048:海と四つめの世界

「もうさ、途中から完全野宿も覚悟でぶっ通しで歩いていたんだけどさ」

「そッスね」

「……まさか、森を抜けられるとは思わんかった」

「……そッスねぇ」


 すでにかなり日は低くなり、夕暮れ特有の優しい光に俺たちは照らされている。

 遮る物は何もない。

 これまで散々自分達に木陰という快適な場を提供してくれた木々は、自分達の後ろの方に生い茂って、ざわざわとを振っている。


「まさか、いきなり海になるとは思ってなかったッスね」

「あぁ」


 そして、今俺たちの足元にあるのは草木ではなく、そして踏み慣れた土でもない。

 真っ白な砂が広がっている。


 定期的に砂浜を打つ波の音と、潮の香りが現状を俺の脳に叩きこんでいる。

 海だ。

 俺たちは、あの森を抜けたんだ。


「まぁ、抜けた所でどうなんだって話だが……」


 森を抜け、少しだけ広がる草原を抜け、そして海。

 目の前に広がる水平線。視界にはなんっっっっっっっっっにも入らない。

 強いてあげるならば蒼い空と白い雲と鳥の影か。


 ……。

 うん、それだけだ。


 で、この世界の手掛かりは?


「うーん、見た所ゴミの類も全然ありませんねぇ。もし、ボクら以外に人間がいたとするなら、絶対海岸にはもっと色んな物が流れ着いてるハズなんですが……」

「海に進出していなかったとかでも?」


 例えば、もしスキル持ち同士で殺し合いなんてしてたら、こんだけ身を隠す場所がない所に近づこうとは思わんだろう。


「でも、そこに流れ込んでる川がここにありますし、普通なら川に捨てた物や落し物なんかが海にまで出て、そうしてそこらに打ち揚げられたりするもんッスよ」

「……じゃあ、やっぱり人はいない?」

「もういない。という事かもしれんな」


 全滅したってこと?

 うっわぁ、考えたくないなぁ。


「皆死んだから俺たちが連れてこられた?」

「……あるいは」


 昨日見つけた骨の奴もそうだけどさ、なんであんな事になったのさ。

 よく、二人以上いれば対立が起こるって言うし間違いないだろうけど……あんな事態を引き起こすまで決定的な事ってあるのか?


(……俺の考えが浅いだけかなぁ)


「いちおう、警戒だけはしておこう。あたりに人が隠れる事が出来そうな場所はある?」

「そッスねぇ……あえていうなら、一番森ってか木々がこっち側に突きだしてる所ッスかね。ほら、あのちょっと高くなってる所ッス」


 森を抜けてからここまでは、ちょっとした草原があるだけですぐに砂浜だ。


 その中で、一か所だけ森というか、木々が砂浜ギリギリまで生えた林のようになっている所がある。


「まぁ、木々もまばらですしほとんど丸見えッスけどね。一人二人が隠れる程度ならまぁなんとかって所ッスか」

「大人数が隠れるには向かない、か」


 一応、調べておいた方がいいのか。


「ちょいと聞きづらいけど、ヴィレッタとテッサってどっちが強いの?」

「あー……ヴィレッタさんッスね」

「純粋な戦闘という意味ならば、恐らくそうだろう」


 あらま、そうなのか。

 個人的にはテッサの方がヤバい……じゃない、強いんじゃないかと思ってたけど。


「トール君も一度見たと思うッスけど、ヴィレッタさん透明化したでしょう? 光学迷彩の他、腕やら足も機械化していて、色んな武器を隠しているッス。ナイフ数種類にブレード、ショットガンに暴徒鎮圧用の催涙弾やテイザー、その他もろもろッス」

「喋り過ぎだ、馬鹿者」


 いつものニコニコ笑顔で説明してくれるテッサを、ヴィレッタが軽く小突く。

 本当に軽くだったのだろう、テッサは小突かれて軽く顔をしたぬ向けても、こっそり舌を出している。


(……なるほど、催涙ガスか)


 一応対策は練っておこう。

 ヴィレッタさんを警戒するわけ……ではあるけど、同時に他の連中も来る可能性がある。

 一網打尽なんて事になったら、それこそ洒落にならない。


(特に女性陣が多いからなぁ、こっち)


 催涙弾とかを使って来そうな連中の明確な敵であるゲイリーが男でよかった。……よかった?

