間違いない……と、思う。詳細までは分からんかったけど、スキルを使ったっていう奴と同じく管理者候補っていう名称が片っぱしから出てきたよ」

「そう……ッスか」


 慌てて他の白骨死体も出来るだけ調べてみたけど、全員が『管理者候補』とナンバーっぽい物がセットで付けられていた。

 多分、全員スキル持ちだったのだろう。


「管理者候補。この森と言うべきか世界と言うべきか、あるいは別の何かのためなのか……とにかく、集められた人間にスキルを渡す存在がいるという事か」

「だったら、ボクら全員にそういう変化が起こっていない理由は?」

「……トール=タケウチ、なにか思いつく事は無いか?」


 ございません。


 いや、そもそも俺だってスキルなんて把握してねぇよ。

 攻撃に使えるスキルがある……のは、魔法があるからなんとなく分かってたけどさ。


「ないな。それっぽい、ありそうな理由なら……なんか条件があるんじゃねぇか?」

「条件?」

「例えば……そうだな、悪い事……じゃあ範囲が広すぎるか。うん、例えば人ってか同種を殺していない事とか」


 仮にこんな便利な物を適当に集めた奴らに渡すなんて、どう考えてもトラブルの種だ。

 渡すんなら面接か、あるいはなんらかの基準を設けるのが普通という物だろう。


「……同種殺し」

「なるほど。ありそうッスね、それ」


 我ながら咄嗟の考えだが、意外と的を得ていたのかテッサも笑みを消して真面目な顔で頷いている。

 すぐに『おっとっと』と親指と人差し指で笑顔を作っているが。

 で、ヴィレッタさん。

 同じように神妙な顔で頷いているが……あれ?


 一瞬、笑った?


「トール=タケウチ、ここにいる全員の死因は、スキルに寄るものか?」

「あぁ。ちなみに、そのスキル撃った奴もそこで転がっているよ。なんか複雑な記号だったけど、多分間違いないと思う」


 俺も、もしコイツの死体がここになかったらちょっと怖かったよ。


「スキルの詳細は?」


 そのまま質問を重ねてくるヴィレッタさんに、俺は黙って彼女の足元を指差す。

 彼女は表情を変えないまま、静かに足元を見降ろす。


「……枯れた植物……?」

「サーチってか、多分野草知識の方に引っかかったんだろうな」


 もう完全に死んでいるその植物を、ヴィレッタさんが持ち上げる。


「それ、スキルによって作製された植物だってさ。詳細はわかんねーけど、多分自分が考えた植物……あるいは近い植物を好きな所に生やすとかそんな感じじゃないかな」

「これで人間が殺せるのか?」

「死んでたせいか詳しくはワカンネ―けど、寄生した瞬間一気に血液やら肉を栄養にして成長して、そのまま枯れるんだとさ」


 なんともおっそろしい植物作ったもんだ。


「…………ヴィレッタさん」

「ああ」


 …………。

 おい。

 どったのさ。どったのさ。


「トール君、その植物。ひょっとしたらウチらの世界の物かもしれません」

「はぁっ!?」

「正確には、誕生するかもしれなかった我々の生体兵器の候補だ。敵地にばら撒く計画があったが、そこまで種子が生きられず、そしてその短期間での散布計画を立案できず処分されたバイオプラントがあった。実物も出なかったが、データベースには残っている」

「なんつーおっそろしいもん作ろうとしたんだお前らの所は!!!!!!」


 そんなん一歩間違えたら拡散してB級パニックルートまっしぐらじゃねぇか!!


「あぁ、いや、もし本当にボクらの世界の物だったら、そもそも碌に生存できない生物ッスから……少なくともこの場にあった個体は完全に死んでるッスよ。常に餌を確保できるような場所じゃないとコイツ生きられないらしいッスから」

「……そなの?」

「間違いない。実物こそ見たことないが、種子の状態でも三時間以内に死滅するという代物だと記録がある」


 ……なら大丈夫、か?


「とりあえず、こいつらの遺体も焼く……意味はないか。埋めてやろう。いい?」

「うッス、問題ないッスよ。でも、ちょうどいいし持ち物は全部回収したいんスけどいいッスか?」


 んー、ちょっと抵抗はやっぱりあるけど……。


「もちろん。服は俺も欲しかったし、そうじゃなくても布は貴重だ」


 アオイなら多分そう言うのも気にしないだろうし、これでアイツもある程度しっかりした衣服になるだろう。

 水仕事で服が張り付いた時とか胸元とか足元が見える時とか気まずくて気まずくて……。


「他にも使えるものがあるかもしれないし……もうちょっと奥の方、見てみるッスか」







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







 お~お~、出てくる出てくる便利な物。

 ……そこまで多くはないけど。


「あれだけの人数がいたにしては、荷物の量が少ないな」

「ひょっとしたら、とっさの隠れ場所としてこの場所を選んだだけなのかもしれないッスねぇ」


 黒と迷彩色のバックパック一つずつ――どっちも見た事あるロゴがついてやがる――に、同じく既製品っぽい竹かご……ってかザル一つ、金属製のマグカップ一つに丈夫そうなロープ一束。……大きめの缶詰の空き缶なんかもある。

