040:現出


「あぁ、やっぱり。アオイが感じた視線っていうのはお前の仲間達だったのか」


 俺の目の前にはアシュリーと小柄な金髪の女の子、そしてアシュリーにナイフを突きつけられているゲイリーが立っている。

 そして俺の後ろでは、今もアオイがあの藍色の髪の女に向けて刀を向けているのだろう。

 ヤバい。いつもは不安要素の一つだったアオイがここに来てものすっごく頼れる女になってる。


「あら、アオイちゃんは気付いていたのね?」

「えぇ。ただ、まさかアシュリーさんのお仲間が来ているとは思いませんでしたぁ。たしかに、私達の中で一番最初にやらかすのは貴女だと思ってましたけど……予想をはるかに超えて早かったですねぇ」


 ねぇ、その情報ってもっと早く俺に言っててくれてももよかったんじゃない?

 ……いや、駄目か。

 中立である事を求められている俺に、そういう情報を流したら意味が……。

 いやでも、ゲイリーもアシュリーも不安煽るような事を……あぁ、そう言う事か。


 コイツらホント面倒くさいな。

 仕方ないけど。


「目的は俺のスキルか?」

「まぁ、そういうことよ」


 半ば当てずっぽうだったのだが、どうやら正解だったようだ。

 

「やっぱり君、お姉さんの好みね。普段は可愛いくらい抜けてるけど、ここぞと言う時の洞察と判断はさすがと言っていいわ」


 そう言って、いつものようにチロッと軽く舌舐めずりする姿は相も変わらず似合ってて綺麗で……

 こうして敵対したのに、それほど憎くはないのはあれか。俺ってば美人に弱いのか?


(さぁて、どうしたもんか……)


 まいった。今の所、全く解決方法が思いつかない。


「俺にどうして欲しいのさ? リーダーの御役目譲渡?」

「君の持っているデバイスよ」

「? デバイス?」

「あぁ、スマートフォンだったかしら? それの事よ」

「…………ふぅん」


 ゲイリーが何か言いたそうな目で、こちらを見ている。

 お前の泣きそうな顔が見れるとは思わんかったよ。いやマジで。


「こちらの条件としては、ゲイリーちゃんを助けてあげる。君、それなりに親しくした人間が目の前で死ぬのに耐えられないでしょう?」


 たりめーだバカヤロウ。

 ゲイリーも、お前にも当然死んでほしくないし、出来れば一緒に仲良くやっていきたいんだよ!


「……答えを出すのは置いといて、だ。なぜ動いた? 別に頭数が揃ったからってわけじゃないだろう?」

「それも理由の一つ。分かるでしょう? アタシ以外に仲間がここに来たって事の意味」

「……つまり、ゲイリー側の魔術師もこちらに来ている可能性があるから、敵の頭数が揃う前に少しでも有利な状況を作っておこうと?」

「えぇ、それが二番目の理由」


 ゲイリーは、アクションしたくても出来ないようだ。 

 仕方ない。首元にあのやけに斬れるナイフ突きつけられてりゃ動けないのは無理もない。

 まぁ、ここでゲイリーが体術とかでアシュリーに反撃でもしたら、そのまま決定的な対立は避けられそうにない。

 そう考えると、現状は悪くない。最悪の中では、だが。


「じゃあ、一番は?」

「……君の頭よ」


 …………。

 んんんんんんんんんっ?