 うん、まぁ。とにかく、ウチの面子に及びかねない危険要素がある以上、できるだけ対策を練る必要がある。

 テッサ……あと、ゲイリーにも話を聞いておこう。アオイにも。


「……あれ? そんだけ装備あったんなら、俺がぶっ刺されてる間にアオイ倒せたんじゃない?」

「死にかかっているお前が傍にいたからな。それに、もし下手に動けば……恐らく、あの女は瞬時にお前か私の首をはね飛ばしていただろう」

「……俺はともかくとして……避けられなかった?」

「恐らく。あの女の剣術は相当なレベルのものだ。もし、あそこであの女に中途半端な攻撃を加えていれば、その瞬間に首が斬り落とされるか、あるいは胸部などの急所を貫かれていただろう」

「あー……」


 つまり、俺がちょっとやそっとじゃ死ねそうにない時――拘束されてたりする時でもアオイはヴィレッタさん達相手でも脅威になりうるって事か。

 ということは多分、魔術師相手でも結構戦える気がするなぁ。今は魔法使えないらしいし。

 OK、一応覚えておこう。


「ん。とりあえずテッサと俺で荷物とか持つから、ヴィレッタさんは警戒に専念して林をちょっと調べよう」


 ついでに、周囲の様子次第じゃあそこらの草原にシェルターを組めばいいだろう。


「そうだな。そうするとしよう」


 ヴィレッタさんが背負っていたバックパックは、今はテッサが背負っている。

 特に重い薪やスキレットは俺の方に、他の荷物はテッサの方だ。


「さて、それじゃあ行くか」






 林まで歩くこと十分ほど。

 緩やかな傾斜を登って辿りついたが、やはり怪しい所はない。

 むしろ、シェルターを構えるのにちょうどいい場所だ。

 海からそれなりに距離がある上少し高いから、仮に雨が降っても水が溜まる事はない。


「んー、やっぱり異常なしッスね。昨日の洞窟の件があるから、僕てっきりそこらの地面に裂け目があって、なんか入れる所があるんじゃとか考えちゃったッスよ」

「おう止めろ、洒落にならん」


 そんでまた死体見つけたら凹むぞ。

 昨日は死因が死因だから骨になってたけど、腐乱死体とか見たらショックを起こす自信がある。

 俺の周りの連中は兵隊とかそういう経験あるからなんてことなさそうだけど、こちとら普通の学生メンタルだ。狂乱したっておかしくない。


 ……やだなぁ、そういう場面ほんとにどっかでありそうで。

 みっともない姿をみせるのだけは避けたいもんだ。

 この間思いっきり見せたけど。


「しっかし、見事に水平線しか見えないな」


 河口から離れて、今再び海を見るが……なんというか、青一色だ。

 違う島とか陸が見えないかと思ったが、そう言う物は一切ない。

 流木すらない。


 なんやねんここ。


「まぁいい。割とここ、次の拠点としてもいいかもしれん。とりあえずここでシェルター作って、地盤を整えてから調査に移ろう」


 俺も夕暮れ前にはまたサーチが使えるだろうし、それで一気にここらを調べよう。

 そう思って振りかえると――


「……ドア?」


 振り返ると、そこには木製のドアが生えてた。生えてる。……生えてる?


「トール君、下がるッス!」


 テッサがナイフを抜き、ヴィレッタさんは例の隠し武器でも使うつもりなのか腕に手を添えている。


「いや、下がるのは君達だから」


 何が出てくるか分からんけど、いきなり迎撃態勢に入ってどうするんだよ。

 まぁ、分からんでもないけど。

 だからこそ、出るのは一応リーダーの俺であるべきだろう。


 なぁに、刺されようが斬られようが再生するし問題あるめぇ。

 心臓と頭さえ守ればどうにかなる。


(にしても、豪華だけどなんかボロい感じだな)


 やけに装飾が入っている、だが使いこまれた雰囲気のある木製のドア。

 そのドアノブが動き、ギィ……っと開く。


 刃物を下ろすかどうか悩んでいる様子のテッサの腕を抑えて、一歩前に出る。




「? おや、私の工房に客人とは珍しい。ギルドの人間かい? 納期なら……ん? 明るい?」




 そうして出てきたのは、肩の辺りまで適当に伸ばした青い髪と片眼鏡モノクルが印象的な、随分と厚着をしている男装した女だった。

 なんというか……気だるそうだ。


 女は俺の顔をしばし眺めた後に周囲を見まわし、空を仰ぎ、そして今度は海へと目を向ける。


「あー、大丈夫か?」


 一歩前に出ておきながら、なんと声をかけるか考えてなかった俺は、そんな間の抜けた台詞を吐いていた。


「ふむ、とりあえず外傷の類は感じないな。それで、少年。私をさらったのは君かい?」

「いいや、残念ながら俺達も誘拐された側だ」


 とりあえず、会話が成り立つ相手のようだ。

 モノクル越しに俺を、そして後ろのテッサとヴィレッタを見る。


 ……おい、二人ともいい加減警戒解いてよ。

 特にテッサ。


「ふむ……。そちらの二人はともかく、君からは敵意はおろか、警戒心も感じない。ならばこちらも一個人として礼を尽くそう」





「私はクラウ。クラウ=クラス。樹内世界にごまんといる『錬金術師』の一人だ」



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