 あと、一番嬉しかったのが二本の歯ブラシ。煮沸消毒こそ必要だろうが本当にありがたい。

 今までは木の枝をガジガジ噛んでボロボロにした奴と炭や灰でどうにか歯を磨いていたから。


「お、ちっちゃいフライパンもあるッスね」

「あぁ、こういうの見た事あるな……スキレットだっけか。ちょいと前にこっちで話題になってた覚えがある」


 バックパックの中を漁っているテッサが更に発見をしたようだ。

 ちなみに他の中身は、ほとんどが枯れ果てた野草や薪だった。

 感じからして、恐らくキチンとした刃物で作ったのだろうが肝心の刃物は見当たらなかった。


「いやぁ、ちゃんとした作りのバックパックもありがたいッスねぇ! これでこっから先の活動も色々と楽になるッス!」


 テッサはこれから先の事に思いを馳せているのか、ずっとニコニコしている。

 俺でも分かる。きっと今のテッサは、本当に笑っているのだろう。

 ……いや、今までにも本当に楽しそうだなって感じる時あったけどね。

 俺がアオイにぶった斬られた時とか。


「トール」

「んお? なに?」


 一方で、淡々と俺に色々話しかけてくるのがヴィレッタさんだ。

 話しかけると言うより、問いかけてくるというのが正しいが。


「先ほどの白骨死体、死んだのはいつぐらいだった?」

「半年前――えぇとだからロクサンジュウハチ……180日くらい前だった」

「……180日」

「トール君が来るよりも前ッスけど、そこまで古いわけじゃないッスね。まぁ、白骨化した理由は分かったッスけど」


 そうなんだよ、とびっきり古いわけじゃあないんだよ。

 ってことはさ。


「やっぱり、どこかに人がいる? それもスキル持ち」

「……にしては、痕跡が余りになさすぎるッスよ。足跡なんかもそうですけど、どこかにゴミとか排泄物とか転がってるもんスよ、いるなら」

「私とテッサの二人だけの時にも、お前達の拠点の周りや例の罠場の周辺を組まなく探索したが……別段それらしい発見はなかった」

「それじゃあ、この近辺にはいない?」

「……スキルという異能もあるので絶対とは言い切れないが、恐らく」


 ん。二人がそう判断したなら、今はそれでいいだろう。

 とりあえずはさっき剥ぎ取った衣服を畳んで、バックパックに詰めていく。

 Yシャツっぽい服は……よし、サイズも合いそうだしこのまま着させてもらおう。

 で、ズボンも……おん?


「コイツ、服見た時からそうじゃないかと思ってたけど……やっぱり俺の世界の人間か」

「どうしたッスか?」


 細身のスラックスを持ち上げた時に重みを感じ、尻のポケットを探ってみるとやっぱり出てきた。

 黒い手の平サイズの機械。

 スマホじゃない、折り畳み式のガラケーだ。

 ……結構傷だらけだな。


「それ、トール君が持ってるのとは違うッスけどひょっとして」

「ん、これも携帯。スマホの前の奴だよ、ガラケーって言って――」


 説明しようとガラケーを開く。

 特になにも反応を示さない。

 電源はとっくに無くなっているだろうし、スキルのような反応も出てこない。


「あー、やっぱ完全に死んでるなぁ」


 ほれっと試しにテッサに放り投げる。

 テッサは「わわっ!」と慌ててそれをキャッチし、同じ様に開いて見せる。


「んー、これ、電源入れるにはどうするんスか?」

「本当なら、受話器のマークのボタン……それ、そのボタンを長押しすれば電源が入るんだけど」


 当然の事ながら、ウンともスンとも言わない。


「貸してもらっていいか?」


 今度はヴィレッタさんが興味を示した。

 テッサからガラケーを受け取ったヴィレッタさんは、しばしボタンを色々と弄って、


「トール。このデバイス、しばしの間私が預かっていても構わないか?」

「ん? あぁ、いいよ」

「ありがとう。機械弄りは私の得意分野でな。少しばかり調べてみたい」


 そういや、ヴィレッタさんの得意分野とかあんま知らなかったな。アシュリーも。

 潜入工作が得意って事以外に特技教えてくれたのはテッサくらいか。


「機械工作とか得意なの?」

「あぁ。我々は内部の不穏分子を調べる任務もある。そのため、同じような設備や装備を使いこなす人間を相手にするためにはそういう知識は欠かせない」

「不穏分子? 魔術師側へのスパイとか?」


 大陸事違うし、互いの交流も少ないって言うからそういうのは少ないかなぁ、なんて思ってたけど。


「魔術側へと入れこむ連中はいる。自然保護を叫ぶ自然主義者や反戦主義者。それに、動きがあまり掴めないが今の政治体制の転覆を目論んでいるとされる平等主義者など――」


 あらまぁ。

 やっぱりどこでも、そういうのは産まれるのか。

 ゲイリーからも、ちょっとそこらへん聞いておくか。


「うっし、とりあえず荷物はこんな所か。それじゃあ、とりあえず寝泊まりする準備をしよう。遺骨の埋葬は明日でいいだろう」


 さすがに洞窟の中に泊まる勇気はちょっとないので、ちょっと離れた所でシェルターを作ろう。

 この辺りは結構木の枝落ちてたし、そこら辺を上手く使えばすぐに建てられるだろう。


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