「頭がどうかしたのか? スキルって意味合いじゃあねーだろ?」

「そのスキルの習得で、君の身体の変異が確認されたわ」

「まぁ、こんだけ変な力手に入れてんだから……ガンとかになってても驚かないよ」


 割とマジで、その可能性はずっと考えていた。

 別に医療に関してなんて知識は無いけど、こんだけ身体のなにかがポイポイ変わってりゃヤバい事になっていてもおかしくないだろう。

 すぐにぶっ倒れるような異変は感じなかったから、もうこのまま使い続ける事にしたけど。


「この間、君が『野草知識』を習得した時の事、覚えてる?」

「あぁ」

「習得した瞬間に、自分の頭に違和感は覚えなかった?」

「別に」

「……君の頭の中に、アタシ達と同じサブブレインが埋め込まれているわ。つまり、ダウンサイズした電脳が」


 お前は何を言っているんだ。


「手術なんかの類はした事ないって言っただろう?」

「えぇ、聞いたわ。それに君がそういう類の機能を埋め込んでいない事はアタシも知っていたわ。でも――」

「でも?」



「君がスキルを取ったその瞬間、君の頭――こめかみの辺りにサブブレインが……その……生えたのよ。突然」

「…………」

「多分、脳への接続も同時に完了しているわ。少なくとも野草に関する知識は……不可解な部分もあるけど、そのサブブレインが君の脳に直接送りこんでいるの」

「……なるほど」


 セーフ。

 どこからそんな物騒な物が頭に埋め込まれたかは知らんが、とりあえず問題なし。

 全く不可解な物ではなく、アシュリー達の世界ではごく普通の技術ならば、頭の中に生えてもそうそうヤバい事にはならないだろう。

 万が一の事態が起きても、アシュリーや他の二人なら最悪緊急時の対処法も知っているハズ。


 だが、つまり――


(元々そんな気はないけど……アシュリーを切り捨てたり、敵対するのは悪手になる)


 という事は向こうも考えているだろう。

 あー、やだやだ。


「これから先、更にアタシの仲間が来る可能性がある。いや、高い! この子の所の人間だって!」


 グイっと、ゲイリーを抱き寄せるように腕にアシュリーは腕に力を込める。

 ゲイリーの顔が更に歪む。


「おい、それ以上は気管が締まるから止めてやれ」

「君次第よ」


 ……こんにゃろう。


「これから先、ここが戦場になる可能性が出てきた。使い様によってはとてつもなく有用な……しかも敵にも味方にもなり得る君という存在を見逃すわけにはいかないの!」

「……」

「デバイスを渡した上で、君の行動を制限させて欲しいの。決して君の悪いようにしない。ゲイリーも……捕虜として丁重に扱わせてもらうわ」

「具体的にどうするつもりだ?」

「完全な武装解除と監視。特に、今は魔法が使えないしね」

「で、俺は?」

「……とりあえずデバイスの回収と、スキルは……まぁ、必要に応じて」


 つまり、スキルの習得に関しては全部向こうが握るって事か。

 ……なるほど、破壊じゃないと。


「俺は、もうお前らのリーダーにはなれないか?」

「日常においては、むしろ君の方が適任よ。これまでと同じでいいわ。ただし、制限は付けさせてもらう」


 それはイコールもうリーダーじゃねぇって事だよ。傀儡だろうが。

 つまり――


「アオイ」

「はい」


 気が付いたら、藍色の髪の女がジリジリと移動している。距離はそのままに、アシュリーや金髪の子と合流しようとしているのだろう。

 多分、今更こっちを襲うつもりはないんだろうが、アオイは一切隙を見せずに刀を構えたままだ。


「お前、前に邪魔な物を斬りますって言ってくれたよな」

「はい」

「んじゃあ、斬ってくれるか?」


 アシュリーが、そしてゲイリーも驚いた顔をしている。

 藍色の髪の女も似たような顔をした後、その場を飛び退いて距離を詰める。


 金髪の子は……なぜか、ニコニコと笑っている。


「邪魔な物、ですか?」

「そうだ。分かるか?」


 頼むから分かってくれ。

 インパクトがなきゃどうしようもないんだ。

 勘の鋭いお前なら――




「…………あぁ」




 一泊置いて、アオイは小さくつぶやく。

 そして、


「本当にいいんですか?」

「当然の結末って奴だ。構わんからやってくれ」


 アオイはいつもと違う能面の表情のまま、刀を一度鞘に戻し――構える。


「ま、待ちなさいトール君! この距離なら、アタシがゲイリーを殺す方が早いわ!」


 アシュリーは慌ててそう叫ぶが――遅い。


 藍色の髪の女が、ナイフを構えたままこちらに飛びかかるよりも早く鞘から刃は抜き放たれ――





 俺の背中を斬り裂いていた。




 激痛と共に、嘘みたいな水音が背中で弾け――鮮血が飛び散る。





 ……サンキュー……アオイ……。





 お前なら、分かってくれると思ったよ……。



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